エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第69話 さらなる死闘に向けて(後編)

 ドラクローとヒデは威蔵たちの出発を見届けると、リルラピスらとデストロ対策会議をすることになった。
 オンライン会議用のディスプレイを持ち込み、エトフォルテからタイガ、モルル、マティウスも出席する。
 クリスティア側の出席者は、リルラピス、ウィリアム、アレックス、エイル、グラン、パズート。
 皆、疲労の色が濃い。タオルで顔の汚れをふき取るくらいはしたが、服には戦場であびた土砂や倒した敵の体液がこびりついている。だが市民たちが困っている中、自分たちだけ悠長に風呂に入るわけにもいかない。
 エラルメから市民を避難させるのは決定しているが、デストロとミニトロを倒さなければ状況はさらに悪くなる。彼らは対策を考えねばならなかった。


 会議が始まって早々、もう一つの懸念事項をヒデが解説する。
 「私達エトフォルテが王女様に協力していることを、ブロンとグレイトフル・フェアリンに知られた。連中から要請を受けて、日本政府がヒーローを派遣する可能性がある」
 心配性な山羊ヒゲの元大臣、パズートが頭を抱える。
 「大ピンチじゃあないか、軍師!」
 ただし、とヒデは付け加えた。
 「デストロ復活はフェアリンとユメカムのせい。逃げたフェアリンたちは、下手なことはやれないし言えない。デストロ復活は自分たちのせいだから。それに、日本政府が強制労働をどこまで知っているかわかりません。巴さんの話では、素薔薇国防大臣は知らないらしい、とのことでした。強制労働が世界中にばれれば、日本政府もユメカムも、そしてブロンもただではすまない。だから、まだ日本政府がヒーローを派遣するまで多少の余裕はあると思います」
 ドラクローはヒデの解説に頷く。
 「日本のヒーローとフェアリンは後回し。俺たちはデストロとブロンを優先して相手にする、ということだな。短期決戦で」
 ウィリアムが陰鬱な表情で言う。
 「今はまだデストロが出たばかりだから、叔父上も様子を見てすぐには動かないだろう。だが、隙あらばデストロと挟み撃ちする形で、僕らを攻撃しかねない。だから、なんとしても短期決戦だ」
 これが、エトフォルテとクリスティアの共通見解だった。
 パズートが会話に割り込む。
 「……そのブロンのことだが。ブロン側にこちらの情報が間違いなく漏れている。だから今日の昼、ユメカムとブロンが採掘場に攻めてきたのだ。ワシらの中に、敵に情報を漏らしているスパイがいるのではないか?」
 ドラクローはパズートを心配性な人だとは思っていたけれど、採掘場の一件で彼の心配と疑念は頂点に達したらしい。パズートはリルラピスを除く出席者全員をにらみつけた。
 やめてくれ。俺たちまでスパイ扱いするのか。ドラクローは不快に思い、思わずパズートをにらみ反論する。
 「俺たちが仲間に加わってから、通信阻害機(ジャマー)をずっと起動してエトフォルテ以外の通信機は使えないようにしていたんだ。少なくとも昨日から今まで、俺たちのもとからブロンへ情報を流せるやつはいないはずだ」
 アレックスが叫ぶ。
 「ドラクロー団長の言う通りだぜ、パッさん。アタシらの中に、スパイがいるわけないぜ!」
 リルラピスも言う。
 「私は仲間を信じています。これまで一緒に戦ってきた仲間に、スパイなどいない、と」
 「しかしですね王女様、日本での暗殺も首都での一斉蜂起も現に失敗を……」
 「パズート。今はデストロ対策を優先しましょう」
 パズートは、しぶしぶといった体で引き下がる。


