まきなとアルの後、4組の残念な参加者を落とした。
その次に入ってきたのは、身なりをきちんと整えた若い男だった。
試験の冒頭で
「退場とは、殺すということか」
と質問した男である。
動きに隙がない。爆弾入の腕輪をしているというのに、平然としている。軽いウェーブがかかった髪に、精悍な顔つき。そのままアクション映画の主役を張れそうなこの男を、ヒデはどこかで見たことがあるような気がした。
「義兼威蔵。19歳。元、神剣組所属。二番隊隊長だった。」
面接を開始するなり、男はそう名乗った。ヒデは驚きを口にしていた。
「なんと。どこかで見た顔だと思いましたが、神剣組とは」
ジャンヌが質問する。
「ヒデ、シンケングミってのは有名なの?」
ヒデは解説した。
「悪の組織だけでなく、ヒーローとも敵対した組織です。かなり規模の大きい第三勢力の組織として有名でした。その目的は…」
「目的は、悪党どもの抹殺。そしてヒーローによる利益独占の断ち切りだ」
威蔵は静かに口を開いた。
「今やヒーローの活躍は企業の利益とセットだ。ヒーローと悪の組織が戦えば人も建物も傷つく。そこに企業が付け込んで甘い汁を吸おうとする。
怪人をヒーローが格好つけて倒す。おもちゃ会社はヒーローの玩具が売れる。TV局はその様子を放送して視聴率を稼ぐ。企業にとってはいいことづくめ。その陰で市民は泣いている。全力を出せば怪物を一体始末するのに3分もかからないのに、放送の時の見せ場を作るようにして戦う。被害は倍以上だ」
「放送。ヒデが話していたやつか」
ドラクローが、苦い顔をする。この前ヒデが話していたことを思い出したようだ。
「見せ場を作るために市民を巻き添えにするなんて、この国のヒーローってのはみんなそうなのか」
答える威蔵の顔には、憂いがあった。
「全部ではないが、ヒーロー庁や企業と提携しているヒーローだとその傾向が強い」
「俺たちの仲間の死も、そうやって見世物にされる。いや、もうなっているのか」
「今のところ、この船の外観が映った程度で、エトフォルテでの戦闘の様子はまだ公開されていない」
威蔵のこの言葉に、ドラクローたちは少しだけ安心したようだ。
威蔵が話を戻す。
「『ヒーローショー』の巻き添えで民衆が泣くことなど、許されていいわけがない。
歪んだヒーロービジネスの構造も、悪党もまとめて叩き斬る。日本を立て直すために。神剣組はそんな組織だった」
「立派な魂を持った組織なんだな」
タイガが率直な感想を述べ、そのまま問いかける。
「待てよ。元隊長、ってことは、神剣組は今どうなっているんだ?」
「神剣組は2年前、ヒーローにやられて壊滅した。無念だ。捕らえられた仲間は公開処刑された」
タイガの問いに対し、悔し気な表情をにじませる威蔵。
「あなたたちの事情はジャークチェインで読んだ。地球に来たことへの釈明もさせずに、シャンガインが一方的に攻撃をした。ヒーローの狂った正義感、ここに極まれり。
俺は生き残った最後の隊長。神剣組に協力してくれた農家に匿われていたが、やはり許しては置けない。もう一度、連中を斬ることにした」
これから上陸してヒーローたちを斬って回ろう、などと提案されては困る。ヒデは念を押した。
「義兼さん。我々はヒーローたちを倒して回るわけではありません。
あくまで自衛のための戦いです。それは、ご理解ください」
威蔵はゆっくり頷いた。
「承知している。負けはしたが、何人も斬ってきた刃だ。食客として使ってほしい。俺の食事は最低限で良い」
静かに、まっすぐ試験官席を見つめて答える威蔵の姿から、ヒデは信頼できるものを感じていた。
威蔵が、さらに続けた。
「俺には『隠し蔵』という特殊能力がある。収納に限界はあるが、1トン程度のものなら俺個人が収納して運搬できる。今日は寄付するつもりで 米やみそ、調味料を持ってきた」
「今、それを出せますか」
「出せる。腕輪を爆破しないよう、お願いしたい」
威蔵がひょいと手を振る。空間にぽっかりと穴が開き、米がたっぷり詰まった紙袋がどさり、と現れた。試験官席の全員が、おお、と声を上げる。
「俺を匿ってくれていた人たちが分けてくれた。あなたたちが再上陸する予定があるなら、物資を運ぶ手段としてもこの能力を使ってくれ」
「食料はあとで検査機にかけますが、よろしいですか」
「あなたたちにはそれをする権利がある。かまわない。
俺の剣は鋼も断ち切る。戦力としても期待してほしい」
威蔵は落ち着いた口調で、しっかりとヒデたちを見つめていた。剣士としての矜持とまじめな性格が伝わってくる。ドラクローたちもその様子に満足したようだ。ヒデは簡潔に言った。
「義兼威蔵さん、合格です。よろしくお願いします。」
威蔵の次の参加者は不合格で落とし穴に消えた。
その次に現れたのは、悪の組織とはまるで無縁と言ってもいい、作業着を着た50過ぎの人のよさそうな男性だった。爆弾入の腕輪をはめたのと、目の前のヒデたちの容姿に落ち着かない様子だが、しっかりと名乗った。
「東海林沖定(しょうじ・おきさだ)。仕事は今のところ、缶詰工場の工場長」
そして彼は肩にかけた鞄から、丸い金属製の容器を取り出した。
「ドンパチの力にはなれない。俺はみんなに、魚の缶詰を寄付したい。
缶詰ってのは、この星の保存食。わかる?
