エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第8話 起死回生の求人広告

 「なんで僕をイメージした殺人犯を書いたんだ?」
 中学二年生になる直前の春休み。ヒデは親友の和彦と遊びに出かけた帰り道で、初めて撮影した映画のことを改めて聞いた。
 自販機で買ったジュースを、海岸沿いのベンチに座り二人で飲んだ。ジュースを飲み終えると、和彦は答えた。
 「俺が好きな探偵小説に出てくる殺し屋のイメージが、お前にそっくりだったんだ。
 優し気なまなざし。いい顔。いい声。周囲からも普段は慕われている。
 たしかにそいつは殺人犯なんだけど、殺しを楽しむってわけじゃない。生きていくためにやむなく取り続けた手段が殺人だったという。だから、殺すたびに彼は痛みを感じている。繊細なんだ。その繊細な部分、ヒデなら出せると思ったんだよ」
 「僕の繊細な部分を評価してくれるなら、殺人犯を頼んでほしくはなかったけど」
 「でも、脚本は気に入ってくれただろう」
 「事後承諾でね」
 わざと低い声でヒデが言うと、あの時はマジですまなかった、とおおげさに和彦は頭を下げる。
 「それはさておき。映画を彩るキャラクターは、繊細な部分を持ち合わせているからこそ輝くんだ。
 全力で戦う、殺す。悪役として大いに結構。だけどそれだけの奴には魅力を感じない。お前のその繊細な部分は、間違いなく役者向きだよ。心に傷を抱えた殺し屋とか、悩み多き悪の組織の黒幕に向いている」
 「みんな悪者じゃないか。僕はヒーロー向きじゃないってこと?」
 「ダークヒーロー向きってことさ。輝くヒーローばかりじゃ、映画は盛り上がらない」
 和彦はそう言って、『俺、今格好いいこと言ったよな?』と言わんばかりのドヤ顔。
 「お前は本当に役者に向いてるよ。俺の両親もお前の演技を評価してた。映像製作のプロが、だよ。いっそ役者を目指して芸能界に飛び込んでみるってのはどうだ」
 光栄な評価だけど、ヒデは祖母との生活もあったので、役者の道は断った。
 「代わりと言っては何だけど、映画研究部の活動、これからも本気でやるよ」
 「本当か!!」
 「本当だ」
 次の日、和彦はトートバッグいっぱいに本を詰めてヒデの自宅にやってきた。
 「お前の本気に応えて、今後の映画作りに役立つ参考資料をプレゼント。ぜひ役立ててくれ」
 和彦は、トートバッグを開いて中の本を見せてくれた。
 銃の撃ち方。世界の軍隊の戦術。格闘技における人体の急所図鑑。詐欺師の手口マニュアルなどなど。映画やTVドラマの撮影で使うための資料で、和彦の両親が仕事で使わなくなったものを譲ってくれたという。
 ものは言いようだ、と資料を見ながら内心ヒデは苦笑した。悪役向きと言われると嫌だが、ダークヒーロー向きと言われると嫌な気はしない。もらった本で様々な知識を吸収しながら、ヒデはその後も映画研究部で悪役を演じ続けた。
 それから10年近くたった今。
 ヒデは現実世界で、侵略者とみなされた宇宙人のために軍師を演じようとしていた。


