ドラクローとヒデたちが、採掘場付近の山中に向かっているころ。
エトフォルテ船内技の部の研究室では、タイガとマティウス、牛族の団員ミハラと兎族の団員ハーゼとともに、ユメカムのスマートウォッチの解析をしていた。
昨日オウラムを襲った監督官・権藤が身に着けていた、神器ティアンジェルストーンの複製品であるスマートウォッチ。クリスティアの拷問官は徹底的に権藤を叩きのめし、ウォッチを彼の体から引きはがした。昨夜のうちにオウラムから漁村へ運ばれ、高速潜航艇サブルカーンで漁村に待機していたシーバスがエトフォルテにウォッチを届けていた。
ウォッチの側には、能力比較をするためにマティウスがユメカムで作った試作品が置いてある。大きさは手のひらにすっぽりと収まる円盤形で、ファンタジー風の装飾が施されている。マティウスの施したデザインかと思いきや、オリジナルの神器のデザインに似せたという。これを使用者が手にして戦闘態勢をとると、神器が光って魔法少女風の戦闘装束へと変化。瞬時に使用者に装着される。
ミハラは、ウォッチと試作品の機能を端末で比較し驚いている。
「試作品とウォッチ。防御力は同じくらいなのね。試作品は素肌を見せるひらひら衣装だから、低いと思っていたんだけど」
マティウスが言う。
「素肌の上も、きちんと光の膜『アブゾーバー』が覆ってる。正確には、魔術を再現した疑似的なアブゾーバーね。性能は、マスカレイダーやレギオンの身に着けるスーツの平均的な防御力を上回る」
ハーゼが疑問を口にする。
「全身が膜に覆われたら、呼吸はどうなる」
「口や鼻のあたりは、膜がちゃんと空気を出し入れできるようになっている。フィルター機能もあって、毒性の気体はある程度シャットアウトできるの」
タイガは性能を一通り確認し、感嘆する。
「クリスティアのすごい防御手段を、マティウスは再現したんだな。すごいよ」
「ありがと、団長」
「初めて会った時は、歌と踊りしか取り柄がないと思っちまった。今更だけど、オレ面接でヒドいこと言っちまった。ちゃんと謝ってなかったよ。ごめん」
タイガは同志採用面接試験で、
『こいつ、能力あるのかないのか、わかんないぞ』
と、本人の前で言ってしまっていた。
マティウスが微笑む。
「いいのよ。私もはしゃぎ過ぎたからね」
マティウスの笑顔を見て、タイガは内心、ほっとしていた。
謝罪が済んだから、だけではない。
この『姉のような兄』みたいな男(変なたとえだが、タイガはそう思っている。こういう男はエトフォルテにはいなかった)は、クリスティアの神器複製に関わったことを気にして、グランが来てからずっと表情が暗かった。
もしリルラピスたちから
『神器複製を許さない。責任者を引き渡して処断させろ』
と言われたら、彼は本当に裁きを受ける気でいたのだ。
昨日、ヒデたちはクリスティアで協力関係を結んだあと、リルラピスたちに神器複製の件を打ち明けていた。マティウスはオンライン会議用のディスプレイで、クリスティアの者たちに謝った。
リルラピスはすべてを聞いた後、こう言った。
「エトフォルテの皆様の判断を尊重し、私たちはマティウスさんを責めません。ヒーロー武装に関する知識で、私たちをどうか助けてください」
おかげでマティウスは心の重荷が取れたらしく、改めて敵の戦力解析にいそしんでいる。
マティウスは話し方こそ独特だが、武装研究者としての知識が半端ない。そして、使用者の安全を第一に考える姿勢が顕著だ。仲間になって1か月以上が過ぎた今、タイガは兄貴分のドラクローやスレイとは違う意味で、マティウスに対し兄あるいは姉に対する敬意を払うようになっていた。
解析を進めつつ、タイガは神器を継承して『グレイトフル・フェアリン』を名乗る3人の少女の情報も再確認。ヒデがクリスティアに渡る前、ヒーロー図鑑を貸してくれたのだ。
