エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第56話 採掘場のフェアリン・マイティ

 採掘場付近の山中に到着したエトフォルテとクリスティアの者は、潜伏部隊の案内で採掘場を見下ろせる場所にやってきた。ここはベースキャンプから歩いて15分ほどのところ。採掘場の東側に位置し、眼下には川が流れている。
 部隊長のジャイロが、双眼鏡を貸してくれた。
 今、時間は午後5時。昼過ぎから雲が増え、天気は曇り空。雲の合間から夕陽が差し込んでいる。
 夕陽が照らす採掘場の実態は、写真で見た以上にひどかった。
 森を切り開き採掘場の規模を拡大したことで、切り倒した木々に土と岩、さらに作業の過程で壊れた機械や車両が大量に発生した。これらは採掘場の東側、今ヒデたちがいる場所の下にある川周辺にまとめて置かれている。潜伏部隊はこの場所を『ガラ場』と呼んでいる。
 ジャイロが悔しげに言う。
 「川にガラ場の土や機械油が流れ込み汚染されました。下流の街は、川の水が使えなくなっているはずです」
 油まみれ、泥まみれになった川は、簡単にもとには戻らないだろう。

 双眼鏡の向こうにある採掘場では、大勢の作業員たちが掘り出した鉱石を汗水たらして運んでいる。魔力鉱石クリスティウムは、水晶のように透明感のある石で、夕陽を浴びて輝いている。
 いや。よく見ると、鉱石の内部から夕陽とは違う輝きが見える。鉱石自体が光っているのだ。あれがクリスティウムの含有する魔力なのだと、リルラピスが教えてくれた。
 きらめく鉱石を運ぶ作業員たちの顔は砂ぼこりで黒く汚れ、無精ひげもすごい。赤や青の髪をしたクリスティア人も、日本人と思われる黒や茶髪の者も、表情は明らかに疲れ切っている。彼らが着ている作業服は日本でも普及してるもので、どれも汚れ擦り切れていた。
 ヒデがのぞく双眼鏡の先で、ひょろりとした日本人風の作業員が倒れた。汚れ一つないスーツを着た監督官が、男を叩き起こそうとする。ひょろり男は疲労困憊、今にも死にそうな顔をしていた。彼と監督官の間に入ったのは、熊のように大柄な黒髪の男。肉体労働なら任せろ、とい言わんばかりの熊男は、ひょろり男をかばって監督官に殴られた。
 ジューンが小さな悲鳴を上げる。
 「ああ!あの男の人、殺されちゃう!」
 双眼鏡で覗くしかない自分が憎い。ヒデは唇をかむ。監督官が容赦なく二発目の拳骨を叩き込もうとしたとき、さらなる人物が静止に入った。
 魔法少女そのものの衣装を着た女。ヒデは事前にヒーロー図鑑で見ていたその名を呟く。
 「フェアリン・マイティ……。久見月巴(くみつき・ともえ)だ」
 巴は監督官を制止し、暴力はやめろ、と言っているようだ。監督官が渋々といった体で引き下がる。熊男は命に別状はないらしく、よろよろ立ち上がり、作業に戻っていった。
 
 ジャイロたちと合流するまでに2回。さきほどまでの打ち合わせ中に1回、合計3回ヒデたちは大地の揺れを感じた。オウラムにいたときより、ここでの揺れのほうが明らかに強い。
 やはり、震源地は採掘場だ。封じられている破壊神が、地面で動き出しているのかもしれない。
 作業員への暴力と、破壊神の胎動による地震。もはや一刻の猶予もない。
 現状視察を終えたリルラピスが言う。
 「これから作戦会議を。一刻も早く、採掘場を解放せねば!」
 ドラクローが己の拳をぐっ、と握りしめて言う。
 「そうだな、王女様。監督官どもを叩きのめそう」