 リルラピスがデストロの生態について、王室の文献で見た内容を説明してくれた。
 「殻に覆われたデストロとミニトロの防御力は非常に強固で、攻撃がほとんど通らなかった。過去の記録では、攻撃を何度も仕掛けると、あるタイミングで強烈な反撃をしてきたとか」
 夜間に攻撃を仕掛けるのは、危険すぎる。デストロが光線を撃ったら最悪だ。
 グランが頭を抱える。
 「あの光線、連射できるものではないようだが、あれが陸地で炸裂したらただではすまない。巴が上空にそらせたのは奇跡的だった。だが、もう同じ手は使えない。同じくらい強力な光線をこちらも撃てれば、勝機はあるかもしれないが……」
 すると、ヒデが作戦を提案する。
 「デストロを海上におびき寄せて、エトフォルテの主砲を使うのはどうでしょう。デストロの光線と同じくらいか、それ以上のものを撃てるはず」
 この提案にドラクローは答える。
 「それは俺も考えた。だが、おびき寄せるならエトフォルテの船首をクリスティア側に向けないと。撃てば陸地を確実に巻き込んで、クリスティアの人たちを死なせてしまう」
 ドラクローは、あることを思い出した。
 「そういえば王女様。首都ティアーズに、デストロに対抗できそうなものがある、とか言ってなかったか」
 リルラピスが答える。
 「広域結界(こういきけっかい)のことです。首都ティアーズを中心に、最大で国土全体を覆う光の壁を発動します」
 「エトフォルテで言うところの、光学防壁(シドル)か」
 アレックスがにやり、と笑う。
 「ただの壁じゃないぞ。壁の一部を変形させて、攻撃できるんだ。ぶん殴ったりとか」
 エトフォルテの光学防壁にはない機能だ、とドラクローは思う。
 もともと広域結界は壁としての機能しかなかった。日本近海に転移した後、バルテス国王が、巨大兵器や怪物に襲われる場合を想定してこのような機能を提案。魔術機構師たちが技術を結集し、実現させたという。
 「エイル先輩も開発に関わったんだ。そうだよな、先輩」
 エイルが考え事をしていたのか、遅れてぎこちなく反応する。
 「え、ええ……。そんなところ、です」
 だが広域結界を使うには、首都ティアーズに行かねばならない。そこはブロンの本拠地。リルラピスの顔が曇る。
 「叔父上と共闘は無理です」
 ブロンが広域結界を発動し、首都ティアーズに立てこもることも想定される。当然、攻撃機能を使ってこちらを攻撃することも。
 広域結界を使ってデストロに立ち向かう案は、却下された。
 ドラクローは深いため息をつく。
 「となると、打つ手がない……。陸地を巻き込んで主砲は撃てないし……」
 シャンガインとの戦いでエトフォルテは、日本の陸地を巻き込むことを恐れて主砲を使わなかった。
 するとモルルが、オンライン会議用ディスプレイから発言する。
 『ドラクロー。私たちもその点は気にしていました。陸地を巻き込まずに撃つ方法を、リーゴ主任が用意してくれました』
 続いて、タイガがその方法を説明する。
 『重力制御装置(グラビート)を応用して、標的を空中に持ち上げる。そして、エトフォルテの船首も持ち上げて、主砲を発射する。発射角度を調整すれば、陸地を巻き込まない。推進翼は壊れてるけど、短時間なら姿勢制御も大丈夫。万が一に備えて、主砲のエネルギーもチャージ済みだよ』
 重力制御装置は、エトフォルテ船体だけでなくその周囲にも影響を及ぼすもの。デストロを海上におびき寄せて効果範囲内で作動させる。効果範囲内の重力は微調整が可能だから、海水ごと魔王軍の兵器シーネイドを引きずり出したように、デストロを浮かせることも可能になる。
 エトフォルテより大きな物体との衝突を避けるために、重力制御装置は船体以上の物の重力も操れる。デストロの大きさもカバーできる、とタイガは言った。
 『こっちが重力を操作することは、デストロも想定外のはず。やつが空中でパニくって動けなくなったところに、主砲を放つ』
 タイガの提案に、一同の顔に希望の光が差した。
 リルラピスが質問する。
 「タイガ団長。主砲の威力はどのくらいですか」
 『エトフォルテと同じ大きさの隕石を余裕でくだける。最大出力なら、エトフォルテの3倍以上大きい隕石だって大丈夫。ただし、最大出力で撃つと二発目はすぐに撃てない。ある程度威力を抑えて2,3発撃ったほうがオレはいいと思うんだけど。どうかな、兄貴、王女様』
 タイガの解説をモルルが補足する。
 『万が一デストロを仕留めきれなかった場合を考慮すると、威力をある程度抑え連射できるようにしたほうが良い。たしかデストロには、核となる部分があると聞きました。核にピンポイントで連射を仕掛けるのです』
 リルラピスはモルルの案に同意した。
 「デストロの体内には、再生核があると言います。1回の射撃で仕留められない可能性は高い」
 再生核は、デストロの腹の奥にあるという。大昔の戦いで、ティアンジェルたちの攻撃は強固な腹の肉と再生力に阻まれ、再生核を壊しきれなかった。
 リルラピスが言い添える。
 「デストロは陽光、紫外線を浴びて力を取り戻す。明日も晴れなら、さらにデストロは力を増すでしょう。その場合、デストロの体型はタマネギのように膨らむはずです」
 ヒデが復唱する。
 「タマネギ、ですか」
 リルラピスが会議室の黒板に、タマネギ型の破壊神の絵を描いた。
 「王室の古文書で見た、最終決戦時のデストロの体はタマネギ型。再生核は最も膨らんだ胴体の奥です」
 青空に浮かぶ、タマネギ体型に悪魔の顔と腕を取り付けた破壊神。
 恐ろしくシュールな姿を出席者たちは頭に思い浮かべる。
 モニターの向こうでタイガが、タマネギ体型を見て考え込み、言った。
 『なるほど、納得。一番分厚い腹の奥に再生核を収めておくのが、防御の点でもいいはずだ。主砲の出力と照準を調整して、腹を狙ってブチ抜こう』