 ヒデがエトフォルテの仲間になった日の翌日。月曜日。
 水と十二兵団用の非常食(豆を棒状に固めて焼いた、ナッツバーのようなものだ。ちょっと塩味強めだが、美味しい)で朝食をすませたヒデは、タイガたちに頼んで悪人たちが使っている闇のSNSへのアクセスを試みた。
 悪人御用達の闇のSNS、その名を『ジャークチェイン』という。
 ヒデもうわさでしか知らなかったが、技の部とエトフォルテの能力をもってついにアクセスに成功した。
 その内容は、想像以上であった。
 お手頃価格で戦闘用改造人間手術を斡旋する闇医者。
 悪の組織による様々な効果の『お薬』の通信販売。
 見るからに怪しいアイテムのオークション開催告知。
 これでもかという邪悪な広告のオンパレードであった。
 エトフォルテの者は、船のシステムでエトフォルテ語に翻訳されたサイトを見ている。技術主任のリーゴは露骨に嫌な表情を浮かべ、ヒデに言った。
 「こんなところにエトフォルテ向けの求人広告載せて、本当に大丈夫か?
 どう見ても、まともなやつが見るところじゃないぞ」
 正直ヒデも不安である。だが、まともな求人広告サイトに登録しようものなら、たちまちヒーロー庁に通報されて削除されてしまうだろう。
 「ほかに載せるところがありません。協力してくれそうな人も、きっと見ています」
 その根拠は?、と皆が口々に言う。ヒデはきっぱり言った。
 「私たちがこのサイトを見ている。だから、私たちと同じ志を持っている人も、きっと見てくれています」
 カーライルがぼやいた。
 「無茶苦茶な理屈じゃないか」
 ヒデは苦笑する。
 「確かに無茶苦茶です。だからこそ、我々の苦境をはっきりと伝え、協力してくれる人を募りましょう」
 すでにタイガやモルルたち技の部の団員の力で、エトフォルテ語を入力すると日本語に変換されるようにしてある。ジャークチェインへの広告登録は初心者用のマニュアルもあり、使い方はすぐにわかった。
 ヒデは入力してもらう文章を読み上げた。
 エトフォルテは水を求めている、敵意がないという通信を送ったにもかかわらず、謎の衛星兵器の攻撃を受け、墜落したこと。
 シャンガインに一方的に攻撃され、団員だけでなく非戦闘員も殺害されたこと。このあたりは被害状況の画像も添えた。
 そして、肝心の求人広告。


 「大至急、同志求む!!
 私たちとともにエトフォルテの脅威となる敵に立ち向かってくれる同志を募集します。
 採用の条件は以下のとおりです。

 ・ヒーローに対抗しうる能力や武器を持っている、あるいはエトフォルテのために食料や医薬品を寄付してくれること(戦力と寄付、両方ならばありがたいです)。
 ・誠意と責任をもってエトフォルテに協力し、防衛にあたること(この戦いは侵略戦争ではないことをご承知願います)
 ・勤務期間:エトフォルテが安全に新天地を探せる日まで(寄付のみの場合はこの限りではありません)

 ご協力いただける方は、ジャークチェインの参加フォームに必要事項を記入し、千葉県南沖に浮かんでいるエトフォルテに、今週水曜日の朝10時までにお越しください。面接試験の後、採用の可否を決定します。
 当日の移動ならび試験後の帰宅手段は各自の責任でお願いします。
 宇宙から来た船故、日本円で報酬はお支払いできませんが、宿舎、食事、エトフォルテの有する技術やアイテムを可能な限り提供いたします。
 辛い境遇にありますが、笑顔を忘れずに私達とともに頑張ってくれる素敵な方をお待ちしています。
 なお、参加者は30組(一組につき2人まで)をもって締め切らせていただきますのでご容赦願います」


 求人広告を載せてから、厳戒態勢で迎えた翌日火曜の朝。
 「参加者が全30組登録されました。」
 モルルが集計結果を報告する。この結果にヒデも、エトフォルテの皆も驚き、そしておおいに喜んだ。
 だが、ヒデの軍師としての仕事はここからである。
 「参加者を集めて終わりではありません。面接で、本当に仲間になってくれる人を見極めねば。その対策をこれから考えます」
 幸い、月曜、火曜にヒーローの襲撃はなかった。エトフォルテの希望は、なんとかつながった。

