エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第68話 さらなる死闘に向けて(前編)

 クリスティウム採掘場から南部に位置する街エラルメは今、殻に包まれたデストロとミニトロのいびきが鳴り響く異様な光景と化している。
 デストロの復活と襲撃だけでも異常事態なのに、日没後街中に鳴り響く怪物たちのいびきは住民たちの恐怖心をさらにあおった。
 さきほどクリスティア・エトフォルテの両リーダーとエラルメ町長を交えた緊急会議で、彼らは今後の方針を取り急ぎ決定した。
もうここでデストロの攻撃はしのぎ切れない。遺憾ながら、エラルメを放棄し市民を避難させることを。騎士たちは市民に避難を呼びかけにいった。


 そんな中。魔術機構師のエイルは、エラルメの騎士団駐屯地の武器庫を仲間の魔術師たちとチェックしていた。この先必要になる武器を選別するためだ。武器庫に入り、使えそうな武器をチェックし、メモに書いていく。
 「小口径の魔術大砲は優先的に持ち出して。魔術弓と矢も」
 日中の戦闘で疲れはたまり、服も汚れて正直気分は優れない。だが仲間に疲れを見せないよう、エイルはきびきび動いた。
 同行するエラルメの女性魔術師が尋ねる。
 「エイル様。倉庫の奥にヒーロー武装もありますが……」
 倉庫の奥には、クリスティアの魔術武装とは全く違うデザインの武器が山積みになっていた。日本のカラフルなヒーローチーム『レギオン』や、仮面が特徴的な『マスカレイダー』が使いそうな武器の数々が。正直、エイルにはどれもおもちゃにしか見えない。
 エイルはうんざりして、ため息をつく。
 「よくもまあ、こんなおもちゃみたいな武器を沢山……」
 女性魔術師が後ろめたい表所を浮かべる。
 「表向き、エラルメはブロンに従わないといけないので……」
 ヒーロー武装への転換は、現在クリスティア王国全土で行われている。導入を拒否すれば反逆とみなされてしまう。
 エラルメの魔術師を責めても仕方ない。悪いのはブロンと、ヒーロー武装を勧めてきた日本だ。それに今は、使える武器はなんでも使わねばならない。
 使えそうな武器を選別しながら、エイルは3年前を思い出す。


