エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第67話 破壊の雄たけび

 ヘリ3号機に向かうヒデたちは、機動兵器フィオーレにジーニアス(統子)とエクセレン(椎奈)が乗り込むのを目撃した。
 機動兵器が変形し、推進器が轟音を上げる。フィオーレ(花)の名のごとき、優美な鋼細工が浮き上がった。
 フェアリンたちはここから逃げるつもりだ。
 「逃げるな!!」
 ヒデたちエトフォルテは拳銃を、クリスティア騎士は魔術弓を、そして協力を申し出た熊男ハンジは光線銃を、フィオーレに向けて撃つ。だが、金属製の機体は攻撃を寄せ付けない。成すすべなく、フィオーレは飛び去ってしまった。
 あまりにあまりな責任放棄ぶりに、もはやヒデたちは怒りが収まらない。
 ハンジの怒り丸出しの絶叫が、この場にいる者の気持ちを代弁していた。
 「お前らあああ!!いつか絶対地獄行きだあああ!!」


 なんとか怒りを収めて、ヒデたちはヘリに乗り込む。パイロットの舞上が操縦席に座り込む。その隣にアルが立ち、デジタル式の計器盤に右手を当てた。
 計器盤が複数回点滅し、機内のディスプレイに複雑な英語が表示される。
 何をしたのか聞くと、アルが答える。
 「このヘリは、AIが副操縦士の役割を果たす半自動制御式です。ハッキングでAIの制御権を確認し、書き替えました。万が一の時は、私が操縦します」
 パイロットによる手動操縦が一定時間ないと、AIは自動操縦をはじめる。最悪の場合、ヘリは東京のユメカム本社に戻るようプログラムされていたという。
 パイロットが泣きそうな顔で言う。
 「ちゃんとあんたたちの言うことは聞くから」
 後部座席には、金属製のアタッシュケースが置かれている。鍵はかかっていない。開けてみてヒデは驚いた。ユメカムのスマートウォッチが5本入っている。こちらで捕まえた監督官の物とデザインが違う。これはマークⅡだ。
 パイロットに聞くと、こんな答えが返ってきた。
 「俺にはよくわかんねえ。統子様たちは、あとでこれを作業員につけてテストする、とか言ってたみたいやけど……」
 マークⅡを作業員に着けて、何らかの実験をしようとしたらしい。これはエトフォルテにあとで調べてもらうことにした。
 デストロから逃げ切り、あとで、があればの話だが。
 そんな暗い未来予想図を、ヒデは頭から振り払う、軍師としてふるまう以上、全滅を前提にした考えは絶対にしてはいけないのだ。全滅を避けるために全力で考えを振りしぼらなくては。
 通信機をつかみ、ドラクローに連絡を取る。ドラクローはリルラピスらとともに、車庫にある大型バスに乗り込んでいた。
 『ヒデ。ふもとのガネットにいる威蔵たちも準備を終えている。撤退だ!』
 通信機にリルラピスが出た。
 『行先は、ガネットから南部に位置する街、エラルメに!エラルメを治める町長は私たちの味方です』
 採掘場を当初の計画どおり解放出来ていたら、ヒデたちはエラルメに向かい態勢を整え、首都ティアーズに向かうつもりでいた。あらかじめ、リルラピスの仲間で元大臣のパズートが、エラルメをはじめ協力してくれる街に密偵を送り、話をひそかにつけていたのだ。
 道中には小さな街が複数ある。持ち出した車両にはまだ余裕があり、街にも大型の車両はある。避難を呼びかけながら退避することとなった。こちらに敵対する者もいるだろうが、デストロを見ればまず敵対はしないだろう。
 ヒデは作戦を復唱する。
 「では、行先は南部の街エラルメに。あの小さいデストロは……」
 デストロが生み出した子供たち。小さいデストロとか、デストロの子供とか言っていたが、言いにくくて困る。
 ジューンが助言してくれた。
 「面倒だからミニトロって呼びましょう」
 小さいデストロだからミニトロ。まあいいか、とヒデは思う。
 「ミニトロは車両に近づいたものを優先して、迎撃をお願いします」
 ドラクローが応える。
 『それがいい。こっちの銃弾や矢が限られている』
 そして、リルラピスが宣言する。
 『皆の者、撤退します!!』
 