 そして、火曜日丸一日を使って面接その他の準備を整え、水曜日を迎えた。
 エトフォルテには、日本各地から集まった悪人たちが集結していた。
 集まった者は、いかにも怪人!と言いたくなる容姿の者から、普通の小学生にしか見えないものまで千差万別。自分で船を用意して来た者。空を飛んできた者。これまたジャークチェインで悪人御用達の運搬業者に依頼してここまで来た者と、より取り見取りだ。
 ヒデ、ドラクロー、タイガ、ムーコ、ジャンヌが試験官となり、エトフォルテ内の捕虜収容施設(万が一知的生命体と戦うことになった場合に使う施設だ。もっとも、母星が無くなってから使うのは今回が初めてだと、ドラクローたちは言っていた)を面接会場にした。
 タイガの用意してくれた仮面をかぶったヒデは、集まった参加者を前にルール説明を始めた。
 「本日はお忙しい中、エトフォルテ同志採用面接試験にお越しいただき、ありがとうございました。
 早速ですが皆さんにはこれから、腕輪をはめて面接を受けてもらいます。」
 十二兵団員が配る腕輪を、参加者たちは両手にはめていく。はめ終わったのを見て、ヒデは続けた。
 「15分程度の面接です。面接が終わるまで帰ってはいけません。
 こちらの許可なく面接を中断したり、ほかの受験者や私たちに迷惑をかける行為に及んだ場合は、腕輪を爆破させてもらいます。腕輪は、無理やり外そうとしても爆発しますのでご注意ください。
 また、面接の結果不合格の場合は、退場していただきます」
 「退場とは、殺すということか」
 参加者の一人である、精悍な顔つきの若い男が質問した。
 「いえ。面接室の床が抜けて、海に落ちるだけです。重力制御装置で落下の衝撃は軽減します。海に落ちた時点で、腕輪の爆破機能は無効化しますのでご心配なく。船でお越しになった方には、船をお返しします」
 ヒーローとの戦いを生き延びた連中である。海に落ちたくらいでは死なないだろう。
 ちなみに、不合格者を追い出す落とし穴ボタンは、試験官5人全員がボタンを押さないと作動しない。腕輪の爆破ボタンは、危険を察知した試験官が一人でも押せば作動するようになっている。


 参加者は入室前に入念な持ち物チェックを受けてから入室する。
 面接室はヒデたち試験官席(青い落とし穴ボタンと、赤い爆破ボタンが備え付けられている)と、参加者の席を透明な板(地球で言えばアクリル板のようなものだが、銃弾や爆弾を防ぐ硬さがある)で区切っておいた。当初は全員仮面をつけて面接する予定だったが、エトフォルテ人の顔が見えないと参加者も信用しないだろう、という意見もあり、ヒデを除く4人は素顔を見せることにした。


 期待の一番手は、不気味な布を全身に巻き付けたマントの怪人。
 「暗闇大魔王とは、俺の事よ!!」
 怪人は、よくとおる声で自己紹介した。ものすごい名前だと、ドラクローがヒデの隣で呟く。
 ヒデもTVなどで知った情報であるが、暗闇大魔王の名前は何度も聞いている。
 「ことあるごとに、魔法少女フェアリンと敵対したことで有名な方ですね。3回くらいでしたか」
 「違うな。私で4回だ。
 魔王は負けても、力は永遠だ!だから何度でも現れる!」
 なぜかそこで大魔王は胸を張った。ジャンヌが呆れる。
 「つまり、4回も負けてるってことじゃん。こんな連敗男、戦力になるの?」
 「ほう。言ったな。ならば俺が戦力になるところを見せてやろう」
 大魔王の目が不気味に輝いた。
 「この船にいる全員の心をわが暗闇殺法で闇に染めてくれよう!
 謝るなら今のうちだぞ、女!お前の心を闇に堕としてやる!」
 何か術をかけているのか、大魔王の手つきが怪しくなってきた。しかし、
 「何やってんの、あんた?」
 当のジャンヌは大魔王を冷たく睨んだままだ。
 「心を闇に染めるって、なんだ?」
 ドラクローが真顔で聞くと、大魔王は拍子抜けした。
 「え、闇の力とか心の闇とか、闇堕ちとかわからない?」
 苛立ちが感じられる声音で、ドラクローがもう一度聞き直す。
 「心を闇に染めるって、どういう意味か聞いてるんだ。
 これは面接だ。俺たちにわかる言葉で説明してくれないと困るんだよ。変な踊りしてないで答えてくれ」
 「いや、その、それは…」
 ヒデはなんとなく察しがついていたが、ドラクローたちは本当にわからないようだ。
 「質問に答えろって言ってんだ。できないなら穴に落とすぞ!!」
 苛立ちを募らせるドラクローにたじろいだ大魔王は、しどろもどろに答えた。
 「つまり、皆さんの頭をちょっとおかしくなあれ、みたいにして、俺のしもべにできたらいいなあ、なんて…」
 大魔王の意図を察して、とうとう怒鳴りつけるドラクロー。
 「ふっざけんな!なにがしもべになれだ!何がおかしくなれだ!
 お前の頭が一番おかしいぞ!!ドラア!!」
 大魔王は最初の威勢はどこへやら、情けなくヒデに助けを求めてきた。
 「ひいいい~。軍師よ、彼を止めてくれ!」
 「いやですね。
 そのおびえぶりからして実はあなた、暗闇殺法とやらも大したことないのでは?」
 「ぜ、全盛期なら結構使えたんだけど…。フェアリンたちに負けすぎたせいで最近は力が出ないんだ。心に隙がある奴じゃないと通用しなくって…」
 どうりでジャンヌに何も起きないわけだ。ヒデはドラクローたちに目配せし、この間抜けな大魔王に試験結果を告げる。
 「残念でした。今この船に、間抜けな暗闇殺法で操られる隙だらけの人なんていません。さようなら」
 全員が、落とし穴ボタンを押した。床が抜けて、大魔王は瞬く間に吸い込まれた。この落とし穴には重力制御装置(グラビート)が組み込まれている。反抗的な捕虜を強力な重力操作による吸引で外に排出するのだ。
 穴の向こうで、俺はいつか帰ってくるからな、と大魔王が叫ぶ声がした。
 「二度と来るな」
 ドラクローは閉じた落とし穴に向かって吐き捨てた。ムーコがヒデに質問する。
 「心を闇に染めるって、この星なら通用する決まり文句なの?」
 「人それぞれかと。そもそも求人広告をちゃんと読まない人は、闇も光もお断りです」
 それはそうだ、と全員が相槌を打った。