 3年前。クリスティア王国が日本近海に転移し、魔王軍をグレイトフル・フェアリン(クリスティア王国の神器を継承したティアンジェルだ)と日本のヒーローが打ち破った後。
 エイルたち魔術機構師は、首都ティアーズにある王城の会議室に呼ばれた。今後の国防対策会議が開かれるのだ。会議の場には、バルテス国王とリルラピス王女もいる。
 日本政府がヒーロー庁の開発したヒーロー武装を、サンプルとしてクリスティア王国に贈ってきた。会議室に置かれたサンプルを扱ってみて、エイルたち魔術機構師は驚き、呆れた。
 おもちゃ同然の外観に、不必要なほど搭載された効果音と合成音声の数々。それでいて、破壊力は魔術武装に匹敵する。
 ヒーロースーツの防御力もすさまじい。しかしデザインは、伝統的な魔術を学んできた身からすると、珍妙であまり着たくなかった。
 何より、手にすれば誰にでも簡単に使えてしまう利便性。何年もかけて身に着ける魔術による戦闘力を、ヒーロー武装は一瞬で実現してしまう。このころすでに、ヒーロー武装の利便性に心を奪われてしまう者は少なくなかった。
 バルテス国王は言った。
 「今回のサンプルにはないが、巨大な機械仕掛けの鎧、日本語で言う『巨大ロボ』もヒーローは持っている。ヒーロー庁は、ゆくゆくはロボを買わないか、とも言ってきた」
 エイルたちは思わず口にしていた。あのでかいのを買うのか?いくらかかるのか?と。
 リルラピス王女が指を折り、勘定する。
 「ロボ一体で、我が国の防衛費3年分くらいでしょうか」
 そんなものを買ったら、クリスティア王国防衛どころか、国策全体が成り立たない。
 いや、ロボを買うだけでは済まないはずだ。エイルは武装研究者として、ロボ購入に付随する設備などを予想する。
 「ロボを整備、維持する基地も必要になるでしょう。整備のための技術者も雇うか、我が国で育成するかしないといけません……。王女様。それでも買いますか?」
 リルラピスが物憂げに答える。
 「隣国日本で巨大な怪物が日曜日に暴れることを考えれば、買うか、何かしらの対策を取らねばなりません」
 同席した男性魔術師が手を上げる。
 「買う場合、財源はどうするんです。まさか増税?」
 リルラピスが即座に首を横に振る。
 「今我が国は復興途上。増税なんて、絶対にしません。……日本政府は、お金がないならクリスティウムを大量に売り、その売り上げでロボを買うと良い、とも言いました」
 エイルは思わず声を荒げた。
 「聖域での採掘量を増やせ、と!?」
 クリスティウムの採掘量は、王国政府が厳しく制限している。制限の理由は自然を守ると同時に、聖域地中深くに封じ込められているという古の破壊神デストロを警戒するためだ。採掘量を上げるには聖域の山林を切り開かねばならない。
 魔術師たちは口々に反論する。
 国防のためでも、聖域を切り開くなんてありえない!王女様本当にやるんですか!と。
 困り果てつつも、リルラピスはきっぱり言った。
 「私は聖域を切り開くことには反対です。父上も。ですが、叔父上はクリスティウムを売って、ヒーロー武装を大量導入することに賛成で……」
 すでにブロンは日本の科学技術に、ヒーロー武装に心を奪われていた。国王の名代として日本に出向くことも多かったブロンは、ヒーロー武装だけでなく日本の家電や生活様式をどんどんクリスティアに取り入れようとしていた。
 エイルは気を取り直して、バルテス国王に問う。
 「バルテス国王。単刀直入に伺います。我が国の今後の防衛対策について、どのようにお考えですか。ヒーロー武装の導入を、進めるおつもりですか」
 バルテス国王が言う。
 「隣国の戦闘技術を学ぶため、ある程度ヒーロー武装を購入するつもりだ。今は財政上無理だが、ロボを買うことも考えている」
 戦闘技術を学ぶことは大切だ。エイルもそれは否定しない。
 だが、ヒーロー武装の導入は、今まで学んできた魔術を否定されるも同然。納得できない。
 バルテス国王は一呼吸置き、ゆっくりと皆に言った。
 「だが、私はヒーロー武装ではなく、魔術による国防計画を新たに始めたい」
 男性魔術師が手を上げる。
 「それはどんな計画なんですか?」
 「まだどうするかは決めていないが……」
 バルテス国王は魔術師たちをしっかりと見つめ、説明する。
 「強い敵に襲われるといけないからヒーロー武装を大量に買う。巨大な怪物に襲われるといけないから巨大ロボを買う。これでは時間も金銭的負担もかかりすぎる。聖域の採掘量を増やし、クリスティウムを売って財源確保は論外だ。我々がヒーロー武装を使いこなす前に、デストロが復活しかねない」
 何より、と言ってから、バルテス国王はためらいがちに言う。
 「……言い方は悪いが、ヒーロー武装に頼り過ぎれば、クリスティアはこの先ずっと日本のヒーローのすねをかじることになる」
 国王の口から、すねかじり、なんて聞くことになるとは思わなかった。だが、このままではそんな未来を迎えかねないのも事実。
 「復興支援で協力してくれている日本とは、これからも仲良くやっていきたい。科学や農業も優秀な国だから、良いところは取り入れるべきだ。だが、頼り過ぎは良くない。特に、ヒーロー武装への依存はいつか我々の首を絞める。我々が受け継いできた魔術を強化・進化させる方向で、君たちと防衛対策を考えていきたい。どうだ、みんな。できるだろうか」
 エイルはきっぱり言った。
 「難しいですわね」
 さらに言った。
 「しかし、やりがいがあります。魔術は我々の身体操作の延長上にあるもの。魔術武装もしかり。我々になじみのある身体操作を活かした対策を取れれば、習得も早い。絶対にヒーローにも、我が国を襲ってくる新たな敵にも負けませんわ」
 クリスティア人の身体能力は一般的な地球人をはるかに上回る。魔術だって、ヒーロー武装に派手さでは劣るかもしれないが、決して弱くはないのだ。
 魔術機構師たちも次々と賛同する。
 「エイルの言う通り。ヒーローに救われたからって、ヒーローの武器でクリスティアを守る必要はないはず」
 「私たちの国は、私たちの手できちんと守りたいです」
 「そうそう。魔術に限界ないもんな」
 バルテス国王はエイルたちの意思表明に、力強く頷いた。
 「よく言ってくれた。王室は君たちの頑張りを全力で支援する」
 リルラピス王女が晴れやかな笑顔を浮かべる。
 「私も頑張ります。クリスティアの未来を、魔術でともに守りましょう!」

