エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第52話 トラップ・インベスティメント

 話をさかのぼり、昨日監督官たちを撃退し、ヒデが首都になりすましの通信を入れた後の重点復興地域の本部庁舎。時刻は、午後4時を過ぎている。
 リルラピスとヒデたちは、首都から襲い来る増援部隊をどう迎撃するか、考えていた。
 お互いにできることをブレーンストーミング形式で書き出し、精査した結果、こんな結論にたどり着いた。

 ・トンネル内に罠を仕掛けて、先頭の車両を動けなくする。

 首都からここオウラムにつながるトンネルは一つだけ。交通量が日本に比べればはるかに少ないクリスティア王国だから、対向車がすれ違う、という場面がまずない。トンネル開通の工期短縮もかね道路としてのスペースは車両一台分に設定したという。
 次に来る増援部隊は、今回よりさらに大きな車両に人員と武器を大量に載せてくるだろう。先頭車両を動けなくすれば後続車両はもう走れない。
 では、どう動けなくするべきか?
 ヒデはエイルに聞いた。
 「この街に、爆薬はありますか?遠隔操作できるとよいのですが」
 「爆薬はあります。導火線を伸ばせるなら、魔術機構で起爆時間を操作できます」
 「あと、有刺鉄線は用意できますか?」
 「ありますが。あなたどんな風に使うおつもり?」
 ヒデは、会議室の黒板にトンネルの絵を描く。そしてトンネルの天井全体に爆弾の絵を、中央地点あたりに有刺鉄線の絵を描いた。
 「トンネル中間地点の路面に有刺鉄線を引く。さらに天井に脅し用の、破壊力の低い爆薬を仕掛ける。先頭車両が有刺鉄線でパンクすれば、後続車は道をふさがれてもう進めない。全車両が動けなくなり、敵が降車したタイミングで、外側の部隊が爆薬に点火する。敵を生き埋めにする、と脅して降参させましょう」
 パズートはぎょっとする。
 「爆薬は脅しなのか!?トンネルを完全に塞ぐのではなくて!?」
 「完全に塞いでは、あとで私たちも通れなくなってしまいます。敵はやる気満々の者をそろえるでしょうが、内心ブロンをよく思わない者もいるはず。傷つけずに降参させられるなら、そうするべきかと」
 この案にウィリアムが頷き、さらに提案する。
 「なら、有刺鉄線を仕掛けた先には、それっぽいダミーの罠をわんさか仕掛けておくと、いうのはどうかな。怪しすぎて敵もダミーと思うだろうが、ダミーと見せかけた本物と深読みするかも。混乱すると、人は物事をひどく深読みしはじめるからね」
 「ダミー罠。いいですね。併用しましょう」
 車両を有刺鉄線で動けなくする。そしてトンネルの中に、ほかの罠が仕掛けられている、と敵に思わせる。敵は罠を恐れて、トンネルの先に進むのをためらうだろう。そこで、外側に待機した部隊が、相手に降参を呼びかける。降参しないなら、残りの爆薬に点火してトンネルごとつぶしてしまう、と宣告して。