 一呼吸おいて、グランが質問する。
 「王女様。主砲で止めを刺すとして、海上までどうやってデストロをおびき出しますか?」
 これは、皆が最も気にしていたことだった。
 ヒデが提案する。
 「デストロは明らかにフェアリン、いや、ティアンジェルを狙っていた。デストロはティアンジェルを絶対に殺したい」
 アレックスがツッコむ。
 「そりゃ、あんだけ『ティアンジェルウ!!』と怒鳴ってりゃ、誰でもわかるよ」
 「だから、何らかの形で『ティアンジェルが海上にいる』とデストロに思わせられれば、誘い出せる」
 ヒデの提案に、どうしたらいい?、と皆が首をひねる。
 リルラピスがエイルに言う。
 「エイル。魔術機構師として、神器の研究もしていたはず。何かいい案はありませんか」
 エイルは答えない。さっきから、何か考え事があるようだ。
 「エイル?」
 リルラピスに再度呼びかけられ、やっとエイルが反応した。疲れもあるせいか、自信満々がトレードマークな彼女の顔はさっきから冴えない。
 「ごめんなさい王女様。考え事をしていて……」
 軽く咳払いして、エイルが説明を始める。
 「神器は失われた古代の魔術機構で作られています。装着していなくても、ある種のエネルギーを放っている。亡くなった巴の神器をエトフォルテに持ち込み、エネルギーを増幅させることができれば……」
 タイガがモニターの向こうから質問する。
 『ある種のエネルギー、ってのはどんなの?』
 「神器自身の意志、心の力。とでも言いましょうか。恥ずかしながら、私(わたくし)達魔術機構師もはっきり解明できていなくて」
 モニターの向こうで、タイガ、モルル、マティウスが考えこむ。
 『光の魔術を放つための道具なら、光の波、電磁波みたいなものかな?』
 タイガの推測に、ああそういえば、とマティウスが言う。
 『夢叶統子の神器のデータを取った時、人体には害のない特殊な電磁波を放っているのを確認してるわ』
 モルルがそれです、と大きく頷く。
 『もしかして、デストロが王女様たちをおいかけてエラルメに向かったのは、その電磁波を感じたからかもしれません。オリジナルの神器を貸していただけるなら、エトフォルテの通信電波をその電磁波に似せて放てます。異星人との交流に備えて、通信電波は波長をいろいろ変えられます。電波でデストロを海上におびき寄せるのです』


 こうして、デストロ対策は次のとおり決まった。
 エトフォルテからティアンジェルストーンと同様の電磁波を放てるようにし、明日の夜明けと同時に発信する。
 デストロを海上におびき寄せ、重力制御装置でエトフォルテを持ち上げ、主砲で仕留める。エトフォルテの一連の動きは、タイガを筆頭にモルル、リーゴ、マティウスが行う。
 気になるのは電磁波の波長。マティウスの手元にあるデータとエトフォルテから発信できる通信電波を照合したところ、たぶん大丈夫そうだ、とタイガたちが回答した。実際に神器をエトフォルテに運び、細かい電波の調整を行う。