 本当に、バルテス国王は素敵な指導者にして、一流の魔術師だった。娘であるリルラピス王女は努力家で、魔術を発展させ国を、人を幸せにしたいというひたむきな姿勢があふれ出ていた。この人たちのもとで魔術機構師として働けることを、エイルは誇りに思っていた。
 魔術による新たな防衛対策を進める一方で、ヒーロー武装に心奪われる魔術機構師や騎士も確実に増えていった。ブロンを筆頭に、魔術は不要、ヒーロー武装による国防に切り替えろ、クリスティアの文明開化を、と主張する者も出始めた。
 エイルの婚約者もその一人だった。
 家同士の紹介で知り合った彼は、魔術機構師の家系出身で、国王の弟ブロンの近衛騎士だ。最初こそ仲良く付き合っていたが、彼は次第にヒーロー武装に惹かれ、魔術を見下し始めた。
 ある時、婚約者は平然と吐き捨てた。
 「日本のヒーロー武装は素晴らしいな。道具一つで、スーツ一つで気軽に強くなれる。それに比べて、長い時間をかけ心身を鍛えて習得する魔術はもはや過去の遺物、カビの生えた骨とう品。エイル、魔術機構から離れろ。カビを作ったって仕方ない。一緒に文明開化しようぜ」
 そんな言い方、許せない。エイルは婚約者と大喧嘩した。
 婚約者とはその後、断絶を決定づけるトラブルが起きた。エイルはもう、婚約者を許せなかった。が、同時期にバルテス国王が亡くなり、魔術による防衛計画はブロンへの政権交代で中断した。せっかく、実現した対策もあったのに。
 ブロン新国王の方針で、クリスティア王国は日本から大量のヒーロー武装を輸入し始めた。
 もう、王国政府に自分の居場所はない。婚約者の顔は二度と見たくない。せめて、王女様を側で支え続けよう。エイルは家族とともに、重点復興地域へ移住した。
 それから今に至るまで、エイルはブロンへ反逆するための魔術武装の開発と整備を続けている。弟のライトも懸命に手伝ってくれた。ライトは首都ティアーズでの一斉蜂起部隊に参加し、その後の行方が分からない。
 無事でいるとよいのだけれど。


 過去に思いを馳せつつ、武器の選別を済ませたエイル。武器庫を出て、一息ついた。
 見上げれば、宝石をちりばめたような星空が綺麗だ。周囲から鳴り響くデストロとミニトロのいびきのせいで、ロマンティックな雰囲気は台無しだが。
 美しい星空を静かに見上げられる日が、必ず来る。バルテス国王とリルラピス王女のためにも、魔術機構師として最後まで戦い抜いてみせる。
 星空に誓いを立て、エイルは一人リルラピスたちのいるエラルメの街庁舎に歩き出す。
 そこに、エラルメの住民だという少年がやってきた。
 「お姉さん。魔術機構師のエイル様ですよね。これを渡すように言われました」
 少年は手に紙きれを持っている。
 「誰から?」
 エイルの問いかけに、少年は答える。
 「知らないおじさん。渡せばわかるって」
 少年は紙切れを渡すと、その場を離れた。
 いったい何なのだろう。エイルは紙切れを開いてみる。
 そして、書かれていた内容を読み、凍り付いた。