ああ、わかるの。そりゃよかった」
渡された缶詰をヒデは手に取った。
東海林水産加工、という会社名がプリントされた缶詰。ヒデはこの缶詰を食べたことがある。会社の住所地『鯖ガ岳市(さばがたけし)』も知っている。ヒデの地元風海町から車で1時間くらい走った先にある街で、その名の通りサバの名産地。そして風海町と同じく、半年前の台風の被害が大きかったところだ。
「東海林さん。台風は大丈夫でしたか」
軍師としての自分を忘れ、同じ県民として聞いてしまった。工場長は力なく笑った。
「うちも作業員たちも、なんとか無事だったよ。正直、台風よりもやばいことがあったから、おれはここに寄付の話をしに来たんだ」
工場長は悔しそうな表情を浮かべた。
「台風の少し前、レギオンがうちの工場に怪物を連れてきて大暴れしたもんだから、機械が壊れちまった。工場は休業。いつ再開できるかもわからない。出荷直前の缶詰が、風評被害で売れなくなったから」
「そのレギオンは、おれたちを襲ったのと同じ奴らか?」
タイガの質問に工場長は違う、と言った。
「まあ、どこのレギオンかは問題じゃない。風評被害なんだよ、問題は」
どういうことか聞くと、どこかの誰かが
『怪物の体液が缶詰に付着して汚染された』
『工場はそれを隠して出荷しようとしている』
と、SNSで言いふらしたという。
「缶詰は怪物の入ってきたのとは別の場所にあって、汚れてなんかいないのに…。
味と品質は保証するから、あんたたち、うちの缶詰をもらってくれないか。魚介類の缶詰、ざっと5千個はある。
正直このままだと、買い手がつかないから捨てるしかないんだ。捨てるくらいなら、ただでもいいから誰かに食べてもらいたい。うちの工場まで、取りに来てくれないか」
ドラクローは少し考えこんでから、答えた。
「俺たちはあとで薬を探すために、陸に向かうつもりでいた。缶詰を取りに行くとき、薬探しの移動手段を貸してくれると助かるが」
「うちの車でよければ貸すよ。あ、でも、みんな日本の運転免許、ないよねえ」
工場長の言葉に、エトフォルテの者は首を縦に振った。
そもそもドラクローたちは、免許以前に尻尾付きの体が運転席に入らない。ここは自分が引き受けよう。
「私が運転できます。免許も持ってますから」
工場長は目を丸くしてヒデを見た。
「へえ。あんた、宇宙人なのに?」
「日本人ですから」
「ああ。だから軍師ヒデかあ。どおりで日本人みたいな名前だと思ったよお。あっはっは」
日本人と分かったからか、工場長はほがらかに笑った。
それにしても、一般市民にしか見えないこの工場長は、ジャークチェインをなぜ知っていたのか。ヒデが改めて問いかけると、工場長は遠い目をした。
「20年くらい昔に、腹を空かせてうちの工場に逃げ込んできたやつがマスカレイダーの敵だった。
お腹が空いたよぉ、って泣くのが、あまりにも気の毒でさあ。缶詰食わせて話をしたら、意外といい奴でね。困ったときは力になるって、自分の組織のサイトを教えてくれた。
それをこの前思い出してサイトにアクセスしたら組織はつぶれてたけど、ジャークチェインへの接続方法が乗っていた。そこから、あんたたちの求人広告。ほかの団体よりマシに見えたから、あんたたちになら、と思ったんだよ」
ムーコがつぶやく。
「悪の組織が『困ったときは力になる』なんて、不思議…」
ヒデにとっても不思議な話だったが、ありえない話ではなかった。
「人は、いいことをしながら悪いこともするし、その逆もあると、昔本で読みました。
きっと、その怪人は工場長のことを気に入ったんでしょうね」
「はっきり言って見た目は怪物丸出し。でも、うちの缶詰をおいしいって言ってくれた。悪い奴なんだろうけど、憎めなかったよ、あいつは。
結局マスカレイダーにやられて、死んじまったけどさ」
工場長は、また力なく笑った。
とりあえず、缶詰をもらって試食する。サバの味噌煮だ。ジャンヌが簡易検査をしてから、口に入れた。
「エトフォルテにはない味付けね。
でも、おいしい。たれは独特だけど、魚のうまみもしっかり出てる」
ヒデたちも食べてみる。白いご飯と一緒に食べたくなる味だ。ドラクローたちも美味い、美味しいと満面の笑み。
その様子に、工場長は心底嬉しそうな顔をした。
「よかったよお。『これは食えません』だったらどうしようかと思ったよお。
タダでもらうことは気にしないでくれ。その感想が何よりのお代だから」
工場長は缶詰を用意するため、面接を終えてすぐ陸に戻っていった。