 そして、皆で作戦会議を始めた。
 出席者はクリスティア側がリルラピス、ウィリアム、アレックス、エイル、パズート、ジャイロ。
 エトフォルテ側がドラクロー、ヒデ、ムーコ、ハッカイ、カーライル、まきな、アル、ジューン。
 ジャイロが、これまでの偵察結果も踏まえて作成した採掘場の周辺図を、作戦会議用の机に広げ、解説する。
 「敵は、監督官とブロン派の騎士が約50人。巡回している武装ロボが約30体。そして酷使されている作業員たちは、200人」
 監督官たちは、例によってヒーロー武装とスマートウォッチで武装している。ブロン派の騎士は、自身がもつ魔術兵装とヒーロー武装を併用している。
 武装ロボは、かつてユメカムが作った防犯ロボ『ユメガード』。キャタピラ付の下半身に人型の上半身が搭載され、腕にはキャノン砲が搭載されている。ユメガードは日本でも、イベント会場や山林の警備などで使われていた。ヒデはTVなどで見たことがある。
 さらに、グレイトフル・フェアリンの一人である「フェアリン・マイティ」こと久見月巴。採掘場を守るため、1か月前から常駐しているという。
 「採掘場の南側には、作業員と監督官のための宿舎と車庫がある」
 宿舎と車庫は、日本で言うところのプレハブ式。宿舎の周りは有刺鉄線柵で覆われ、逃走を図った作業員は柵を乗り越えられず、監督官に殺されてしまった。車庫にあるのは、主に大型トラック。掘り出したクリスティウムを運ぶためのものだ。
 さらに、宿舎から少し離れたところにヘリコプターの発着場がある。
 「これまでも3回、ユメカムの監督官たちが、日本からヒーロー武装とともにヘリコプターでやってきた。あと、フェアリン・マイティも」

 当初の作戦では、グランたちの部隊が訪日中のブロンを暗殺。暗殺の知らせを受けたジャイロたちは姿を消す魔術武装を身に着け宿舎に接近。夜の闇に乗じて監督官たちを一気にせん滅する手はずだった。が、ブロンの訪日がエトフォルテ墜落で延期になると、フェアリン・マイティが常駐するようになった。ヘリでさらに強力なヒーロー武装も運び込まれた。
 「敵は、明らかにこちらの襲撃を警戒しています。まさかとは思いますが……。事前にこちらの情報を流した裏切者がいるのでは。だから日本での暗殺も、失敗を」
 ジャイロの懸念に、皆が暗い顔になる。
 ヒデは懸念を、やんわりと否定する。
 「もし裏切者がいるなら、もっと早くオウラムは攻撃されていたはず。ジャイロさんたちも」
 「確かに。情報が洩れているなら、俺たちが攻撃されないのはおかしいな」
 裏切者疑惑は、いったん置いておくことにした。
 ドラクローが尋ねる。
 「いちばん厄介なのはフェアリン・マイティか。フェアリン、いや、ティアンジェルは王国の神器だと聞いている。王女様がやつの力を奪う、なんてことはできないのか?」
 リルラピスが悔し気に答える。
 「ティアンジェルの任命と剥奪(はくだつ)は、国王でないとできません。今できるのは、叔父上だけ……」
 ドラクローがうなる。
 「となると、敵の連携を分断して、直接マイティを叩きのめすしか手はないか」
 シャンガインの時と同じく、敵の連携を断ち切り、個別に倒していく。ヒデも同じ考えだ。
 エイルが心配そうに言う。
 「ティアンジェルのアブゾーバーは、古代技術の結晶にして魔術の元祖。私たちの武装や複製品のウォッチよりはるかに頑丈ですわ。ドラクロー団長。叩きのめせるかしら?」
 自信に満ちたドヤ顔がトレードマークの彼女にしては珍しく、ひどく深刻な顔だ。
 それだけ、フェアリンことティアンジェルの能力は高い。クリスティアに渡る前、マティウスがユメカムでとったフェアリンの戦闘データを、ヒデもドラクローも読んでいる。さらに先ほど、マティウスがウォッチのデータ解析結果をドラクローたちに報告した際、言い添えた。