 いけるのではないか、と皆が賛同し始めた矢先、元大臣のパズートが疑わし気に言った。
 「有刺鉄線と脅しの爆薬。ダミーの罠。アンタ、こんなに簡単なので、本当に敵を食い止められるんだろうな?」
 ヒデは言う。
 「時間があれば複雑な罠も仕掛けられますが、今回は時間との勝負です」
 現在午後4時過ぎ。敵はじきに通信がないことに気付き、部隊が戻ってこないと怪しむ。念のため様子を見たら、6時をまわり日が暮れる。
 やがて急いで部隊を編成し、部隊を派遣する。首都ティアーズとオウラムは車で約4時間。中間地点のトンネルまでは移動に約2時間かかると見ていい。闇夜の不意打ちを警戒し、敵は日が昇ってからトンネルに入るだろう。すると、敵の首都出発は朝4時、5時となる。
 こちらも罠用の資材を載せた車でトンネルに移動し作業しなければならない。作業時間を考慮すると、こちらが迎撃準備に使える時間はあと10時間程度。実際にはもっと短いだろう。なるべく仕掛けるのに手間暇がかからないトラップで、いくしかない。
 それは事前に皆で話し合ったことでもある。が、パズートの苦言は続く。
 「そもそも、運転手の声を真似て通信入れて、どこまでごまかせたと考えてる。もし首都から追撃部隊がもう出てたら、今から用意しても間に合わんだろうが」
 ウィリアムが反論する。
 「パッさん。声真似はヒデが勝手にやったんじゃない。僕たちも許可してやらせたことだろう」
 「それはそうだが、不安なのだ。年寄りの心配性と思うだろうが……。軍師ヒデ。もし失敗したら、次の策も考えてあるんだろうな」
 今度はリルラピスが反論する。
 「パズート。失敗した後のことまで考えたら、キリがない。絶対完璧な罠は仕掛けられない」
 「それじゃ困ります。ワシは、王女様と仲間を失いたくないのです」
 会議室の雰囲気が悪くなってきた。まぜっかえしたパズートに、アレックスはかなりイライラしているようにも見える。
 元大臣の不安はわかるが、こちらもきちんと考えていることをわかってもらいたい。
 だが、細かく説明するとまたまぜっかえされる。そして、間違いなく口論になる。これはまずい。
 こういう時は、大雑把かつ強い言葉で先に進む勇気も必要、と、ビジネスの本で読んだことがある。
 どんな言葉がいいだろう。大雑把かつ強い言葉。
 ヒデは、和彦の言葉を借りることにした。
 「私の考えた罠が不安ですか」
 「不安だ」
 「本当を言えば、私も不安です。だが、私の師匠のこんな戦術論がある。
 敵を仕留める罠は、わかりやすくてベタが良い。
 複数の罠を掛け合わせるなら、ベタとベタの重ねがけがベスト。そこにインベスティメントしろ。
 私は今、この戦術論で行くべきだと思う。あなたはどう思われますか」
 パズート、面食らう。
 「“ベ”がくどい戦術論だな。ベタ、ベスト、インベスティメント……ベタ、ベタ、ねえ」
 パズートはもごもごと、ベタという単語を繰り返す。
 しばらくして、はっ、とした表情で言った。
 「あんたたち、粘着爆弾持ち込んだといったな。車両を止めるなら、有刺鉄線と粘着爆弾を併用したほうがいいかもしれん。パンクに強い特殊車両をブロンは持っているはずだ。パンクさせられなくても、タイヤを粘着物でからめとってしまえば足止めできるだろう」
 ウィリアムが大きく頷き、アレックスが笑って言う。
 「いい作戦だぜ、パッさん!」
 「パッさんはやめなさい。軍師がベタベタいうから、粘着物で何かできんかと思ってな。軍師。実際のところ、このベタは“ありふれた”という意味だろう?」
 「そうです」
 「インベスティメントは“投資”。わかりやすい、ありふれた罠は、用意するのがたやすい。その重ね掛けがもっとも手早く、敵に対して効果的。費用対効果も高い、と、あんたは言いたいんだな」
 「そう解釈していただければ」

 実際、映画の勉強会で和彦は言っていた。
 『罠で敵を仕留めるシーン。あれ、見てる人にとってわかりやすいのがいいよな。
 落とし穴、トラバサミ、ワイヤートラップ、金ダライ。
 見ていてわかるし、作り手も用意しやすい。製作経費削減にもなる。ケチな話かもしれないが、古今東西の名作で使われた罠も、ベタでシンプルなのが多い。実際の戦場でも、罠は手元にあるものでシンプルに手早く作るのがコツなんだ』
 『つまり結論。敵を仕留める罠は、わかりやすくてベタがいい。複数の罠を掛け合わせるなら、ベタとベタの重ね掛けがベスト!!俺はそこにインベスティメントする!!』