工場長の後の面接は、脱落者の連続だった。
ダメダメな参加者たちが落とし穴に消えていき、ついに残り2名になった。
29番目に入ってきたのは、黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた細身の男。
「真名子伊織(まなこ・いおり)。27歳。職業は医者。よろしくお願いします」
真名子は、頭を下げてあいさつする。そのまま静かな声で続けた。
「サングラスをかけたままで申し訳ない。外してしまうと、皆さんを驚かせてしまうと思ったから」
「なぜ、俺たちが驚くと?」
ドラクローの質問に、真名子は苦笑。
「私の目は特殊でして。見た目もさることながら、何でも見透かしてしまうんですよ。だからサングラスをかけている。見えすぎないように」
「それがアンタの特殊能力?」
「そうです。
この能力で対象者の肉体の長所・短所を見つけ、医者として適切なアドバイスをする。そして、さらに長所を伸ばしてあげるのが、私の最大の特殊能力と言えるでしょう」
とりあえず、サングラスを外すようヒデが指示すると、真名子はサングラスを外した。
なるほど、確かに特殊だ。銀色の眼球の周囲が、ほのかに輝いているように見える。瞳に星が輝く、なんて歌がある。まさしくそれだ。真名子自身の顔立ちも良く、ファンタジー漫画に出てくる貴族のようである。
「この眼球は父が私にプレゼントしてくれたもの。わが一族は代々、かの有名組織『ゲドー』に協力してきました」
「あのゲドーですか。この国で最初に認知された、悪の改造人間組織」
ヒデは組織名を復唱し、その概要をそらんじた。今や小学校でも習う内容だ。
「50年くらい前、最初のマスカレイダーことマスカレイダー・ゼロと戦い、滅ぼされた組織。残党は今でも根強く生き延び、レギオンやフェアリンとも事あるごとに戦い続けている」
そのマスカレイダー・ゼロは、ヒーロー庁の創設に大きくかかわっている。さすがに70歳を超えたので、戦いの場からは引退。ヒーロー庁の偉い人になっている、というのも、この日本では知られている。
ヒデの解説に、真名子は拍手を送る。そして口を開いた。
「それにしても軍師さん。残党とは失礼な。
ゲドーは永遠に滅びない。絶対に滅びない。陽の光が差せば影ができるように、ヒーローとゲドーは表裏一体なんです」
ドラクローが感心したように呟く。
「ゲドーという組織の生命力が、とてつもなく強いということがわかった」
「そう、その生命力を支えてきたのが、我ら真名子一族なのですよ」
真名子は頷くと、ドラクロー、タイガ、ジャンヌ、ムーコの順に、ゆっくりと眺めた。
「龍の体を持つあなたは、非常に高い身体能力と、鱗に覆われた頑丈な防御力を持っている。そのままでも一般的なマスカレイダーと互角に渡り合えますね。
虎の体のあなたは、脳細胞が活発だ。技術的なお仕事については腕に覚えあり、ですね」
「おおお!ホントに見抜いたぞ、こいつ!!」
タイガが嬉しそうに体をくねらせる。尻尾もくねくねと嬉しそうだ。
「蛇の体を持つあなたは、骨格が独特ですね。非常にフレキシブルに動けるようになっている。槍術・棒術が似合いそうだ」
「すごいじゃん。私の特技まで見抜いた」
ジャンヌも感嘆のため息。
「羊の体を持つあなたは、虎の方とは別の意味で器用ですね。そう、例えば裁縫や料理などが得意ではありませんか」
ムーコも驚いて息をのむ。
「むう。私の特技まで見抜いている…」
「脳の発達している部分を見れば、どんな特技をお持ちか見抜けるんです。
もちろん、骨格や筋肉の構造も一通り見させてもらいました。皆さん、非常に素晴らしい肉体だ。
ついでに、虎と羊のお二人は、首から下のもふもふ感も素晴らしいですね」
「おいおい。どこ見て褒めてるんだよ」
「やだ、真名子さんたら」
恥じらいを見せるタイガとムーコのもふもふ感が気になるが、とりあえずヒデは黙っている。
真名子は、驚きと興奮が止まらないドラクローたちの様子に満足げにほほ笑んだ。椅子から立ち上がり、サングラスをかけ直す。そしてごく自然な動きで、試験官席前に立つ透明板に近づいた。
「私はこうやってあなたたちの長所を見抜きます。
その長所を、さらに伸ばしてあげましょう。
そして、にっくきヒーローどもに復讐するための力を与えてあげましょう」
ドラクローが、魅入られたように伊織を見つめる。
ジャンヌが、低い声で呟いた。
「復讐…。おじい様たちを殺したあいつらに…」
その様子を見ていたヒデは、少しまずい空気を感じていた。