エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第44話 謎海流攻略戦

 ヒデとドラクローは病室に向かい、過呼吸から回復したグランに、これからのことを説明する。
 エトフォルテが協力するかどうかは、リルラピス王女と直接会ったうえで決めさせてもらいたい。ただし、明朝謎海流をクリアできなかった場合、高速潜航艇サブルカーンを出すことはできない。その場合エトフォルテはクリスティア行を断念する、という条件を付けて。
 グランは難しい顔をしていたが、最後にこう言って頭を下げた。
 「君たちの家でもある船に、無理はさせられない。海流を超えられないと判断したら、私のことは気にせずアメリカに向かってくれ」
 ヒデはグランに、海流のことを質問する。
 「南部の謎海流について、詳しいことをご存じですか」
 グランが説明する。
 「魔王メノーがこの世界に転移する前、他国の船がクリスティアに救援に向かえぬよう、局所的に渦潮を発生させる兵器を海中に仕込んだ。私たちはあの兵器を『シーネイド』と呼んでいる。それが謎海流の原因だ」
 シーネイドは一定エリアの海中を移動しながら、渦潮をあちこちに発生させている。東部と南部海域に展開されていたそれらが、日本に転移してしまった。クリスティアの海洋技術では除去できず、日本のヒーローがロボで除去しようとしたが、できなかったという。
 「実際、3台ほどロボを壊されている。日本政府は国民に説明していないのか?」
 それは初耳だった。ヒデはその理由を想定する。
 「ヒーローのイメージダウンになるから、政府は言えなかった。だから、謎海流ということにした」
 グランは頷き、さらに解説する。
 「シーネイドは船を感知すると、船の真下に潜り込んでさらに回転力を上げる。渦の中心に船を巻き込んでバラバラにしてしまう。正確な数はわからないが、南部海域だけでも30個以上あるはずだ」

 続いて、ヒデたちはクリスティア独特の文化『魔術』のことを聞いた。
 「地球でも『魔法』『魔術』などと呼ばれる術があると聞くが、クリスティアの魔術は、心の力で大気中の元素を引き寄せ、混ぜ合わせ、放つ術だ。その心の力こそ、『魔力』。魔力を操る術、略して『魔術』だ」
 ドラクローは感心している。
 「心と魂。呼び方は違うが、俺たちの『エトス』に似ているな」
 「君たちも、心の力で戦うのか」
 「魂の力、エトスだ。俺たちに大気中の元素を引き寄せる力はないが、魔術はどうやって元素を引き寄せるんだ?」
 エトスは、エトフォルテ人がもつ魂の力。魂の力をまとって身体能力を上げ、さらに身に着けた武具の強さを増すことができる。
 武術的な話になると、グランはおしゃべりになるようだ。身振り手振りを交え、いろいろ話してくれる。
 「元素を引き寄せる身体操法がある。この操法を繰り返して、元素を引き寄せる魔力の流し方を覚えるんだ。こうした魔術で、水や炎、電気を操ることができる。こうした魔術が我が国の文化を支えてきた。魔術を利用した鍛冶や発酵の技術もある」
 操法は空手や中国拳法の型に似ている。アクション好きの和彦が見たらきっと喜ぶだろうな、とヒデは思った。
 「魔術が生活に根差しているのですね」
 「そうだ。私のように騎士団に所属しない場合でも、護身もかねて最低限の魔術の扱いは全国民が覚える」
 ちなみに、基本の魔術は万物の根源である『水』。治療のための魔術の大半は水の魔術から成るという。
 「なるほど。人体においても水は不可欠。だからクリスティア王国の国章は、水瓶が描かれているのですね」
 「察しが良いな、軍師。大気中の水素と酸素を操る水の魔術を学んで、初めて炎などほかの属性が使えるようになる。炎は酸素で燃え上がるからな」
 主要魔術の属性は水、炎、雷、風、光の五つ。クリスティアの武器や防具には魔術機構と呼ばれるものが組み込まれ、魔力を流すことで身体操法を省略。瞬時に攻撃あるいは防御の魔術を繰り出せる。魔力を武器に流せば燃える剣や電撃矢を繰り出し、防具に流せば水で毒液をはじいたり、風をまとって大ジャンプ、という動作も可能。こうした魔力の流し方は、身体操法を一通りマスターした上級者向けだという。
 「すると、クリスティアの神器を継承したグレイトフル・フェアリンも魔術を使う?」
 ヒデの手持ちのヒーロー大図鑑では、彼女たちは光り輝くロッドを駆使して、様々な光線技を持つとは書いてあったが、魔術のことは書いてなかった。
 グランは首を横に振る。
 「あれは、大古の超技術で作られたもの。基本的に心の力で光の元素『だけ』を集めて放つことしかできない。強い心があれば、光の魔術を駆使する超戦士を生む鎧と化す神器。つまり、魔力が操作できなくても『強い心』があれば使える。『強い心』で元素を引き寄せる、いわば我が国の魔術の原型を体現するアイテムなんだ」
 光の元素、というのは初耳だが、クリスティア独特の概念なのだろう。
 「本来であれば、訓練を積んで国王の許可を得たクリスティアの騎士が装着する神器なんだ。子供が使うものじゃない。さきほど省略した事情も話そう」
 グランはさらに詳しいことを話してくれた。
 「もともと神器は6つあったが、魔王が侵攻してきたときに3つが壊された。残りの3つを死守しようとした矢先に地球に転移してしまい、神器を守っていた者が日本人に渡してしまった。夢叶統子と素薔薇椎奈に」
 「守っていた人というのは?」
 「ブロンの息子、アミル・ド・クリスティアだ。魔王に使われるくらいなら、と、たまたま出会った二人に渡してしまったらしい。そのまま亡くなってしまった」
 「格闘家の娘が出てこないな」
 ドラクローが指摘すると、残りの一つを久見月巴に渡した経緯はよくわからない、とグランは答えた。
 「彼女たちが魔王退治を手伝ってくれた手前、復興支援が終わるまでは神器を貸すことをバルテス国王も認めていたのだが……。
 国王が亡くなり、ブロンが実権を握ってから彼女たちも暴走を始めた。今やユメカム社長令嬢と国防大臣の娘がやりたい放題。国の守護者たるティアンジェルが、他国に使われてこんなことになるとは」
 「ティアンジェル?」
 ドラクローが首をかしげると、グランは教えてくれた。
 「我が国における、神器ティアンジェルストーンの使用者を指す。
 フェアリンは、日本での『魔法少女』の総称。きらきらした衣装を着た少女戦士は、みな魔法少女『フェアリン』ということで、そっちの名前が使われた。要は、あの3人が勝手に『グレイトフル・フェアリン』を名乗っている」
 ヒデは呟いていた。
 「最初に日本で認知された魔法少女が『フェアリン』を名乗っていたから、ですね」
 グランが頷く。
 「ツインハート・フェアリンだな。フェアリン・ピーチとフェアリン・アップルの二人組」