 パズートは頭を下げる。
 「……すまない。心配のあまり、あんたを疑い貴重な時間を潰してしまった」
 「いえ。心配は当然です。私のほうこそ、ダミー罠をどう用意したらいいか、考えていなかった」
 それなら大丈夫だ、とパズートが言う。
 「ワシから市民に説明し、作り手を集めよう」
 復興地域では、みんなで協力して身の回りの物を作るのが当たり前。だから、みんな自然と手先が器用になる。ダミー罠くらいならすぐできる、とパズートは言った。
 方針が決まったら、トンネルに罠を仕掛ける部隊の編制である。
 部隊長にはグランが名乗り出た。移動には、さきほどの敵が乗ってきたマイクロバスを使う。
 「王女様。軍師ヒデ。罠を仕掛け、降参を呼びかける部隊の指揮は私が。エトフォルテからも助力をいただけるとありがたい」
 鳥族のカーライルが手を上げる。
 「なら、トンネルの高いところには、俺が飛んで爆薬を仕掛けてやる」
 さらに、元神剣組の威蔵。
 「神剣組にいたころ、車両の運転や破壊工作について一通り教わった。力になれるだろう」


 そして現在。午前8時。
 リルラピスが通信機をつかむ。
 「グラン。仕掛けた罠の首尾は!?」
 グランが報告する。
 「戦闘の装甲車を粘着弾で足止めし、降車したところで脅しの爆薬。我々は監督官1人と騎士7人を殺害し、反抗した13人に重傷を負わせました。残る敵は投降しました。こちらの仲間は無傷です。装甲車4台を無傷で手に入れました」
 安どのため息を漏らすリルラピス。
 「やりましたね、グラン」
 「軍師ヒデをはじめ、協力してくれた皆のおかげです。カーライル殿と威蔵殿も立派な働きでした」
 リルラピスは、今後の採掘場解放について説明した。
 「ですが、採掘場解放に移る前に、やっておくべきことを。今回の監督官の情報端末と騎士たちの制服、武装を、オウラム側のマイクロバスに積んでください」
 「了解しました。横転した車両の脇に、人が歩いて通れるスペースは確保済みです。必要なものを運び出し、威蔵殿たちと帰還します」
 オウラム側のトンネルには、マイクロバスが待機している。
 ドラクローがヒデに尋ねる。
 「やっておくべきこと、てのは?」
 ヒデは答える。
 「昨日の会議の後、王女様たちとも話したのですが。監督官の声を真似て偽の通信を入れる手は、もう見破られている。連中はじきに今日の部隊に、現地の映像を送るように通信を入れるでしょう」
 「まずいな」
 「まずいです。だから連中に思いきり見せてやるのです。増援部隊がオウラムを攻撃する映像を」