 ヒデたちが採掘場を出発するころ。
 ふもとの街ガネットでは、威蔵と孝洋が基地内部に忘れ物がないか最後の確認を済ませ、車庫に向かい走っていた。
 基地の窓の外からは採掘場が見える。300メートル近い、空飛ぶキュウリのごとき破壊神の姿も。
 さっき採掘場からの連絡で、こちらに協力した久見月巴がデストロに殺され、夢叶統子と素薔薇椎奈は逃げ出したと聞いた。
 もはやフェアリンに事態解決を期待するのは不可能。やるだけやって逃げ出すとは、とんでもない魔法少女たちだと、孝洋は思う。目の前にいたら絶対撃っている。
 ガネットの車庫には、こちらが乗ってきた車両と、民間人を乗せて避難する車両が準備済み。孝洋と威蔵が車庫に入ると、ヒーロー武装を抱え歩いてくる騎士たちの姿が目に留まった。
 仲間の騎士たちではない。昨日自分たちが営倉に押し込んだガネットに駐留する騎士たちだ。
 孝洋は叫んで銃を構える。
 「あんたら!!一体何してるんだよお!!」
 威蔵も即座に刀を抜く。
 騎士たちがおびえた表情を見せる。そこにグランと、威蔵が取り押さえたこの基地の司令がやってきた。
 グランが孝洋たちに事情を説明する。
 「デストロが来るところに置き去りにするのは、敵とはいえあまりにも薄情だ。こちらの言うことを絶対に聞く条件で、車両に乗せて一緒に逃げるつもりだったのだが……」
 司令が鼻で笑う。
 「馬鹿も休み休み言え。俺たちは、王女様に協力するには罪を重ね過ぎた。強制労働を放置して、作業員が逃げてくれば殺した。今更王女様もお前たちも、そして国民も俺たちを許せないだろう」
 だったら、と続ける。
 「ここに残ってデストロと戦う。俺たちの家族には、『最期は悔い改めて、王女様のために立派に戦った』と伝えてくれ」
 缶詰工場の息子にも、この司令と部下たちの覚悟が分かった。昨日、営倉に押し込められた時の、こちらへの怒りと怯えの表情はみじんもない。
 この人たちは、本気で悔い改めてここに残るつもりだ。
 司令は、ためらいを振り切るように背を向けた。
 「さあ行け、行ってしまえ!!何が何でも生き延びて、ブロン様でも破壊神でもやっつければいい!!」
 そして、仲間の騎士たちと駆け出していく。
 司令達の後姿を見送り、威蔵が言う。
 「俺たちも行こう」
 グランが司令達に向かって叫ぶ。
 「貴公らの助力を忘れない!!!」
 孝洋は、自分も何か言わなくちゃあ、と思ったが、いい言葉が思い浮かばない。去り行く司令達の後姿に向かい、深々と礼をすることしか、できなかった。 


 採掘場から、次々とバスやトラックが発進する。ヒデたちを乗せたヘリ3号機も飛び立つ。
 そのあとを、破壊神デストロと、デストロの子供たち、通称ミニトロが追いかける。
 車両はふもとに向かい、時速40キロ程度で走っていた。巨大なデストロも、カエルのようなミニトロたちも、移動速度はそれほど早くない。ミニトロはカエルのようにべたんべんたん、と飛び跳ねて移動している。
 車両とヘリはガネットを通過し、さらに距離を稼いでいく。
 だが、距離を取ったからと言って安心できる状況ではなかった。
 300メートルの巨体がはっきりと見えていたし、ミニトロ入りの粘液汗をデストロは絶え間なくかいていたからだ。