 『フェアリン、いや。オリジナルの神器をまとったティアンジェルは強い。光の魔術による光線技で距離を選ばず戦える。そしてアブゾーバーによる防御力がハンパないわ。ターンやシャンガインより、そしてウォッチをはめた監督官以上に危険だと考えて』

 果たしてドラクローは、どう答える。
 皆が見守る中。ドラクロー、ふう、と息を吐き、己と皆に言い聞かせるように、強く言った。
 「叩きのめせるさ。この場に集まった皆が、人を、国を守るっていう魂を持っているんだから。心。魂。言い方は違うけど、俺たちみんな、そういう力で戦ってるだろ?人の心が無限の魔力なら、俺たちの魂だって無限のエトスに変えていける。だから、奴らより強くなれる。平気で他人を踏みにじるような奴には絶対負けない。勝てるさ」
 この言葉に、ヒデもリルラピスたちも同意する。ドラクローの言葉は、仲間たちの覚悟を決定づけた。
 だが彼らは、覚悟だけではどうにもならない最大の問題を解決しなければならなかった。
 ウィリアムが問題を指摘する。
 「200人の作業員を、どうやって安全に助け出す?」
 敵もおそらく、リルラピスの襲撃は警戒している。敵は襲撃に対してもっとも簡単かつ強力な防衛策を持っている。
 それは、作業員を人質にして立てこもること。敵はこちらの精神を揺さぶるために、人質を1人2人殺すことをためらわないだろう。なにせ200人もいるのだから。
 人質を犠牲にして敵を倒す、なんてことは、みんな絶対にやりたくない。
 人質救出案を練るために、紙と筆記用具(クリスティアの一般的な筆記用具は、万年筆に似ている。書き心地が独特だ)を借り、ヒデたちはブレーンストーミングを試みた。
 10分後。各々の思い付きを発表していく。
 その中に、ヒデには思いもよらない作戦があった。

 ・久見月巴を味方につけ、内と外から採掘場を攻める。

 これを提案したのは、アレックス。
 「さっきの様子だと、フェアリン・マイティは作業員たちを守っているように見えた。リル。ドラクロー。巴を説得して仲間にしよう」
 実現すれば、この上なく効果的な作戦だが。
 「説得できそうですか」
 肝心な部分をヒデが聞くと、アレックスは言った。
 「バルテス様の存命中、フェアリンたちはティアーズの城に出入りしていた。その時よく話をしたんだ。エクセレンとジーニアス、ああ、素薔薇椎奈(すばら・しいな)と夢叶統子(ゆめか・とうこ)よりは、気が合った」
 巴とアレックスは、武術の話をよくしていたという。
 「巴とはいろいろ話したよ。あいつの両親は格闘家。自分も両親みたいに格闘技で日本の子供を元気にしたいんだ、って、よく言ってた」
 久見月巴の両親のことは、ヒデもTVなどで知っている。
 両親はともに有名な柔道家の久見月充二(くみつき・じゅうじ)と久見月小跳(くみつき・こはね)。二人とも柔道を経て格闘家に転身し、児童福祉活動などを続けている。TVでも彼らのチャリティ活動を紹介していた。
 それに、バトル好きの和彦が、中学のころに教えてくれた。

 『久見月充二は、武者修行でアメリカに行ったんだ。で、当時アメリカ最強と言われたアレキサンダー・ピアスって格闘家と激戦を繰り広げた。いまでも二人は仲がいいらしい。映像が残ってないのが残念だよ……。すげえ勝負だったらしい』
 その後、アレキサンダー・ピアスは政治家に転身したという。和彦は政治の世界に興味がないらしく、あとは身振り手振りで投げ技・関節技の威力をいろいろ語っていた。
 