 ドラクローたちは、エラルメの街庁舎の一室を十二兵団用に貸してもらった。50人は入れる会議室だ。通信機やオンライン会議用ディスプレイをセットし、エトフォルテと通信できるようにしてある。
 今、会議室にはドラクローと十二兵団員4人がいる。同行している仲間は皆別行動中。ハッカイ、カーライル、威蔵、孝洋は周囲の偵察に、ムーコ、まきな、アルはけが人の治療をしている。各部の団員たちも一緒だ。記者のジューンは騎士たちへ取材を行っている。
 ヒデはさっきまでここで一緒に話し合いをしていたが、
 『ちょっと調べたいことがある』
 と言い、部屋を離れている。
 採掘場の戦闘の一部始終を聞いたマティウスは、怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべる。
 『欠陥を直せなかったバーストモードを、実戦で使うなんて……』
 戦場での様子から、どうやらユメカムは肉体強化機能にして欠陥品の『バーストモード』をスマートウォッチ『マークⅡ』に搭載し、強制的に使ったようだ、とマティウスは解説する。おそらくバーストの注入量を制限する安全装置が働かず、致死量以上が装着者の肉体に流し込まれた。だからみんな、血を吐いて死んだ。
 ドラクローにはユメカムのやり方が理解できない。ユメカムは作業員どころか、仲間の監督官の命を何だと思っているのだろう。敵とはいえ、自滅同然の最期はあまりにもむごい。
 忌まわしいスマートウォッチだが、防御用のアイテムとしては使えると思い、ドラクローは提案する。
 「ヒデたちが採掘場の武器庫で手に入れた物の中に、マークⅠの予備とマニュアルがあった。あとでマークⅡと一緒にエトフォルテへ届ける。ヒデや孝洋たちが安全に使えるように調整できるか?」
 ロボットのアル、神剣組の威蔵以外の仲間の防御力は、エトフォルテ人やクリスティア人よりはるかに劣る。今後の安全対策は急務だ。
 マティウスが答える。
 『マニュアルもあるなら、調整できるわ。ただしマークⅡはダメ。欠陥品のバーストモードが誤作動するとまずい。マークⅠを防御力重視で調整する』
 マークⅠにバーストモードをはじめ人体に有害な機能がないことを、すでにマティウスが確認済みだ。これでヒデたちも高い防御力を身に付けられる。
 ウォッチを届けるのは、採掘場から同行した関西弁の冴えない顔つきのヘリパイロット、舞上(まいじょう)。ドラクローはリルラピスとも話し、舞上に物資の運搬を依頼した。逃亡防止のため、ヘリには十二兵団の鳥族の団員を同行させる。でないと万が一の時、空中から逃げられない。
 さきほど別室で、舞上はこちらへの協力を承諾した。ぶつぶつ、己の境遇を嘆きながら。
 「ここまで知った俺を、本社は絶対に生かしちゃおかんやろな。親の介護を終えて、就職二週目でこんな目に合うとは……。俺の人生、終わってんなあ。エトフォルテに協力したら、もう二度と日本に帰れないやん……。死にたいなあ、でも死ぬのはいややし……王女様もあんたらも大変そうやし……仕方ないから、手伝うよ」