 ガネットに残ったブロン派の騎士たちは、迫ってくるデストロに対し、ぶるぶる震えながら、言葉にならない叫び声を上げながらヒーロー武装を撃ちまくった。
 最大出力で上空に放った光線は、デストロの胴体に当たるも全く効いていない。胴体から黒い汗が絶え間なく降り注ぎ、たちまちガネットはミニトロに埋め尽くされた。
 司令は全力で叫んだ。
 「戦えええええっ!!騎士の意地をみせろ!!一体でも多く道連れにして、王女様たちを守れえええ!!」
 騎士たちはヒーロー武装を駆使してミニトロを斬り裂き、射殺していく。が、絶え間なくミニトロが巨体から降り注ぎ、こちらに向かってくる。数で勝るミニトロたちは騎士たちを押さえつけ、爪を体に突き立てた。もろい耐久力と動きの遅さの割に、腕力は騎士並みに強かった。
 司令達は忘れかけていた魔術も駆使し、最後の最後まで応戦する。


 ガネットがミニトロに覆われ、真っ黒になっていく。
 真っ黒になったガネットが離れていくにつれ小さくなっていくのを、走るバスの中からリルラピスとドラクローたちは見つめていた。
 リルラピスは、とうとう泣いていた。
 「ごめんなさい!私たちのために……!」
 ガネットの騎士たちは、ユメカムとブロンに協力して悪事の片棒を担いだ。そんな彼らが悔い改めて戦ったこと、彼らを置いていかざるを得なかったことに、リルラピスは申し訳なさを感じているのだと、ドラクローは悟った。
 悪事を働いた連中を責めたって、誰も文句を言わないのに。
 ドラクローは、この王女の優しさを感じずにはいられなかった。


 デストロはガネットの応戦を気にも留めず、先行するリルラピスたちの車両をゆっくりと速度で追いかける。陽光を浴びた巨体の体は少しずつ膨らみを増し、干からびたキュウリのような肉体は次第にヘチマのような形になりつつある。フェアリン・マイティ(巴)に潰された左目は、再生した。
 やがて、破壊神が完全に過ぎ去ったガネットに残ったのは、無数のミニトロの死体と、最後の勇気を振り絞ってミニトロに立ち向かったガネットの騎士たちの死体だった。

 
 王女の涙と優しさに感心している場合ではない。こちらの速度に追いつけず、次第に姿が小さくなっていくが、デストロの姿は後方に健在。対策を考えなくては。
 ドラクローはリルラピスに問いかける。
 「王女様。デストロについて知っていることを教えてくれ。このままエラルメに立てこもって、どうにかなるとは思えない。大昔、ご先祖様たちはどうやって戦ったんだ?」
 デストロの移動速度が速くないのが、こちらにとってせめてもの救いだ。
 ドラクローは通信機をつかみ、ヘリに乗り込んだヒデにつないだ。ヒデやまきなの意見も参考にしたい。
 リルラピスは涙をぬぐい、考え込む。かつて読んだ古文書の内容を思い出そうとしているのだ。しばしのあと、言った。
 「……デストロは、陽光のもとで活発に活動し、子供ことミニトロを生み出し人を襲う。ご先祖様たちは、雨や曇りの日を狙って戦った、と古文書で読みました」
 「天気が悪いと弱くなるのか。なら、夜は?」
 「夜になると、皮膚を硬化させて動きを止める。この皮膚に攻撃を通すことは、誰もできなかった、と……」
 雨や曇りの日は動くが、夜は動かない。陽光が力の源なら、曇り空の下でなぜ動く?
 ドラクローの疑問に、ヒデが通信機の向こうから答える。
 『曇り空でも、紫外線はある程度降り注ぐはず。デストロは陽光ではなく、紫外線で体を活性化させているのかもしれません』
 採掘場で戦いが始まって2時間近く経った今、陽光は確実に降り注いでいる。当然、紫外線も。
 ドラクローは、デストロの動きがそれほど早くないのは、図体が大きいからだと思っていた。だが奴は破壊神。本当はこの国を暴れて壊して回りたいはず。
 そこまで考えた時、ドラクローは
 『デストロの移動速度が速くないのがせめてもの救い』
 などと考えた自分の甘さに気が付いた。
 「大昔の戦いで消耗しているから、ゆっくりゆっくり進んで光を浴びる。そして力を蓄えて一気に暴れるつもりなのかもしれねえ」
 さっきみたいな光線を乱発されたら、もうこちらはおしまいだ。心配を口にしたら、まきなが答えた。
 『あれだけの光線、エネルギーの消費量は莫大なはず。しかもそれを寝起きと同時に撃った。デストロは光線をしばらく撃てないと思うわ。……たぶん』
 最後のたぶん、があまりにも頼りない。が、今はまきなの推論を信じて、光線を撃たれないことを祈るしかない。


