エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第7話 軍師ヒデ誕生

 打ち合わせを終えてから、ヒデはドラクロー、ムーコ、タイガ、ジャンヌと会議室に残った。
 ドラクローはヒデに頭を下げた。
 「ありがとう。お前のおかげで、話がまとまった」
 ジャンヌが優しい表情を浮かべて、手を差し出す。
 「正直、ドラクローたちが連れてきた時はどうかと思った。でも今は違う。
 私、あなたを信じたいと思う。これからよろしくね」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 ヒデはジャンヌの手を握る。きめ細かい鱗に覆われた蛇族の彼女の手は、想像以上にすべすべだった。
 「しかし、もともと料理人だったとは思えないぜ。お前、軍師みたいだな」
 タイガの評価に、ヒデは驚いた。
 「軍師ですか、僕が!?」
 「的確な助言と提案。たしかに、ヒデは軍師だな。エトフォルテは長いこと戦争していないから、軍師は物語の中でしか知らんけど。ヒデ、十二兵団の軍師にならないか」
 エトフォルテではかつて十二の部族が覇権を争い戦争を繰り広げていたと、ドラクローは説明してくれた。地球の歴史がそうであるように、各部族は優秀な軍師を抱えて知略を巡らせたという。その戦争が終わったとき、各部族から心技体に優れた若者たちをリーダーとして1名ずつ選出し、手を取り合い故郷の発展と平和に尽くそうと決めたのが、今の十二兵団の始まりだそうだ。
 そんな由緒正しい伝統ある組織に、元蕎麦屋で元警備員の自分が軍師に就任だなんて、どう考えても場違いだ。
 「ドラさん。僕が使ったのは、本などで得た手段や情報ですよ」
 軍師と呼ばれるのは、さすがに過大評価だ。しかしドラクローは譲らない
 「何で得たかが問題じゃない。お前はその手段や情報を、俺たちを助けるために使ってくれた。そして本当に助かった。スレイ先輩も言っていただろう。魂だ。
 俺たちは、お前の魂を気に入ったんだ。みんなのために本気で頑張ろうとする、その魂を。
 俺たちにはお前が必要だ。軍師になってくれ、ヒデ」
 軍師なんて、中学時代の映画研究部でも、地元のラジオドラマでも演じたことはなかった。
 もしこの場に、友人や家族がいたらなんていうだろう。
 和彦だったら面白がって、きっとこうだ。
 「できるかできないかじゃない!!やれ!!やっちまえ!!
 軍師なんて役どころはめったに回ってこないんだぞ!!しかも宇宙人のための軍師!!レアだぜ!!」
 死んだ父と祖母がいたらどうだろう。
 「引き受けた仕事は最後までやるんだ。誠意と責任をもって」
 「何事も勉強だと思ってやりなさい」
 とはいえ、家族も自分が軍師をやることは想定外だろう。
 それでもわかっていることがある。夢を応援してくれたこの人たちを、自分は助けたいのだ。
 「わかりました。軍師の仕事、引き受けます。
 ドラさん。代わりと言っては何ですが、僕の本職は料理人。合間で料理のお手伝いもさせていただけると、嬉しいのですが」
 「それはもう。食料関係はムーコとおかみさんが担当だ。二人と協力して手伝ってほしい」
 「よろしくね、ヒデさん」
 ムーコがにっこりと笑う。ヒデもつられて微笑んだ。