 次に入ってきたのは、ブランド物の衣服を身に着けた、いかにも“ダンディー”という64歳の男、ヨノスケ。
 ヨノスケは自信たっぷりに語ってみせる。
 「私ね、女性相手の説得は成功率100%なんです。
 私は全年齢対象です。フェアリンやレギオンのピンクを精力的に説得し、私の言うことを聞かせてご覧に入れましょう」
 タイガは興味津々だ。
 「全年齢ってのがよくわかんないけど、つまり洗脳術を持ってるのかな」
 「洗脳だなんてとんでもない!私は『愛』をもって、女性たちを説得します」
 ニンマリ笑うヨノスケに、ヒデはなんとなくその『愛』の本質を理解した。それに気が付かないタイガは、採用に前向きだ。
 「ヒデ。こいつを採用したい。ヒーローどもを説得して、こっちの戦力にしようぜ」
 「その前に、もう少し聞いてみましょう。あなた、ほかに特技はありますか?」
 ヨノスケは胸を張って答える。
 「女遊びを妻にばれないようにする、55の奥義を持っています!」
 「あなた、ここに何しに来たんですか」
 ヒデの冷え切った声に対し、熱く語るヨノスケ。
 「近頃ちょっと、地球人の女に飽きちゃいまして。宇宙人の女を抱いてあひゃひゃあぁぁーッ!?」
 言い終わる前に、全員が落とし穴ボタンを押していた。ヨノスケは情けない悲鳴とともに消えていく。
 なんとも気まずい空気が面接室に漂う。気まずさを打ち消すように、タイガが叫んだ。
 「誰だよ。あんなスケベを採用したい、なんて言ったの!」
 「お前だよ!」
 ドラクローはタイガの頭をポカリとたたく。


 その後も、脱落者が続出した。
 悪の組織の女王だったと名乗る女性は、長々と己の経歴と美貌を自慢した挙句『この船の男どもを私のムチで叩かせろ』と恍惚とした表情で言った。なぜ助けを求めているものを、ムチで叩こうとするのか。しかも服装は、露出度の高い黒ビキニ。みんな目のやり場に困ってしまった。
 女王を落とした後で、ジャンヌが一言。
 「この星の人間って、私たちみたいに鱗や毛はなくて、顔から下はつるつるなんだ」
 そういえばエトフォルテの皆の首から下はどうなっているのだろう、とヒデは思ったが、今はそれどころではない。
 強力な爆弾制作のプロを名乗った男は、自分の爆弾で日本中を爆破・脅迫しようと提案してきた。あくまでエトフォルテは自衛のための戦力を求めているのに、積極的に爆破してどうする。しまいには暴れだしたので、ドラクローが腕輪を爆破した。
 残念極まりない参加者たちを計13組不合格にした後で、ついに合格者が二連続で現れた。
 最初の合格者は、なんと小学生だった。

 

 

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