 その後街に立ち寄り、住民たちを避難させていく。まだデストロの移動速度はゆっくりだが、姿はくっきりと遠くに見える。パニック寸前の住人たちをなんとか説き伏せ、ドラクローたちは再びエラルメを目指した。幸い、敵対する者はいなかった。デストロを見たらそれどころではない。


 道中、リルラピスがさらに教えてくれた。
 ミニトロは、戦ううちに姿を変えた、という言い伝えがある。どのくらいの速度で姿を変えたかはわからない。生みの親デストロの再生能力に起因する環境適応能力が、そうさせているのかも、と。
 デストロは再生力がすさまじく、過去の戦いでは体内にある『再生核(さいせいかく)』を壊せなかった。それゆえ、ご先祖様は弱体化させたデストロを地中深くにクリスティウムの力で封印する、という手を取らざるを得なかった。
 「再生核を壊せればデストロを殺せる、というわけか」
 ドラクローの言葉に、リルラピスが力なく頷く。
 「ですが、そのための武器がない。魔術大砲などもありますが、300メートルの巨体には効かないでしょう」
 武器。ふとドラクローはエトフォルテの主砲を考えた。だが駄目だ。エトフォルテは海上移動しかできないからここまで動けない。
 リルラピスが悔しげにつぶやく。
 「首都ティアーズに行けば、あれが使えるのですが……。いや、あれでも倒せるかどうか……」
 あれってなんだ?
 ドラクローが聞こうとしたとき、先行する車両から通信が入った。相手はグランだ。
 『王女様!!もうすぐエラルメです。私がパズート様と先に入り、町長たちに話をつけます!!』
 

 グランとパズートの乗る車両が先行してエラルメに入り、町長に状況を伝える。
 町長は遠くに見える破壊神に腰を抜かすも、判断は早かった。すぐにリルラピスたちへの協力を申し出た。
 「住民たちを避難させ、至急迎撃態勢を取ります!!」
 ヒデたちの乗った3号機ヘリの着陸場所も、無事に用意してもらえた。