ユメカムコーポレーションの社長夫妻の娘にして、若くして会社を指揮する才媛・夢叶統子(ゆめか・とうこ)。変身後は「フェアリン・ジーニアス」。図鑑に載っている顔写真は優し気で、強制労働や密約に関わっているとはとても見えない。
日本政府の国防大臣、素薔薇晴夫(すばら・はるお)の娘である素薔薇椎奈(すばら・しいな)。変身後は「フェアリン・エクセレン」。子供オヤジと揶揄される素薔薇大臣の娘とは思えないほどしっかりした顔つきで、いかにも政治家的なリーダーシップを発揮しそうな感じだ。
有名格闘家の娘、久見月巴(くみつき・ともえ)。変身後は「フェアリン・マイティ」。ジュードーという日本の武術から派生した格闘術の使い手だという。3人の中では、一番戦い慣れた戦闘的な雰囲気をまとっている。
3人とも同じ学校の出身で、友人同士。ある時クリスティア王国から逃げ延びた人から神器を継承。日本とクリスティアを守るため『グレイトフル・フェアリン』を結成した、とある。中学二年生のときにフェアリンになって4年たつから、現在18歳。変身前の年恰好はドラクローやジャンヌと同じくらい。これが変身すると、若干幼くなったように見える(この仕組みはわからないのよねえ、とマティウスは言っていた。神器に若返りの効果はないらしい。ちなみに、マイティはあまり変らない)。
自分たちと似ているな、とタイガは思う。ドラクロー、ムーコ、ジャンヌと同様に仲が良くて、故郷を守ろうと戦士になったという点において。
だけど、オレたちは島民を追い出したり、強制労働させたりなんてするもんか。こんなフェアリンもブロンも、絶対に許しちゃおけない、とタイガは思う。
一方で、許せない気持ちだけで戦っちゃダメだ、とも思う。
憎さを募らせてやりたい放題やったら、それはただの八つ当たり。マスカレイダー・ターンとの戦いで捕らえた、チーフ高島が言ったような。それだけは絶対にしちゃいけない。
一緒に戦うヒデたち日本人、そしてクリスティア王国の人に恥じない戦い方をしなきゃ。タイガは心に誓った。
一通りの解析を終え、マティウスがウォッチの性能を改めて説明する。
「ウォッチをはめると、見えない光の膜を展開。膜の弾力性によって防御力を高め、さらに体を弾ませることで運動力も高める。日本の標準的なヒーローの運動力をベースに、最大で1.7倍まで上げられる」
オウラムの戦いで、監督官が赤い光をまとってパワーアップしたのは、この1.7倍上昇に相当する。本来神器を装着すると光の魔術による攻撃も可能となるが、このウォッチではアブゾーバーだけが搭載されている。光の魔術による攻撃手段もマティウスは再現したらしいのだが、なぜカットしたのだろう。マティウスは思い当たる理由があるようだが。
ミハラが質問する。
「マスカレイダーやレギオンは、こういう武装を使わないの?」
マティウスが答える。
「彼らの場合は、身にまとうスーツ、アーマー自体にアシスト機能を備えている場合が多い。肉体に機械を埋め込んで改造する場合もあるけど」
タイガは同志採用面接試験を思い出し、舌打ちする。
「真名子伊織がやったことを、ヒーローもやるってのか」
マティウスがすまなそうな顔になる。
「ごめん。嫌なこと思い出させた」
「いいよ。マティウスのせいじゃない」
タイガは話題を切り替える。
「マティウスの同僚が組み込んだ、副作用のある機能は、このウォッチにも?」
「いや。さすがに、危険性が高いから外したみたいね」
「どんな機能だったんだ?」
マティウスが、これまでにない悲しみと怒りの混ざった表情を見せる。
「バーストモードよ」
ユメカムで試験装着者を死なせた、忌まわしい試作品に搭載されていた機能について、マティウスは解説する。
「バーストモードを発動すると、ウォッチに内蔵された人体活性化エネルギー『バースト』が肉体に直接注ぎ込まれて、素の身体能力が上がる。アブゾーバーとの相乗効果で、当然戦闘力も上がる」