 ヒデの思いをよそに、話を続けるアレックス。
 「アタシ、本当に子供好きな奴に悪い奴はいないと思うんだ。今やってることは悪いけど……。巴には、説得の余地がある気がするんだよ」
 リルラピスが同意する。
 「確かに。説得できれば、いけそうな気がします」
 外側から自分たちが、内側から巴が採掘場を攻めれば敵を挟み撃ちできる。
 だが問題は、どうやって巴に近づき説得するかだ。採掘場の周りはロボだらけだし、巴の側には監督官もいる。
 もう一度皆で考えこむ。
 しばらくして、ヒデは思いついた。
 「久見月巴も、監督官から通信を受けるはず。昨日の権藤監督官のタブレットに、久見月巴の連絡先が登録されているかもしれない。それを使い、日が暮れたら彼女を採掘場の外に呼び出す、というのは?」
 昨日オウラムを襲った監督官・権藤のタブレット端末は、敵の情報を確認できればと思いこの場に持ち込んでいる。
 ヒデの推論は当たっていた。
 タブレットに、久見月巴と連絡を取るためのSNSアプリが登録されている。


 その後。時刻は、午後7時。
 久見月巴を採掘場の外に呼び出すことに、ヒデたちは成功した。
 SNSアプリを使い、リルラピスの名前でメッセージを送ったのだ。

 『採掘場の人たちを助けたい。どうか、私たちに協力してください』

 採掘場の地下に破壊神がいることも簡潔に書き添え、事態が一刻を争うことも書いた。
 返信はこうだった。

 『午後7時に私は休憩に入ります。詳しい話はその時に』


 約束の時間になると、巴は岩や壊れた機械の集積場である『ガラ場』に一人でやってきた。
 巴は引き締まった顔つきをしており、切れのある瞳が大人びている。顔を彩る長い髪を束ねて、組みひもで結っている。いかにも強そうで、格闘家・武術家らしい雰囲気をまとっている。中学二年生の時の時にフェアリンになった、と公表されている巴は、今は18歳だろう。ヒデの所有するヒーロー図鑑の昔の素顔写真と、印象があまり変わらない。
 巴と対峙するのは、リルラピスとアレックス。
 ドラクローとヒデは、岩陰に潜んでいる。エトフォルテの姿をはじめから見せると、話がややこしくなるからだ。
 明かりはリルラピスたちが用意したランプ一つ。魔術機構搭載で、明るさは十分。ガラ場は採掘場の宿舎から、岩や機械の陰になって見えないから大丈夫だ。
 リルラピスが、静かにあいさつする。
 「2年ぶりですね、巴」
 呼ばれた巴は、気まずげな顔をした。
 「王女様。本名で呼ばれるのは、久しぶりです。皆私のことを、フェアリン・マイティと呼ぶ。私は、フェアリン・マイティなのか、久見月巴なのか。時々わからなくなります」
 気まずげながらも、巴の態度には王女への敬意が感じられた。
 日中、フェアリンとして活動していた巴は、今は作業員たちと同じ服を着ている。宿舎の中で、作業員たちの仕事を手伝っているのかもしれない。左手には、監督官と同じスマートウォッチをはめていた。
 物陰に潜んでいるヒデたちは、通信妨害のジャマーを発動している。巴が仲間に連絡を取れないようにするためだ。今のところ、巴がウォッチを使おうとする様子はない。
 リルラピスが言う。
 「ここに呼び出した理由は、アプリにも書きました。採掘を進めると、地下に眠った破壊神デストロが目覚めてしまう。地震が増えていることは、あなたも知っているはず。私たちに協力して、ユメカムを追い出す手伝いをしてほしいのです」
 巴が、口を開く。
 「……王女様たちに迷惑をかけているのは、わかっています」
 気まずげに黙ってから、答えた。
 「……でも、協力はできません」


 

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