 ツインハート・フェアリン。
 6年前ヒデの地元風海町で怪物と戦った、魔法少女。ヒデの祖母を死なせたのは、アップルだった。
 それから少しして、フェアリンたちは次々と素性を公開し、アイドルのように振舞っている。だが、アップルだけはその姿を見せない。
 フェアリン同士、仲が良くつながりが深いという。グレイトフル・フェアリンは、アップルのことを知っているのだろうか。
 いや。今はそのことを考えるべきではない。
 自分の過去と今のエトフォルテは関係ない。余計なことを考えて、ドラクローたちを困らせるわけにはいかない。

 ヒデの思いをよそに、グランは話を続ける。
 「神器は男が使うこともあるから、少女のための武装ではないのだが」
 ドラクローが目をむく。ヒーロー大図鑑のフェアリンの内容を思い出したらしい。
 「男もあんなきらきら、ひらひらなのか!?」
 「神器は使用者の好みと戦闘形態に合わせて姿を変える、今では再現できない超技術の結晶だ。あの3人がそういうものを好んでいたからであって、形状はその都度違う」
 「戦場で着る服なのに、素肌を結構見せているから防御力が気になったんだ。どうなっている。あれの防御力」
 おそらくそれは、日本人の9割が抱いている疑問だ。
 なぜ魔法少女は素肌をさらしているのに、あんなに防御力が高いのか?
 グランは教えてくれた。
 「クリスティアの武装には、『アブゾーバー』という光の魔術機構が組み込まれている。魔力を流すと術が発動し、見えない光の膜が全身を覆う。ティアンジェルストーンのそれは、アブゾーバーの魔術のオリジナル。われらのそれよりかなり強い」
 膜はゴムのように強い弾力性を持つ。この膜に全身が覆われることで、外部からの衝撃を和らげつつ、しなやかに強く弾む動きをサポートするという。
 「だから魔法少女は、傷ついても血の一滴すら流さないのですね」
 少女用ではないのだが、と苦笑して、グランは頷く。
 「そういえばユメカムが神器を勝手に研究して、似たようなものを作ろうとしたらしい」
 ヒデとドラクローは、顔を見合わせる。
 おそらくマティウスのことだ。
 「バルテス国王が亡くなった後ゆえ、われらも詳しく調べられなかったが……。最近、その複製品が実用化したようだ。クリスティア駐在のユメカム社員たちが、護身用に身に着けているらしい」
 クリスティアに乗り込めば、ユメカム社員と出くわす可能性も高い。これはきちんと覚えておかなければ。
 マティウスが複製にかかわっていたことは、クリスティアの現状がわかってから打ち明けるべきだろう。
 打ち明けたそばから、『複製した男を打ち首にさせろ!!』などと言われてはたまらない。