 マティウスといくつか確認を行い、ドラクローはディスプレイを切る。同室にいる4人の団員には、休憩を取ってもらうことにした。
 団員たちが休憩のために退出するのと入れ違いで、ヒデが会議室に戻ってきた。
 「ヒデ。何を調べていたんだ」
 ヒデが少し間をおいてから、答える。
 「ドラさん。ちょっと相談が」
 「何だ」
 「調べ物を終えてここに戻る途中、彼にお願いをされまして」
 「彼?」
 ヒデが部屋の入り口を開けると、熊のような男がぬっ、と入ってきた。採掘場で協力を申し出たハンジだ。
 「俺を仲間にしてくれ、と言って聞かないのです」
 ハンジはハッカイに匹敵する大男だ。髪と無精ひげが伸び放題で、大柄な体格とあいまって熊そのもの。
 ハンジはいかつい体を丸め、ドラクローとヒデに懇願する。
 「頼む。俺を仲間に入れてくれ。武器も使える。殺された作業員の仇を取りたいんだ」
 ドラクローは尋ねる。
 「気持ちはわかるが……。あんた、なぜ戦える。相当手慣れているようだが、自衛隊や警察にいたのか?」
 ハンジが驚く。
 「宇宙獣人は自衛隊や警察を知っているのか」
 「ヒデが教えてくれたんだ」
 一般的な日本人に武器や戦闘の知識・技術はまずない。本格的に覚えるなら自衛隊や警察などの公的機関か、闇組織しかないと、ドラクローはヒデから教わった。映画監督志望の友人から知識・技術を叩き込まれたヒデは、例外中の例外だろう。
 ハンジが言いよどむ。
 「悪いが、どこにいたかは教えられん」
 ドラクローは顔をしかめる。
 「素性を話してくれないなら、駄目だ」
 一般人に危害を加える闇組織にいたなら、お断りだ。
 そこに威蔵がやってきた。
 「団長。軍師。偵察が終わった」
 突如、ハンジが笑顔になる。
 「おおおう!!われらが隊長!!」
 威蔵がハンジに気が付いた。
 この瞬間の威蔵の顔は、ドラクローたちが今まで見たことのない驚きと、喜びに満ちていた。
 「半次(はんじ)、お前なのか!?鹿児島に帰って、北海道に行ったのではなかったのか!?」
 ハンジは顔を紅潮させ、甲高い声で叫ぶ。
 「奇跡だ!!われらが隊長!!俺たちを助けに来てくれたのか!!しかも、気骨にあふれた獣人軍団を連れてくるとは!!最高だ!!あんたが隊長だ!!」
 そのまま、人目をはばからずおいおいと泣き出した。
 「神剣組はついに復活するのか……!!嬉しい。あずちゃんもきっと喜ぶぞ」
 威蔵がいつものクールな表情になり、半次に言う。
 「半次。俺は神剣組として来たのではない。今の俺はエトフォルテに協力している。こちらの事情も話すから、お前の事情も聞かせてくれ」
 

 ドラクローはヒデと威蔵を交えて、熊男ハンジこと『奥山半次(おくやま・はんじ)』と話をする。
 エトフォルテの事情を説明すると、半次は己の身の上を語ってくれた。
 半次は35歳。鹿児島出身で、実家はサツマイモ農家。トラックやトラクターの修理工をしながら、実家でサツマイモを作っていたという。
 「神剣組二番隊に、昔あずちゃんともども命を救ってもらった。俺とあずちゃんは恩返しがしたくて、神剣組に入れてもらったんだ」
 ドラクローは尋ねる。
 「あずちゃん、ってのは誰だ?」
 「暮名井(くれない)あずま。中学の頃の同級生。隊長に命を救ってもらったおかげで、俺たち結婚したんだ。義兼隊長は俺たちの命の恩人にして、恋の天使。だから俺もあずちゃんも親戚一同、神剣組と義兼隊長を応援してきた」
 威蔵が神剣組でヒーローや悪の組織相手に戦ってきたのは、ドラクローも知っている。が、恋の天使と聞くと、正直信じられない。
 威蔵自身、恋の天使と呼ばれるのは苦手なようだ。
 「俺は、お前たちの恋は手伝っていない。二人とも、結ばれる宿命だったのだ。たぶん、きっと」
 困ったような、照れたような表情を見せる威蔵。半次と“あずちゃん”に好意的な感情を持っているのは、間違いない。
 ドラクローはしみじみとつぶやく。
 「威蔵の口から恋、なんて聞くことになるとはなあ……」
 ヒデが尋ねる。
 「半次さんは、神剣組で何をしていたのですか?」
 半次は胸を張る。
 「二番隊の運転手。隊長たちをあちこちに運んで、時には銃を取って戦った。隊長みたいに“神剣(しんけん)”は使えないが、一通りの銃器爆薬は扱える」
 「なるほど。それでさっきは戦えたのですね」
 神剣とは、威蔵をはじめ神剣組の幹部が持つ特殊能力。得意とする刃物を自在に生み出し、ヒーローに匹敵する身体能力で敵を斬り裂く。威蔵の場合は日本刀だ。ドラクローとヒデはすでに威蔵から、能力の一端を教わっている。
 「ヒーロー武装ってのはみんな似たり寄ったり。神剣組で勉強したから使い方はわかるんだ。あと、柔道もやってたぞ」
 ちなみに、あずまは戦闘に参加しなかったが、親戚が不動産業をしていた関係で、二番隊に隠れ家を提供したという。
 