 採掘場南部に位置する街ガネットは、15メートル近い城壁に囲まれている。城壁内部には、魔術機構で動く昇降機(エレベーター)がある。非常時には城壁に騎士と兵士を配置し、籠城して戦えるようになっている。
 リルラピスが中心になり、迎撃体制をエラルメの騎士団や町長とともに整えていく。その間、ドラクローやヒデたちエトフォルテの者たちは、自分たちが使う武器や弾薬の確認をしていた。
 採掘場の作業員やガネットで保護した民間人は、エラルメの住民と一緒に避難所に避難している。
 ヒデたちは確認を終えた。あとはリルラピスの指示を待つだけ。
 するとそこに、エラルメの兵士たちが10人ほどやってきた。
 皆、若い。日本で言えば中学生や高校生くらいに見える。クリスティア王国では10歳で大人扱いされほとんどが就職すると、ヒデたちは事前に知っていた。たぶん、彼らは成人しすぐ兵士として就職したのだろう。
 若い兵士たちは、ヒデの姿を見て懇願する。
 「お願いです、仮面の軍師様。必ず勝てる軍略を我々に授けてください!」
 「ぼくたち、実戦は今日が初めてなんです。しかも相手が伝説の破壊神なんです。怖くてたまりません。日本のヒーローを抹殺した軍略でぼくたちを助けてください!」
 ヒデは弱った。焦った
 ないとは言えないし、適当なことも言えない。そんなものがあれば自分だってほしい。言い方を考えないと、兵士たちの統率を乱しかねない。
 実戦が初めてとはいえ、戦闘訓練の経験だけなら兵士たちのほうが自分よりはるかに優れている。
 経験。積み上げたもの。己を成す基礎。
 ヒデは気を落ち着かせ、ゆっくりと言った。
 「基礎に忠実に。焦った時は基礎、基本に帰るのです」
 兵士たちが復唱する。
 「基礎、基本に帰る」
 「慌てて新しいことを始めても失敗します。皆さんが今まで学んできた戦闘技術を、もう一度思い出して。大変な状況ですが、周りをよく確認して、みんなで協力して慎重に動きましょう」
 台風で被災した後、街の片づけ作業を手伝った時、作業員のリーダーが教えてくれた。危ない作業は絶対に一人ではやらない。事前に学んだ作業のやり方を思い出し、焦らず慎重にみんなで片付けをやるように、と。
 軍師になってから、ヒデはこの教えを守るようにしている。みんなで落ち着いて考えれば、必ず打開策はあるはずだ。たとえ相手が伝説の破壊神であっても、きっと。
 不安な表情を残しつつ、兵士たちはうんうん、と頷く。
 「わかりやすい軍略ですね」
 軍略と言うよりは助言なのだが、受け入れてもらったようでヒデはほっとした。
 兵士たちが気合を入れなおす。
 「ぼくたちの基礎は魔術の基礎。クリスティア魔術師心得第一条。魔術は心で放つものなり。魔力は心の力なり。人の心に限界無し。ゆえに魔術に終わり無し」
 「第二条。心をつないで魔力をつなぐ。つないだ魔力が絆に変わる。ゆえに絆も終わり無し」
 「よーし!みんなで頑張ろう!」
 兵士たちはそれぞれの持ち場に向かっていった。
 ドラクローがヒデに言う。
 「いい軍略だったぞ」
 「本当の軍師なら、もっと気の利いたことを言うのでしょうが」
 1か月前まで一般人だったのに、偉そうなことを言ってしまい正直申し訳ない。
 ドラクローが笑う。
 「クリスティア流の戦い方もある。下手に勇ましいことを言うと逆に統率が乱れる。この場はあれで正解さ」
 

 その後、これからのことが決定した。
 迫りくるミニトロ退治はクリスティアの兵士・騎士を中心に行い、エトフォルテ十二兵団はそのサポート。ヒデは孝洋、まきな、アルと組んで戦況を分析し、何かあればドラクローとリルラピスのいる本部に伝える。ムーコは負傷者の治療担当だ。
 城壁の一部に分析所を設け、そこがヒデたちの持ち場になった。
 