 そして、ヒデは島売却の『密約』のことを聞く。
 グランによると、首都ティアーズの王国政府内にいる仲間が、密約の存在をかぎつけたという。
 なぜブロンが島を売るのか聞くと、グランは困った表情を見せた。
 「実は、売却の理由は突き止められなかった。なぜあの3つの島が選ばれたのか、正直私も王女様もわからない。
 我が国は鉱物資源の国として、いろいろな鉱物が取れる。だから最初は鉱物目当てだと思ったが……。あの島では、私たちの生活に役立つ鉱物は取れない」
 どこでどんな鉱物が取れるかは、王国政府がすべて管理していて、関係者はみな知っているという。
 「少し前に、日本の地質学者が来ていろいろ調べたようだが、よくわからない。私たちは売却阻止さえできればよかったから、それ以上調べなかった」
 さらに2,3の話題を挟んで、情報確認を終えるヒデたち。
 なお、上陸に成功した場合、王女たちのいる開拓地域の主要都市『オウラム』への移動手段は、自分が用意する、とグランは申し出た。


 グランを保護した翌日の早朝。
 エトフォルテは、クリスティア王国南部に位置する海域で、船首を北側に向け、微速全身を開始する。
 指令室にはドラクローやヒデをはじめとした幹部と、入院着を着たグランがいる。現状ではシーネイドに一番詳しいのがグランだけなので、心の部の許可を得て連れてきたのだ。
 すでにエトフォルテは、光学防壁(シドル)を海中まで展開し、船体を球形に囲っている。
 指令室のモニターに海面が映し出される。東の空から太陽がその姿を見せ始めた。
 魔王の兵器が蠢いているとは思えないほど、海は陽光を浴びて穏やかに輝いている。
 情報解析のモルルが報告する。
 「ここからクリスティア王国南部の海岸まで、地球単位で約60キロメートル。光学防壁展開前に行った水中音波探索(ソナー)で、前方の海域に複数の人工物が浮遊しているのを確認しています」
 おそらくそれがシーネイドだ。ヒデは確認する。
 「人工物の数はどのくらい?」
 「探索範囲内で22個。まだ増える可能性も」
 覚悟はしていたが、やはり多い。かつてクリスティアを襲った魔王の本気がうかがえる。
 微速前進を続けるエトフォルテ。15分後、技の部の情報解析員が緊迫した声を上げる。
 「人工物が高速回転しながら、エトフォルテに接近!海中カメラの映像を映します」
 エトフォルテの船体下部に取り付けられた海中カメラが、指令室に海中の様子を映す。
 海中に展開した光の壁の先に、ドリルのような紡錘形の物体が見える。紡錘形はかなりの速さで回転している。大きさは、この前戦ったハナフダッシャーよりちょっと大きい。大型バス5、6台分といったところか。
 ヒデは拳を握り、呼吸を整える。
 「あれがシーネイド……」
 ヒーローのロボをも高速回転に巻き込んで破壊したシーネイド。光学防壁を解除して魚雷を撃つことも考えたが、あの回転力で魚雷の軌道をそらされるのは目に見えている。光学防壁の中に入られて、エトフォルテに高速回転しながら突っ込まれたら大穴が開く。
 ドラクローが呟く。
 「あれをどう始末する。船体に直撃したら、間違いなく沈んでしまう」
 どう対処すべきか。ヒデもドラクローも、ほかの仲間も、有効な対策を思いつけない。
 緊張感に包まれる指令室。
 シーネイドは不気味に回転しながら、光学防壁の前で待機している。
 1分。
 2分。
 5分。
 10分、経過。
 シーネイドは不気味に回転を続ける。光学防壁の前で。
 何かおかしい。
 そのおかしさをドラクローが口にする。
 「なんで、光学防壁を突き破ろうとしないんだ?」
 なぜだろう、と皆が首をかしげる。
 ややあって、ヒデはあることに思い至った。
 「シーネイドが『船』を認識できるサイズに限界があるのかもしれない。エトフォルテを囲む光学防壁が大きすぎて、船と判別できず一時停止しているのかも」
 異世界の海洋事情はわからないが、船より大きな海洋生物などが海上を移動することもあるはず。そうしたものを毎回攻撃するのは、力の浪費だ。
 推測をみんなに説明すると、モルルも頷く。