 3時間後。午前11時
 首都ティアーズにある、クリスティア王国政府の本拠地にして王族の居所でもあるクリスティア城。
 西洋風の城内には日本から購入した家電やデジタル機器が設置され、ファンタジー世界を愛する者が見たら、めまいを起こしかねないほど現代的な生活空間が広がっていた。
 城内にある、国王専用の執務室。
 ブロン・ド・クリスティアと、王妃である妻イリダ、芸術大臣のビル・センシュード、近衛騎士のステンス・ガンデイスンは、今朝派遣した部隊に通信を入れていた。4人の目の前には、WEBカメラ付のデスクトップパソコンがある。
 「なかなか通信に出ませんなあ、王様」
 芸術大臣のビルは、ナマズのようなヒゲをなでて心配気味な表情を浮かべる。
 「もうオウラムに着いた、という報告があってもいいんですが」
 丸顔で目が大きく、ヒゲもあわさるとナマズが50代の男になったかのような男である。
 派遣した田島監督官のタブレットに、現地の映像を映しながら報告をするようパソコンから通信を入れたのだが、一向に返信がない。
 ブロンの側に寄り添うイリダも、心配そうだ。夫が王に就任してから、豪華な食事と豊かな家電生活で体を動かすことが少なくなり、王室の一員としては少々頼りない体格になりつつあるプラチナブロンド美女だ。
 「やっぱり、昨日リルラピスを捕まえたっていう通信は嘘だったのよ。監督官を脅して偽の通信を入れたんだわ。今回の部隊も、もうやられているんじゃ……」
 20代後半の近衛騎士ステンスが言う。
 「王様。王妃様。今回の通信は派遣した監督官のタブレット端末に送っています。現地の映像を見せるようになっていますので、もう声だけのなりすましはできません。これ以上通信に応じなければ、増援部隊に何かあった、とみるべきです」
 ステンスは現在の国王・王妃を警護する近衛騎士の筆頭で、ブロンから単独行動を許可された精鋭だ。中肉中背で、黒い髪と黒い瞳を持つ彼は、ブロンの訪日に同行したこともある。その時は『イケメン日本人風の異世界騎士』としてマスコミから取材を受けた。
 ブロンは話を聞きつつ、最近の豪華な食事で膨らみ始めた腹をさすっていたが、ステンスの言葉を聞くなり机をたたいた。
 「おとなしくて人当たりがいいだけの姪っ子が!!ヒーロー武装で固めた部隊を撃退して、俺たちをだますなど!!誰かが入れ知恵してるんじゃあないのか!!」
 叩いた衝撃で、机に立てかけてあった聖杖(せいじょう)『クリスティアロッド』が床に倒れる。古代の技術で作られた、今では再現可能な特殊な魔術機構が搭載された荘厳な杖で、使用者の精神力を無限の魔力に変える。
 国王が代々継承してきた大事な杖なのだが、ブロンは今倒れた杖を拾おうともせず、モニターをにらみつけている。怒りで噴出した額の汗が、つやのある銅(あかがね)色の前髪を濡らした。

 そんなブロンの怒りが伝わったのか、とうとうパソコンに通信が入った。
 『はあ、はあ。こ、こちらオウラム攻撃中の、首都防衛騎士団です』
 田島の声ではない。モニターに映るのは、汗まみれになった中年の騎士だ。かなり疲労しているらしく、言葉がたどたどしい。
 ブロンは騎士に怒鳴りつける。
 「おい、これは田島監督官のタブレットへの通信だぞ。田島監督官はどうした!!なぜ今まで通信に出なかった!!」
 タブレットのそばにいるであろう別の騎士が、叫ぶ。
 『ちゃんと映像を、街のほうに見せて!!』
 タブレット端末のカメラが、街のほうを映す。
 オウラムの街に光線銃を撃つブロン派の騎士と、魔術を放つリルラピス派の騎士たちが激しく争っていた。画面の中だけでも15を超える死体が転がり、怒号と悲鳴が飛び交っている。街の中から黒い煙がもくもくと上がっている。
 モニターの向こうで、味方の光線が門の上で矢を構えていた兵士をかすめる。兵士はバランスを崩し、悲鳴を上げて門の内側に落ちていった。
 タブレットに映らない騎士が叫ぶ。
 『王様。田島監督官は殺されました!』
 ブロンたちが顔を見合わせる。
 「死んだのか!?」
 『田島監督官は殺されました!我々はトンネルで待ち伏せされて、元王女の仲間に奇襲されました。車両も6台潰されました。なんとか突破したのですが、トンネルは完全にふさがれました。繰り返します。田島監督官は殺されました!』
 「田島がくどい!!戦況は?」
 『かくなる上はオウラムまで進み、元王女を捕まえるより他なしと判断し、作戦を実行中です!昨日とらわれた仲間も、街の中から脱出し抵抗しているようですが』
 画面の奥で、自軍の攻撃がついに入口のバリケードを粉砕したらしい。派手に木片が飛び散る。兵士が街の中になだれ込んでいく。
 『ああ!我々の部隊が正面を突破し、街の中に進むようです。私も続きます!行きます!敵拠点を制圧次第、次の通信を入れます。では!』