 ヒデはドラクローたちに、十二兵団員用の個室に案内された。
 ベッドと机、トイレとシャワーがある。ビジネスホテルのような感じだが、部屋の広さは結構ある。ベッドなどは日本のものと大差ない。こういうもののデザインは宇宙共通なんだなと、ヒデは口に出さず感心した。
 「この空いている部屋を使ってくれ。通信機はこれ。何かあったら通信を入れるから、かならず出てくれ」
 タイガが通信機の使い方を教えてくれた。ちょっと大きいガラケー、という感じだ。操作方法はシンプルなので、すぐ覚えられた。
 その他もろもろの説明が終わった後で、ジャンヌがあっと叫んだ。
 「その格好はちょっとなあ。服なにか余ってない?尻尾穴、開けてないやつで」
 言われてヒデも気が付いた。警備服のジャケットもスラックスも煙に巻かれて真っ黒だ。ゴウトを殴り殺したときの血まで付いている。
 すると、ムーコが提案した。
 「ヒデさんはエトフォルテの軍師になるんだから、軍師の服装が合うんじゃないかな。いい衣装、あるよ」
 「衣装?」
 「ご先祖様をたたえる劇をお祭りでやるんだ。私、衣装を頼まれていたの。着丈は問題ないと思う。尻尾穴も開ける前だし、戦闘に耐えられる素材でできているから、そのまま使えるよ」
 数分後。
 「おおお。軍師感満載のデザインですね!!」
 ムーコが持ってきた衣装を見て開口一番、ヒデは率直な感想を漏らした。
 アジア映画に出てくる拳法僧の法衣のようなデザインに、ヨーロッパの軍服のような要素を足した服だ。大きなフードもついている。黒を基調とし、控えめにあしらわれた紫と銀の装飾とも相まって、落ち着きと知的な印象を与える。
 「この服ならみんなの前に出ても問題ないな」
 ドラクローも納得したようで、満足そうにうなずいた。
 「あとヒデさん。仮面、かぶるといいかなって思うんだけど、どうかな」
 「服があれば僕は大丈夫ですよ」
 「いや、ムーコの言う通り。被ったほうがいいかも」
 ヒデに反対したのはジャンヌだった。少し考えこんでから、言った。
 「地球人のヒデが生きていて、私たちと一緒にいると知れたら、ヒーローたちはヒデの地元に嫌がらせをするかも」
 すでにヒデがヒーローを嫌う理由は、ドラクローがジャンヌにも簡潔に話してあった。
 「ヒデーな、ほんと」
 「ヒデだけにね」
 タイガの一言に、苦笑いするヒデ。
 ジャンヌが自分の仮面を取り出して見せる。
 「この中で生活する分にはいいけど、正体を隠すときは仮面をつけるようにしないと。私たちも戦闘作戦中は仮面をかぶるから、浮くことはないと思うよ」
 ジャンヌはそのまま、いたずらっぽく笑った。
 「それに、仮面の軍師って、なんか強そうに見えそうじゃん」
 「確かに」
 そういう映画やアニメは多い。同意しながら、これはますます責任重大だ、とヒデは決意を新たにした。
 これまで自分が見聞きした、映画、TV、新聞、ラジオ。ヒーローに批判的な団体の情報誌。和彦おすすめのミリタリー本。それらから蓄積した情報を駆使し、ありったけの戦術を組み立てねば。
 「じゃ、オレがちょうどいいのを持ってるぞ。開発中の新デザイン」
 今度はタイガが仮面を持ってきた。
 仮面も黒を基調に銀色のアクセントが施され。アジア的な民族芸能にそのまま出られそうな意匠で、軍師服にもぴったりな色合いだ。
 「オレたちの仮面には、超圧縮式酸素ボンベや防毒フィルターも内蔵されている。これは試作品でただの仮面だから、あとで必要な装置をつけておくよ」
 「タイガさん、ありがとうございます」
 
 その後、ドラクローたちは生き残った者たちのために、船内放送(地球で言えば、テレビと同じだ)で現状とこれからのことを説明した。
 エトフォルテに深刻な緊急事態が発生し、最長老が指揮をとれなくなった場合は、十二兵団の第一団長に指揮権が移る。第一団長に何かあれば第二団長というように、次の番号の団長たちに指揮権が移っていく。選抜試験に合格し第十団長の資格を得ていたドラクローは、ハウナたちの承認も得てエトフォルテの最高責任者に就任した。
 そしてドラクローは、最高責任者として船内の住民に語り掛ける。
 「今、エトフォルテは、とても危険な状況にある。
 長老たち、十二兵団長、多くの仲間が亡くなった。エトフォルテは浮上できない。足りないものも少なくない。
 日本政府、そして日本のヒーローたちに俺たちは敵として認識されてしまった」
 少しだけ、間を置き深呼吸。ドラクローは、力強く口を開いた。
 「自衛のための十二兵団が、異星の民と争うのはよくないことだ。
 だが!ヒーローたちは俺たちの故郷であるこの船を攻撃した!俺たちの仲間を殺し、十二兵団の誇りを傷つけた!これは絶対に許せない!許してはいけない!
 やつらが戦を仕掛けて俺たちを滅ぼそうとするなら、俺たちも戦う!!故郷を、仲間を守るために!!」
 そうだそうだ!と、民衆が沸き立った。
 「そして、俺たちに協力してくれる、地球人の軍師が仲間になってくれた。
 彼は、故郷を敵に回す覚悟で俺たちに協力してくれる。俺は、この軍師の魂を信じる!!だからみんなにも、彼の魂を信じてほしい!!
 エトフォルテに協力してくれるその軍師の名は、ヒデ!!軍師ヒデだ!!
 一言、よろしく!!」
 ドラクローに促され、ムーコの用意してくれた衣装に身を通したヒデはマイクを握った。
 大きく深呼吸。そして、カメラの向こうにいる1万人以上のエトフォルテの皆に素顔を晒して、誓った。
 「私は、軍師ヒデです。
 エトフォルテの皆さんのために、最後まで誠意と責任をもって、頑張ります!!」



 

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