 エラルメに入って1時間後。
 戦いの準備は何とか整った。ヒデたちは城壁の上に設けられた分析所で、デストロたちの様子をうかがう。
 デストロの軍勢は、ヒデの肉眼ではまだ黒い壁のようにしかみえない。
 機械の体を持つアルなら、どうだろう。ヒデはアルに聞いてみた。
 アルが敵軍勢を見つめ、解説する。
 「現状では、あと15分以内にミニトロはエラルメ付近に到達します。デストロの移動速度は非常にゆっくりなため、到着はずっと後になります」
 おそらくデストロは、陽光から力をゆっくり生成しようとしているのだろう。
 一方、なぜミニトロだけそんなに早いのか?あのカエルのような移動の仕方は、そんなにも早かったか?
 ヒデが疑問に思う隣で、電子双眼鏡をのぞき込んでいた孝洋が切迫した声を上げる。 
 「げっ!まずいよぉ!」
 「何が見えたんです?」
 「ミニトロ、カエルじゃなくなってる!」
 孝洋が電子双眼鏡を貸してくれた。のぞき込んだヒデは、拡大されたミニトロの姿に絶句した。
 採掘場ではカエルのような体型で、べたんべたん、と飛び跳ねながら移動していたミニトロが、いつの間にか犬のような四足歩行になり、こちらに向かって走ってきている。明らかに姿が変わっている。地上を素早く走るのに適した肉体に進化したのだ。
 のろまなカエルが襲ってくるつもりで戦うと、絶対まずいことになる。耐久力も上がっているかもしれない。足だけ進化して耐久力はそのまま、なんてのはありえない。
 ヒデは通信機をつかんだ。


 ヒデの話を聞いたドラクローとリルラピスは、ミニトロの進化が始まったことに戦慄した。
 リルラピスが拡声器のような魔術機構をつかみ、兵士たちに指示を出した。この音声は、城壁中に広がるようになっている。
 「ミニトロの移動速度が上がった!おそらくは耐久力も上がっている。総員、魔術大砲の発射用意を!!城壁に近寄られる前に蹴散らすのです!!」
 ほどなくして、こちらの目視でもミニトロの姿がはっきり見えるようになった。犬のような四足歩行で、ミニトロの群れは軽快かつ俊敏にこちらに走ってくる。
 リルラピスが拡声器で指示を出す。
 「魔術大砲、放てーっ!!」
 大砲内にはクリスティウムと光の魔術機構が内蔵されている。兵士たちが魔力を流すことで安全装置が解除され、光の魔術が発動。クリスティウムに含まれる魔力が光の元素を瞬時に集めて光弾を飛ばす。クリスティウムの魔力が切れた場合は、兵士たちが自力で魔力を補充することも可能だ。
 光弾はミニトロの群れを次々と吹っ飛ばした。
 だが、ひるむことなくミニトロは進軍し、城壁の下でじたばたと暴れはじめた。
 真下に向かって大砲は撃てない。十二兵団員は銃を、騎士と兵士たちは弓を手にした。
 壁を登れず、眼下で銃や魔術弓で射殺されていくミニトロたち。
 だが、数が多すぎる。このままではこちらの残弾が無くなってしまう。


 そして、さらなる異変が起きた。
 ドラクローとリルラピスたちのいる本部のすぐそばに、ミニトロがよじ登ってきた。登ってきたミニトロを見て、ドラクローは驚いた。ミニトロはまた進化したのだ。犬の前足に当たる部分が、人間の手のようになっている。手のひらは吸盤のようになっている。ミニトロは城壁に手を吸い付け、よじ登ってきたのだ。
 ドラクローたちの目の前で、勝ち誇ったように不気味な雄たけびをあげるミニトロ。ドラクローは拳を握った。
 「ドラアア!!」
 エトスをまとった正拳突きを見舞う。ミニトロが大きく吹き飛んだ。
 アレックスが歓喜の声を上げる。
 「やるじゃねえか、団長!!」
 だがドラクローは喜べない。殴った時の感触を思い出して言う。
 「硬い!!防御力も上がってやがる!!」
 城壁のほかの場所でも、ミニトロが這い上がり始めた。
 ドラクローは先ほどの話を思い出す。デストロたちは、夜になると動きを止めた、と。採掘場での戦いからエラルメへの移動、戦闘準備に4時間近く費やした。日没まであと約1時間強だろう。
 それまでしのぎ切れるのか!?
 4時間で素早い四足歩行に、そして壁を這い上がる手を身に着けたミニトロが、さらに進化してしまったら?
 いやそれよりも、デストロが近づいてさっきの光線をこちらに向けて撃ったら?絶望的な思考が止まらない。
 ふとリルラピスを見ると、彼女は光の魔術を発動して、ミニトロを次々に撃ち抜いていた。汗にまみれ、決死の表情で先頭に立っている。国のために懸命に戦う戦姫の姿があった。
 ドラクローは絶望しかけた己を恥じた。絶望するより先にやるべきことはいくらでもある。再び近くに這い上がってきたミニトロを、さっきよりも力を込めてドラクローは殴り飛ばした。