 通信が切れた。
 再び机を強く叩くブロン。
 「……リルラピスに先手を打たれた!」
 「でもあなた、オウラムに着いた部隊が善戦しているようだから、いいじゃない」
 「そうですよ王様!!捕まった味方も脱出したようですし、大船に乗った気分で待ちましょう」
 イリダとビルに励まされるも、ブロンの表情はすぐれない。
 銅色の髪を整えなおし、ステンスに言う。
 「……ステンス!!何かあったら出られるように準備しておけ」
 ステンスが、にやりと笑う。
 「お任せを。王様」
 「この前つかまえた“あいつ”が役立つはずだ。連れて行って利用しろ!!」
 「了解です。あと、聖杖は立て直しておきますね。国宝なので、管理は丁重に」
 「う、うむ。悪いな」


 一方。増援部隊が攻め込んでいるオウラム。
 タブレットの電源を切ったヒデは、ボイスチェンジャー首輪を操作して声を元に戻す。そして、メガホン風の魔術機構(魔力を流すと、風の魔術機構で音を拡声する)を騎士から借りて、戦場に向かって呼びかけた。
 「はい、カーット!!ありがとうございました!!」
 ヒデの掛け声で、“ブロンの部隊”に成りすました騎士と、リルラピス派の騎士の戦いが止まった。死体役の兵士たちも起き上がり、鎧に着いた汚れをはたき落とす。
 門から転落した兵士は、あらかじめ敷いてあったベッドマットの上で身を起こす。派手に落ちたが、けがはない。
 街中から上がっている黒煙は、住民に頼んであちこちで盛大な焚火をしてもらっていた。住民たちが水の魔術で焚火を消す。怒号と悲鳴は、街の人たちが演技でやっていたものだ。
 街中に戻ってきたヒデは、協力してくれた人たちにお礼を言って回っている。
 街の人たちは、笑顔だ。
 「俺たちの演技でブロンを食い止められるなら歓迎さ」
 「声だけでも演技できるなんて、思わなかったわよお」
 老若男女、戦いに協力できたことが嬉しいのだ。

 この様子を離れたところから眺めていたドラクローは、舌を巻く。
 「なかなか緊迫感ある演技だった。これなら敵も、すぐに演技とは気づかないだろう」
 ジューンが言う。
 「ヒデもすごいけど、エイルもすごい。二人とも、映画のツボを押さえてた」