ハーゼが言う。
「人体活性化エネルギー。俺たちのエトスに近い物か?」
マティウスが首を横に振る
「エトスについては私も専門外だけど、それはみんなの魂、心、言ってみれば『脳』の奥底から湧き上がる力でしょう。体と密接に結びついているから、エトス自体は使用者に害を与えない」
『バースト』はもともと海外で発見され、今や世界中のヒーローの間で使われているエネルギー。残念ながら、悪用されるケースも後を絶たないらしい。
「で、このバースト。人体にとっては異物なの。人体強化の副作用で心臓に負担がかかる。過剰に注ぎ込むと命にかかわるのよ。同僚の設計では、安全装置が働けば助かる仕組みになっていた。けど……。私は反対した。安全装置が確実に働くように見えなかったから、バーストモードは外せ、と。でも……」
試作品に搭載されたバーストモードは、安全装置が機能せず致死量のバーストを試験装着員に注入。装着員は心臓への副作用で死んでしまった。
タイガは、絶句。
「使用者を死なせかねないエネルギーのか!?」
仮に安全装置が働いたとして、そのあとはどうなる?心臓に負担がかかっているなら、戦えない状態になるんじゃないのか。敵を倒せていればいいとして、倒せなかったらどうするんだ。
マティウスは過去を思い出したらしく、ひどく暗い表情を浮かべる。
「本来は世界基準で、バーストの安全な使い方が確立されている。だけど、”さらなるパワーアップ””命がけ”という『ロマン』を盛り込もうとしたのよ、あいつは」
タイガもミハラもハーゼも、呆れた。
使用者を死なせかねないアイテムを設計するなんて。馬鹿みたいだ。エトフォルテでこれをやったら、十二兵団をクビになるどころでは済まない。打ち首だ(十二兵団の掟第四条にもある。十二兵団にあるまじき振る舞いをし、仲間に危害を加える者は厳罰に処す、と。実際にタイガは見なかったが、打ち首になった団員が過去一人だけいたという)。
マティウスは震え、涙ぐんでいる。
「本当に、日本のヒーローの悪いところ。開発者がひどい副作用を『ロマン』と言い換えて、使わせてしまう。使う側も、『ロマン』に酔って格好つけてしまいがちなのよ。ロマンのいけにえにされて人生を狂わされた人は、少なくないと知りながら……」
そして彼は、面接試験で話さなかった、試作品をめぐる出来事を詳しく話してくれた。
バーストモードを設計し試作品に取り付けたのは、ユメカムコーポレーション専属の武装研究者、掘徒出流(ほると・いずる)という男。年はマティウスと同い年。彼は神器ティアンジェルストーンの複製を開発チームのリーダーとして試みていたが、うまくいかなかった。
今をさかのぼること、約3年前。レギオン・フォレスターで成果を収め、武装デザイナーとして業界で名を知られていたマティウスは、使用者が安全に使える武装を目指し、魔法少女フェアリンの武装を研究したがっていた。そんな折、ユメカム上層部から誘いを受けたのだ。神器を複製し、フェアリン用変身アイテムの量産化計画に参加しないか、と。
掘徒の研究が行き詰り、外部の力を取り入れたほうがいい、と上層部は判断したらしい。
マティウスが参加してから、研究はうまく進んだ。おしゃべりなマティウスは研究員にも試験装着員たち(ユメカムが募集した、中学生から高校生の女の子4人)にも好かれ、和気あいあいと試作品は完成に近づいてく。研究中に会った夢叶統子も、満足していたようだ。
掘徒と彼に従う研究員たちは、面白くなかっただろう。特に掘徒は、同い年で同業のマティウスに嫉妬した。光の魔術による攻撃手段の再現がマティウスによるものだったことも、掘徒の嫉妬心を加速させたらしい。マティウスは掘徒とケンカするつもりはなかったが、次第に彼と意見が合わなくなっていった。