 
 ドラクローたちは、半次からさらに詳しい事情を聞いた。
 「二年前。神剣組壊滅から生き残った俺は、千葉にいる親戚の梨農家に、隊長たち神剣組の生き残りをかくまってもらうよう頼んだのさ。俺は隊長たちの身辺が落ち着いてから、あずちゃんと鹿児島に戻った」
 威蔵と別れて鹿児島に戻った半次は、あずまと結婚。威蔵とは時々連絡を取り合っていた。
 そして3か月ほど前。とある農業会社から誘いを受けた。北海道にある試験農場で、半年契約でトラクターの修理工として働かないか、という誘いだ。名の知れた農業会社だったので、半次は特に疑わず契約を交わし、北海道行の船に乗った。収入も良かったので、今後の生活のために、と思ったのだ。
 しかし、案内された船に乗ると、向かったのはクリスティア王国。気付いた時には銃を突き付けられ、スマホを奪われた。到着して最初の10日程度は試験農場で働くことができた。が、クリスティウム採掘に人手が足りないと言われ、採掘場に回されてしまった。
 農場にも採掘場にも、新聞やTV、パソコンがない。バルテス国王の存命中、農場にはあったそうだが、強制労働に切り替えてから撤去したらしい。スマホは監督官に奪われた。だから半次たちは、外部で起きた出来事を全く知らない。当然、エトフォルテが墜落したことも。
 ドラクローが拳を強く握り、憤る。
 「許せねえな、ユメカム!!」
 ドラクローはヒデから、採掘場に残された資料の話を聞いている。日本人作業員がだまされてクリスティアに送られ、むごい扱いを受け亡くなった、と。
 半次が暗い顔で言う。
 「俺は元神剣組として、なんとかみんなを助けたかった」
 だが特殊能力もなく、監督官が多数いる状況ではどうにもならない。うっかりキレれば神剣組にいたことを口走ってしまいそうだったので、半次はクリスティアに来てからなるべく他人と口を利かなかった。
 事情を語る半次は、とうとう泣き出した。
 「神剣組にいたことがバレれば、鹿児島に残したあずちゃんと家族が、そしてかくまわれている神剣組のみんなが危険だと思った。今まで俺は何もできなかった。隊長。二番隊の人間として、俺は恥ずかしいっ!」
 威蔵が、静かに言う。
 「軍師たちから聞いた。作業員をかばって、殴られたと」
 「……体には自信がある。監督官の暴力は、なんとか自分が受け止めなきゃ、と思って……」
 ヒゲまみれでよく見えなかったが、半次の顔には傷跡がいくつも残っている。昨日のような出来事は、何度もあったに違いない。彼はそのたびにほかの作業員をかばったようだ。
 威蔵が、半次の肩に手を置く。
 「半次。受け止めた痛みを怒りに変えて、戦う覚悟はあるか」
 半次、即答。
 「あるっ!!!!」
 「エトフォルテと、リルラピス王女たちを信じてくれるか」
 「隊長が信じるなら、俺も信じる。鹿児島に帰ったけど、神剣組がもう一度立ち上がるなら俺はついていくつもりだった。ついにその時が来た。やらせてくれ」
 威蔵が半次を静かに諭す。
 「今の俺は神剣組ではなく、エトフォルテの一員として働いている。俺のためではなくエトフォルテ、そしてクリスティアのために戦ってほしい」
 「もちろんだ」
 威蔵はヒデとドラクローに向き直る。
 「団長。軍師。半次は信用できる。神剣組隊士として一緒に修羅場をくぐってきた。仲間に入れてくれ」
 二人に異論はなかった。 
 半次の顔がさらに明るくなる。
 「よろしく頼むぞ、団長、軍師。俺たちみんな協力するよ」
 「俺“たち”?」
 ドラクローの疑問符に答える半次。
 「日本から来た作業員のみんなさ。戦闘はできないが、車の運転は一通りできる。俺の判断で仲間を10人ばかり集めておいた。あとは団長たちが決めてくれ」