 昨日の会議の後。ヒデはリルラピスたちと相談し、この『戦闘シーン映像』作戦を決めていた。
 この作戦には、魔術機構師のエイルの協力も大きい。魔術師の戦闘のイロハにも詳しいし、もともと首都にある国立魔術学院に在籍していた時分、彼女は演劇部員。役者としてのスキルを持っていたのだ。そして日本との文化交流で、映画ソフトが大量にクリスティアに贈られた際、演者として後学のためいろいろ見たそうだ。
 今朝がた捕らえた騎士たちの服と武器を、仲間の騎士たちが身に着ける。そしてヒデたちは昨日あらかじめ練習しておいた『オウラムを懸命に制圧しようとするブロン派の騎士たち』の戦闘シーンを、ブロンたちに生中継して見せたのだ。
 演技だからお互いの攻撃を本当にぶつけるわけにはいかない。が、初めから演技だとわかるような映像では意味がない。演者たちに演技指導しながら、ヒデとエイルはかなり議論した。
 「部隊が着くなり早速勝ちました、はリアリティがなさすぎる。かといって、苦戦です助けてください、なんて場面を見せたら、また増援を送られる」
 ヒデの意見に大きく頷くエイル。提案した。
 「ブロン派が程よく苦戦し、でも頑張っている!という場面なら、どうかしら。
 『王女様の妨害を乗り越えてオウラムに到着!』
 『激しい抵抗をかいくぐり、オウラム入口のバリケードをブロン派が壊して突入!』
 くらい見せれば、善戦の成果としては十分伝わるはず!軍師、あなたの意見は?」
 昨日、街に入る門を壊されたので、門の前にはバリケードが作ってある。
 「流れとしてはいい。が、バリケードを本当に壊してはまずい。万が一があります
 ヒデの指摘に思案するエイル。
 「……確かに。では、バリケードの外側に、壊してもいい見せかけのバリケードを作る。これを派手に壊すということで」
 二人は街の人にお願いし、廃材で『壊してもいいバリケード』を作ってもらった。さらに街の人には撮影時には声出しと焚火に協力してもらった。
 結果、かなり緊迫感のある映像に仕上がったんじゃないか、とドラクローは思う。
 現地で部隊が善戦していると思えば、ブロンたちはもう一度通信が入るまで増援を送らないだろう。なにせ連中は、中継役に成りすましたヒデ(あらかじめ捕虜の声をボイスチェンジャーでコピーし、カメラに入らないように立ち回った)に
 「完全にトンネルを潰された」
 と聞いている。トンネルで足止めを食うとわかっているから、次に連中が動くのは、王女を捕まえて戻ります、と確実な報告を確認してからだ。
 この戦闘シーンに参加しない者たちは、すでに採掘場解放のための準備を進めている。準備ができ次第、採掘場解放作戦に移る予定だ。
 

 しばらくして。
 ドラクローとムーコは、撮影を終えて戻ってきたヒデを本庁舎の休憩室で出迎えた。
 「お疲れ様、ヒデ。異世界の騎士相手にもお前の軍略が通用してる。すごいな」
 仮面を外したヒデが、ちょっと暗い表情になる。
 「みんなのおかげです。いやしかし、和彦の言葉を使ったのは、よくなかったかも」
 ムーコが苦笑いする。
 「騎士さんたち、盛り上がってたもんね。
 『軍師ヒデの師匠の言葉を、王国の戦術書に載せよう』
 『インベスティメントは素晴らしい』
 ……って」
 ヒデが頭を抱えて嘆く。
 「ああ。和彦に『パクったな!!』て怒られる……」
 『パッさんのための、ベタとベストとインベスティメントの話』を、ドラクローはムーコから聞いていた。ちゃんと師匠の言葉、と前置きしたんだから、ヒデの行いは引用でありパクリではない。
 ドラクローは言った。
 「ヒデはいつも人への気遣いがこまやかだな。人助けのために言ったことだ。きっと責めないよ。責めたとしても大丈夫。俺たちが味方だ」
 何より、この先が不安だと、ヒデは言った。
 「ここまでうまくいったけど、この先もうまくいくかどうか……」
 よく考えたら、1か月前までヒデは一般人だった。いくら映画などで戦いの世界を何百と体験したとはいえ、実戦に対する不安は十二兵団員やクリスティア騎士が抱えるそれの比ではないはず。
 ドラクローはわざと怒ったような声を出し、笑った。
 「おい。同じ事何度も言わせんなよ。俺怒っちゃうぞ。俺が、俺たちが味方だ」
 そして、続けた。
 「ミスってピンチになったら、みんなで頑張って逆転すればいい。これはタイガの受け売り。お前の言葉も、和彦の言葉も。みんなの言葉が魂のつながりになって、力になるんだ。信じて一緒に頑張ろうぜ」
 ムーコも笑う。
 「そうそう。みんなで頑張ろ、ヒデさん。合言葉は、インベスティゲイト!」
 ドラクローとヒデは、同時にツッコミを入れていた。
 「インベスティメントだろ」
 「インベスティメントです」
 インベスティメントが見事に重なる。さらに楽しそうに笑うムーコ。
 ドラクローとヒデも、笑った。



 

 前の話    次の話