二人の仲が決定的に悪くなった原因が、バーストモード。掘徒が試作品に付けたこの機能を、マティウスは精査した。結論から言うと、安全装置がうまく機能せず致死量以上のバーストが注ぎ込まれる可能性が非常に高かった。こんなものを試験装着員に使わせるわけにはいかない。
マティウスは外せ、と掘徒に言った。アブゾーバーは防御力と運動力を両立させ、さらに装着者への肉体的負担が少ない。副作用で命を危険にさらすバーストモードは不要だと言った。
だが掘徒は取り合わない。いざというとき命がけで戦うためにバーストモードを入れろ。さらなるパワーアップの見込めない武装にロマンは無い。安全装置は絶対に動くから、限界ぎりぎりまでバーストを注入しても大丈夫。身体への安全は保証する、と。
研究員たちの意見も割れた。幸い、マティウス派のほうが多く、多数決で押し切った。ユメカム上層部に、バーストモードを搭載せず試作品を完成させる、と報告した。
が。1年前、事件は起きた。
「掘徒は私の留守中にユメカム上層部を丸め込んで、多数決を覆すとバーストモード付の試作品でテストを強行した」
マティウスが慌てて戻り、テスト会場に乗り込んだ時にはすべてが終わっていた。試験装着員の女の子たちは、全員死んでしまった。
当然、掘徒の責任になるはずが、夢叶統子をはじめとした上層部が責めたのは、なんとマティウス。
理由がわからない。バーストモードをつけたのは、掘徒なのに。
味方のはずの研究員たちは、なぜか装着テスト以降出勤してこない。彼らは突然事故に遭ったとか、急病であるとかユメカム上層部に言われたが、到底納得できない。
事ここに至り、マティウスは悟った。
専属研究者のせいではなく、外部から来たマティウスのせいにすれば、ユメカムのイメージダウンを少しでも軽くできると、上層部は判断したに違いない。
自分は切り捨てられたのだ。
神器複製研究の詳細は公にされず、ユメカムが独自に作ろうとしたヒーローアイテムに欠陥があり、装着テストに参加した女の子が死亡した、と報じられた。女の子たちを殺した犯人は、欠陥をそのままにした研究員マティウス・浜金田。本名浜金田大五郎。
かくしてマティウスの人生に、『殺人犯』『容疑者』という最悪のレッテルが貼られた。張本人の掘徒は上層部から謹慎処分を受けたようだが、そのあとのことはわからない。マティウスは刑務所送りの直前に、ユメカムを脱走したからだ。
「こんなことで死んでたまるか、と思った。なんとか試作品を1個だけ持ち出して、ユメカムの非道を公表しようとしたけど……。逃げるのに精いっぱい。フォレスターに戻っても、助けてもらえるか自信がなかった。迷惑とも思ったし」
あとは、エトフォルテが墜落し、今に至る、というわけだ。
「ジャークチェイン、あなたたちの困ってる様子が伝わった。正直このまま捕まれば死ぬと思った。どうせ死ぬならいいことをしよう。宇宙から来た動物人間さんたちを助けよう、って思ったのよ。昔、そういうお話が好きで、よく見てたから……」
タイガは、ウォッチから光の魔術がカットされている理由を察した。
おそらくユメカムは、マティウスの再現した機能を入れたくなかったのだ。外部から来た人間の成果を、可能な限り消そうとしたのだろう。掘徒とユメカムは、人としても技術者としてもひどいやつだ。マティウスがいなければ、基本性能であるアブゾーバーの再現だってできなかったのに。
説明を終えたマティウスは涙をぬぐい、笑顔を見せる。
「さあ、昔話はおしまい。タイガ団長。ウォッチの解析結果まとめて、クリスティアにいる総団長たちに伝えないとね。私、死ぬ気で頑張るから何でも言ってちょーだい♪」
もう十分、エトフォルテのために気を使って頑張っているのに。
タイガはマティウスの優しさとやる気を痛いほど感じ取った。だから、言った。
「頑張るのはいいけど、お前一人で死ぬ気になるなよ。生きるために頑張るんだよ、みんなで」