 アレックスはリルラピスに近寄るミニトロをハルバートで突き殺した。ウィリアムは矢で射殺し、グランは大剣で両断。エイルは魔術をミニトロに浴びせた。
 ハッカイは棍棒で叩き潰す。威蔵は容赦なく日本刀でミニトロを切断する。カーライルと鳥族の団員は飛行し、防壁に近づくミニトロたちを撃って回った。
 だが、殺しても殺してもミニトロが減らない。
 次第に城壁の上に到達するミニトロの数が増えてきた。登ってくるなり鋭い爪で、兵士たちを傷つけるミニトロたち。負傷者に追い打ちをかけようとするミニトロを、ムーコは紐で拘束し城壁から突き飛ばした。
 ヒデのいる分析所に上がってきたミニトロは、アルがビームレイピアで斬り裂き、孝洋が狙撃銃で射殺した。
 クリスティアの兵士が悲鳴を上げた。
 「もう矢がない!!」
 「大砲に込める魔力も、限界だあ!!」
 十二兵団員も限界。銃弾が底をつきエトスをまとうときの光が弱まり始めた。
 「弾切れになっちまった!!」
 「チクショウ、エトスがもたねえ……!!」
 そして、デストロの姿がエラルメに近づいてきた。
 今、デストロの体型は干からびたキュウリから、みずみずしいヘチマと化していた。破壊神は太くて立派なヘチマのてっぺんに悪魔の顔を、中腹に腕をはやし、つやのあるダークグリーンの体がぬらぬらと光っている。ヒデもヒーロー図鑑で悪の組織の怪人を随分見てきたが、デストロみたいな怪人はいなかった。まぎれもない怪物にして、現在進行形で異世界を蹂躙する破壊神である。
 空飛ぶヘチマと化した破壊神は、エラルメまで500メートル近くまでやってきた。
 破壊神が大地を震わす雄たけびを上げる。
 「ティイイイイアアアアアアンンンンジェエエエエエエエルルルウウウウ!!」
 もうここにはいないのに、ティアンジェルへの復讐心で頭がいっぱいになっている。
 もはや撃退も避難もかなわない。みんな悲鳴を上げる。
 その場にいた誰もが思った。もう、おしまいだと。


 その時。太陽が西に位置する山陰に、完全に沈んだ。
 同時にデストロが、ミニトロが、ゆっくりと動きを止めた。まるで、眠るように。しばらくすると、体表がバキバキと音を立て、皮膚が硬化し始める。
 破壊神と子供たちは、殻のような皮膚をまとうと、寝息を立て始めた。こちらの安眠が間違いなく妨げられる、うなり声のような寝息、というかいびきを。
 巨大な殻付きのヘチマと化したデストロが宙に浮かんでいびきをかく様は、傍から見て奇妙な悪夢、としか言いようがなかった。


 ヒデも、ドラクローも、リルラピスも、皆ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返し、絶え間なく流れる汗をぬぐい、破壊神たちの眠る様を見つめていた。
 とりあえず、助かった。
 だが、破壊の悪夢は終わらない。


 夜が明けたら、再び破壊の雄たけびがうなりを上げる。
 


 

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