 半次が、作業員仲間を連れてきた。全員日本人男性だ。作業員仲間のリーダーとサブリーダーは、ヒデも採掘場で顔を合わせた男だ。
 リーダーは半次に昨日かばわれた50過ぎのひょろり男で、名前は細井(ほそい)。体型からヒョロさんとよばれている。復興支援の最初期からクリスティアにいる、純粋に異世界の復興支援を目的にやってきた大型車両専門の整備師だ。
 彼はもともと、採掘場とは別の場所で働いていた。ある時ヒョロは車両を雑に扱う監督官たちを諫めたところ、殴り飛ばされて採掘場に回されたという。
 「私、車両が保管されている給油整備工場の位置を知っています。そこに行って、車両や武器を奪ってみてはどうでしょう」
 工場には予備のバスやトラックだけでなく、監督官の予備の武器が保管されている。デストロ出現を知った監督官たちが逃げ出したとしても、全部は持ち出せない。相当数の車両と武器があるはずだ、とヒョロは解説する。クリスティア各地には給油整備工場があり、彼は整備師としてすべての位置を知っている。
 エラルメの市民を避難させるためにも、車は必要不可欠。ヒョロの案は効果的だとドラクローは思った。
 サブリーダーは、30代前半の小柄な甲野(こうの)。山梨出身の葡萄農家。
 クリスティア王国には、かなり珍しい葡萄の品種がある。育て方が独特で、大量生産に向かない品種だ。バルテス国王は来日中、
 『日本の農業技術を生かし、たくさん育ててワインにしたら絶対に世界中でウケる!!』
 と言って、甲野をスカウトしたそうだ。
 「クリスティア王国は水がいいから、たしかにいいワインができそうですね」
 ヒデがそう言うと、甲野は嬉しそう。
 「仮面のアンタにもわかるか!試験的にワインにしたら、超絶的にうまい葡萄だったんだ!それなのに……。一年以上採掘場に回された。酒も飲ませてもらえないから、葡萄の味も作り方も忘れそう。ちくしょう。全部ブロンとユメカムのせいだ」
 ドラクローは彼らに念を押す。
 「間違いなく、命がけの危険な状況になる。それでも協力するか?」
 ヒョロが答える。
 「半次くんが協力するのに、私達だけ何もしない、というのは薄情です。それに、強制労働で死んだみんなと久見月さんのこともある」
 甲野が怒りをあらわにして言う。
 「久見月巴は俺たちをかばってくれた。それが、あんな最期を……。あんたたちを手伝えば、仇を取れる。神剣組にいた半次が信じるなら、俺たちもエトフォルテを信じて、最後まで手伝うよ」
 半次が己をほとんど語らなかったこともあり、ヒョロたちは彼を
 『絶対どこかで危ないことをやったヤバイやつ』
 だと思っていたらしい。
 半次が神剣組にいたこと、エトフォルテに神剣組の威蔵がいることを、彼らはさきほど知った。神剣組に忌避感は無く、むしろ神剣組で良かった!と嬉しそうに語り合っている。ドラクローはこの様子に感心した。
 「神剣組を応援している日本人は、本当に多いんだな」
 ヒョロが笑って言う。
 「私はあなたたちも応援しますよ」


 その後、リルラピスたちと話し、ドラクローは半次たちに正式に協力を頼んだ。
 威蔵とクリスティア騎士を護衛に付け、半次たちは給油整備工場に車両を取りに行くことになった。

 

 

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