野球帽をかぶった少年は、小学5年生の礼仙時雨(れいせん しぐれ)と名乗った。一緒にいるツインテールの少女は、1歳年下の妹で翼(つばさ)。二人とも、ひどくおびえていた。
「ママ、のスマホにジャークチェインのお知らせが届いたので、代わりに登録してもらいました」
ここにはどうやって来たのかと聞いたら、このあとに控えている別の参加者(博士と名乗ったそうだ。ジャークチェインへの登録も博士がしたという)に事情を話し、運搬業者の船に一緒に乗ったという。
「あなたの特技は?」
「ぼく、まだ小学5年生で、背も高くないし、足も速くないです。でも、掃除と、ちょっとした料理は、できます」
特殊能力を持っているようには見えない。悪の組織の関係者にも見えない。
「この子、なにかの間違いでここに来たんじゃない?腕輪外して帰しちゃえば」
ジャンヌは難色を示している。
ヒデは、もう少しだけ話を聞いてみることにした。
「あなたたち、ここがエトフォルテの同志採用試験と知って来ましたね。
私たちと一緒に戦えますか。それとも、寄付できるものを持っていますか」
時雨は目に涙をためて、訴えた。
「お願いです。ここにおいてください。
でないと、ぼくと妹は…、あの人たちにひどい目にあわされてしまうんです!!なんでも妹といっしょにやるから…おいて…ください…」
これで、二人がここに来た理由がわかってしまった。
家出だ。それもただの家出ではない。相当切羽詰まった事情があると見えた。
すると、ジャークチェインに登録していた母親が気になる。
それを聞くより早く、泣きじゃくる時雨の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「ぼくたち、ママ、たちが横流ししてる薬のありか、知ってます。全部皆さんにあげます」
「ママ、お、お医者さんたちが使うお薬、すごい盗んでます。
か、彼氏さん、悪い人たちに、売ってるんです。すごい、もうかるんです。
ママ…と彼氏さん、それでいつも、す、すごい綺麗な服、すごく買ってます」
今まで黙っていた妹が、おずおずと補足する。
「君たちはお母さんたちの薬が、本当にどこにあるか知っている?」
ヒデの質問に対する二人の回答は、『知っている』。その証拠にと、時雨がスマホを2つ取り出した。
「ママ、と彼氏さんのスマホです。これを調べてもらえれば、わかると思います」
「わかりました。合格です。別室待機してください。詳しいことは、あとできちんと話してくださいね」
面接を補佐する馬族の男性団員が、礼仙兄妹を合格者の待機部屋に案内する。
兄妹が退出すると、ドラクローが渋い顔でヒデに詰め寄った。
「本当に、あの子供たちをここに置くつもりなのか」
そんなドラクローをムーコがなだめる。
「ドラくん。あの子たち、家に帰りたくないって。帰したら、もっとひどい目にあわされるかも」
ヒデもフォローした。
「ドラさん。あとでスマホを詳しく調べましょう。薬が手に入るかもしれない」
「薬はともかく、子供たちはどうする。エトフォルテが子供をさらった、なんて言われたら」
ただでさえ危ういエトフォルテの立場が、さらに悪くなる。故郷を守る戦士が、人さらいなどと言われるのは最悪な展開だ。
それはヒデにもわかっている。だが、
「あの様子だと、帰すのは危険すぎる」
ヒデには礼仙兄妹が嘘をついているように見えなかった。親の悪事を告発するだけなら、ここに来る以外の選択肢もあるからだ。ジャークチェインに登録する必要はない。
ジャンヌとタイガも同じことを危惧していたようで、口を開いた。
「薬が手に入っても入らなくても、あの子たちをここで預かったほうがいいと思う」
「オレもそう思う。兄貴、”あの”ジャークチェインを使っていた親だよ」
ドラクローはジャークチェインの邪悪な内容を思い出したようだ。
「わかった。あとでおかみさんに話して、できることを手伝ってもらおう」
この判断に、ヒデたちは皆ほっとした。
その次に現れたのは知的な雰囲気を漂わせた女性と、その付き添いだという少女だった。
女性は、ヒデより3,4歳年上に見えた。明るい茶髪をショートボブにまとめ、落ち着いた表情を浮かべている。彼女のような女優が出演していた科学捜査ドラマを、ヒデは蕎麦屋のTVで大将夫婦と見たことがあった。今着ている服の上に白衣をそのまま羽織ったら、医者か科学者に見えるだろう。
少女は高校生くらい。妹さんですか、と問いかけたくなるほど、二人は顔立ちがそっくりだ。髪は少女のほうが女性より長い。
女性が自己紹介する。
「私は武智(たけち)まきな。28歳。
一緒にいるこの子はアルファ。自律思考型戦闘用機動人形『バトルアイドール』です」
まきなは、傍らに控える少女をそう言って紹介した。
ジャンヌとタイガは驚きを隠しきれない顔だ。
「機動人形!?機械ってこと!?機械に全然見えないじゃん!!」
「信じられねえ。おれたちの使う機械は、ここまで柔らかくなんてできないぞ」
「素敵な反応をありがとう」
まきなはにっこりとほほ笑んだ。ヒデから見ても、アルファの外見は機械であることを感じさせない。表情は少し硬いけれど、人間と同様の肌の柔らかさを外見からも感じる。