 さらにリルラピスとドラクローたちは話し合う。
 クリスティア国内の地図を広げて、リルラピスがデストロの進路を予測する。
 エトフォルテは今、エラルメから南の海上にいる。電波を放てばデストロはまっすぐ発信源に向かい進むはずだ。ミニトロを大量に生み出しながら。
 進路上にはいくつもの街がある。クリスティアとエトフォルテの戦力を分けて部隊を編成し、各街に避難を呼びかける。そのため、エトフォルテから追加の戦力としてジャンヌを呼び寄せることになった。同行する団員たちはすでに選別済みだ。
 ジャンヌが会議用ディスプレイに顔を出す。
 『ドラクロー。追加の武器や弾薬も用意してあるわ。ヘリが来たら私もクリスティアに向かう』
 「頼むぞ、ジャンヌ」


 ディスプレイを一旦切り、部隊編成を始めようとしたとき。
 ヒデがみんなに言った。
 「日本のヒーローは後回しにしてもいいけれど、ブロンへの対策を今みんなに伝えたいのです」
 そうだった。ドラクローはすっかり忘れていた。
 さきほどウィリアムが言っていた。ブロンは隙あらば、こちらを攻撃してくるかもしれない、と。十分あり得る話だった。ここまで敵対したリルラピスを、ブロンは絶対に許さないだろう。ブロン対策も必須だ。
 パズートが目を丸くする。
 「対策を伝えたい、ということは、軍師ヒデ。あんたの頭の中で作戦ができているということか」
 ヒデ、即答。
 「できています。秘策が」
 「どんな秘策だ」
 ヒデが答える。
 「こちらがデストロと戦っている間、ブロンは首都ティアーズで様子を見る。もちろん、兵を繰り出す準備はするでしょうが、デストロを片付けるまで、王女様は首都に手を出してこない、と見込むでしょう」
 すでにブロンは、こちらに三度軍勢を破られている。相手に隙ができるまでは、様子見に徹する可能性も高い。
 「広域結界もあるから大丈夫、とブロンは思い、普通に食事をとるでしょう。そこを狙い、私は明日、ブロンたちの夕食に毒を盛る」
 毒、という言葉にクリスティア側の出席者の顔が強張る。
 唐突過ぎるヒデの策に、ドラクローは顔だけでなく尻尾まで強張った。
 グランが叫ぶ。
 「毒殺するのか!?」
 ヒデが答える。
 「ブロンと妻のイリダ、そして彼らの側近を一時的に行動不能にするだけです。王と王妃が動けなくなれば、城内の指揮系統は混乱。こちらに手を出せなくなるでしょう。クリスティア王室のやり方もあるでしょうから、その後の処遇は王女様にお任せします」
 ドラクローは思った。ヒデらしくない。強引すぎる作戦だと。
 ヒデを止めようとしたが、止める前にヒデがさらに言った。
 「この秘策の詳細は、これから王女様とドラクロー団長にだけ説明します」
 リルラピスが面食らう。
 「わ、私にだけですか?」
 「あなたの協力がないと、この秘策は成立しません。王女としてクリスティア城内を知り抜いたあなたにこそ、伝えなければならないのです。少々お時間をいただきます。私と王女様、そしてドラクロー団長以外は退出してください」
 アレックスが不服丸出しな声を上げる。
 「退出って……急になんだよ。近衛騎士に王女の側から離れろってのか?」
 ヒデが強引な態度を取ったことが不満なのだ。グランたちも不満げな表情を隠さない。
 ヒデは再三、退出を求める。
 「話し終わったら、皆さんにも必ず説明しますから」
 結局、リルラピスが指示して、クリスティアの者たちが退出する。
 ドラクローは腑に落ちない。基本的に、作戦はみんなで考えるのが軍師ヒデのやり方ではなかったか?
 「ヒデ。秘策って何なんだ」
 ヒデが仮面をつけた顔の前で人差し指を立てる。
 「ここからは小声で話しましょう。秘策ですからね」


 そして、秘策は打ち明けられた。

 

 

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