 「ヒデの推測には一理あります。騎士グラン。エトフォルテ並みに大きい船は、元の世界にありましたか?」
 グラン、即答。
 「ない」
 モルル、質問を重ねる。
 「クリスティアにおける一般的な船舶のサイズはどのくらいでしょう?」
 グランは首をひねる。
 「こちらに転移してから計測単位を地球式に直したから……。漁船なら全長10メートルくらい。貨物船などは50メートルから100メートル。軍艦だともう少し大きいから、150メートルだろうか」
 「船より大きな物体や生き物をシーネイドが壊した例は?」
 「言われてみれば、ない。北部海域には氷河があり、軍艦以上の氷山が海上を漂うことも多かった。こういう氷山をシーネイドが壊した事例は、なかったな」
 氷河地帯は地球に転移しなかったという。
 さらに、クリスティアの海洋生物は、地球の一般的な生き物とサイズ的に大差ないという。
 「我が国のクジラがシーネイドに巻き込まれた例もないから、シーネイドは10メートルから150メートルくらいの船を、“海にあるからくり”を狙うようになっていたのかもしれない」
 ヒデはヒーロー大図鑑の内容を思い出してみる。
 「ヒーローのロボも、全長100メートルから150メートルくらいが一般的。だからシーネイドに巻き込まれた。エトフォルテはそれ以上だから、感知できない」
 全員、拍子抜けせざるを得なかった。
 エトフォルテが大きすぎるからという理由で、シーネイドが襲ってこないなんて……。
 すぐに気を取り直し、ドラクローが言う。
 「主任。重力制御装置(グラビート)で海の重力を操作して、シーネイドだけ海上に引きずり出せるか?」
 リーゴが胸を張る。
 「修理が終わった今ならできる。調整は任せろ!」
 早速、技の部が重力制御装置を起動し始める。
 エトフォルテ前方の海の重力を軽減し、シーネイドと周囲の海水を球形にまとめて、浮遊させる。球形の海水が浮かび上がる様は、まるでファンタジー映画のワンシーンのようだ。
 リーゴの指示で団員が装置を微調整し、周囲の海水だけをまず落とす。球形がゆっくりと崩れていき、まがまがしいドリル形の金属物体が回転しながら現れる。
 謎海流の元凶。シーネイドをとうとう引きずり出した。シーネイドは重力制御装置の影響で誤作動を起こしたのか、次第に回転力を落としていく。
 ついに空中に、完全停止したシーネイドだけが浮かび上がる。
 「では、自走砲発射用意!」
 ヒデの指示で、甲板に設置された自走砲に、指揮するタイガと孝洋たち技の部の団員が乗り込む。使用する砲弾は、先日ハナフダッシャーを仕留めた試作砲弾の完成品。
 光学防壁の一部を解除して、砲弾を放てるようにする。
 8台の自走砲が慎重に狙いを定め、発射する。
 船をいくつも壊した悪魔の兵器は、めちゃくちゃにひしゃげて海中に沈む。もう動くことはなかった
 やった、と、自走砲に乗り込んだタイガたちが歓声を上げる。
 だが、シーネイドはまだ海中に多数存在する。完全に壊さないと進めない。
 すると、思わぬ事態が発生した。
 新たなシーネイドがエトフォルテの前に現れ、待機し始めたのである。
 これはどういうことだろう。
 モルルが分析する。
 「ひとつ壊れると、ほかのシーネイドがそのエリアの警戒を引き継ぐ仕組みのようですね」
 つまりこちらが動かなくても、壊し続ければシーネイドが集まってくる。

 そこから先は、重力制御装置と自走砲による撃破の繰り返し。
 約3時間かけて、エトフォルテはシーネイド53個を破壊。ついに、海中にシーネイドをとらえることはなくなった。
 再び水中に音波探索をかけ、モルルが最終報告する。
 「東部海域のシーネイドまで壊せたかはわかりませんが、南部はこれでクリアです。船首前方から陸地にかけての半径60キロメートル以内に、人工物無しと確認」
 そして、モルルはドラクローに向き直る。
 「高速潜航艇サブルカーン、発進の安全を確保。今が上陸の好機です」
 この言葉に、力強く頷くドラクロー。
 「総員、上陸準備!!」

 

 

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