驚きもそこそこに、ヒデが面接に参加した理由を聞くと、まきなは自分の素性と経緯を語ってくれた。
「私は人型ロボットの研究者。ヒーロー庁の依頼を受けて、バトルアイドール計画に参加した」
ヒーロー庁の依頼はこうだった。
人間並みに繊細で柔らかい、人間と区別がつかないほど精巧、かつ既存のヒーローにはない戦い方ができる機械人形を作ってほしい。日本を守るために。
まきなは依頼に応じて、3年かけてアルを開発したという。
「アルファが完成し、武装テストも終えたタイミングで、国が求めている本当の目的を知ってしまった」
「その目的とは?」
ヒデの問いかけに、まきなは恐怖と怒りが感じられる声音で、こう答えた。
「ヒーロー庁はいずれバトルアイドールを量産し、国に反抗的な者を暗殺する秘密機関を作ろうとしていたの。まさかこんな子が戦闘ロボットどころか人を殺すなんて、普通思わないでしょう。
殺した後は、悪の組織の残党か何かのせいにしてしまえばいい。そういう残党の活動も、日本は絶えないから」
ムーコが悲鳴を上げる。
「ひどい!!」
続けてドラクローが質問した。
「反抗的にもいろいろあるだろう。まさか、文句を言っただけのやつも対象か?」
「そのまさか。
殺害の対象には政治に詳しい評論家や芸能人も含まれていたわ。悪の組織が相手ならともかく、この子を自分たちに文句を言わせないための道具にするなんて。
なんとか追っ手を撃退してアルファを連れだせたけれど、協力者がいないとこの子の機能を維持することは難しい。せめて少しでもマシな人がいればと思って、ジャークチェインに登録した。そしてエトフォルテを知った」
「武智さん。ならば我々の実情はご存じですね。食料または医薬品について、提供していただけるものはありますか」
ヒデの質問に対し、まっすぐに視線を向けてまきなは答える。
「提供できるものはないけど、知識を持っている。私の前に面接を受けた子、まさか海に落としていない?」
「別室で待っています」
「聞いたかどうかしらないけど、あの子たちの親、医薬品を横流ししているわ」
まきなたちが潜伏していた建物のすぐそばに、家出した時雨たちがやってきた。まきなが事情を聞き出し、ママと彼氏さんのスマホを、ヒデたちに先駆けて解析したという。
「横流しは事実。それを警察にばれないようにごまかしている協力者もいる。私達もお尋ね者だし、警察に届けるのは危険だと判断して、一緒にエトフォルテに行くことにしたの。
話を変えるけど、私はロボット研究者であると同時に、医者の資格と、医薬品の知識も一通り持っている」
「ロボット開発者にして、医者でもあるのですか」
ヒデが驚きをあらわにすると、まきなは誇らしげに笑った。
「人型ロボットを作るためには、人体の構造を把握することが必要だったから。
アルファにも私と同等の医学知識をインプットしてある。私たちがいれば、それらの薬をエトフォルテの人に使ってもいいか、選別することができるわ」
「助かるよ。この星の医薬品を一から私たちだけで選別するのは大変だし」
ジャンヌはまきながこの星の医師だと知って、安心したようだ。
「あと、戦闘員としてアルファを、その保護者として私自身が力になります。ロボット研究の一環で兵器の知識も得たから、戦いでも力になれるはず」
そこまで話してから、まきなは一呼吸おいて、アルファと一緒にヒデたちへ頭を下げた。
「かわりと言っては何だけど、この子の機能を維持するために、エトフォルテの設備や資材を貸してもらえないかしら」
まきなのヒーロー庁をめぐる話を、ヒデはある程度の信ぴょう性をもって聞いていた。
自身の台風の時の経験だけではない。国やヒーロー庁に真っ向からけちをつけたTVニュースのコメンテーターが、1週間後には諸事情で降板。なんてことは日常茶飯事だからだ。今の日本では。
とはいえ、その話を抜きにしても、まきなの知的な雰囲気と態度には好感が持てた。ドラクローも同じ気持ちだったようだ。
「ヒデ。みんな。俺はこの二人を採用してもいいと思う」
ドラクローに促され、ヒデも賛成した。
「武智さん。アルファさん。あなたたちを採用します。
タイガさん。武智さんたちに設備を貸してもよいですか」
タイガがまきなに答える。
「必要な範囲で使ってくれ。
ただし、使うときは必ず俺たち技の部の団員立会いのもとで、だぜ。勝手に設備を操作して事故を起こされちゃ、たまらないからな。ところで、アルファのエネルギー源は?」
「特殊な充電池。ケーブルをつないで電源から充電するか、日光浴。食べ物のエネルギーからチャージすることもできるわ」
「すると、地球の電気エネルギーが必要ってことか。ヒデから聞いてる。この船でも同種のエネルギーを出せるから、あとでアルファ用の充電システム、作っておくよ」
ヒデはタイガと話し合い、地球の機械を使うことになった場合に備えていたのだ。まさか、人型ロボットに使うとは思わなかったけれど。
アルファの顔に、ぎこちないながらも嬉しそうな表情が浮かんだ。
「心遣いに感謝します。博士ともども、よろしくお願いします」
その隣でも、まきなも嬉しそうにほほ笑んだ。
「私の事は『博士』と呼んでほしいな。よろしくね、みんな」
「私のこともアルとお呼びください。同志として、任務を遂行します」