ヒデから会議室の退出を命じられたクリスティアの者たちは、やきもきしながら部屋の前で待っていた。
10分過ぎてもお呼びがかからない。
さらに15分経っても終わる気配がない。
いつまでも待っていられないので、彼らはやがてそれぞれの持ち場に戻っていった。近衛騎士のウィリアムとアレックスは立場上、リルラピスの側を離れられないので、もう少し会議室の前で待つことにした。
エイルも会議室を離れる。
だが、自分の持ち場である魔術機構師たちのところには戻らなかった。人目を気にしながら庁舎の外に離れていく。そのままどんどん歩き、巡回している兵士の目を盗んで街の外へ。
ここで、靴に仕込まれた風の魔術を発動。一気に加速して全力で走り出す。すさまじい速さでドレス風の戦闘装束を翻し走るエイルの姿は、美しくもありたくましくもあった。
やがてエイルは、エラルメから遠く離れた西の森の湖にたどり着く。
全力で走った疲労感はすさまじいが、ゆっくりしてはいられない。すぐに汗をぬぐい、呼吸を整え、叫んだ。
「約束通り、情報を持ってきましたわ。姿を見せなさい!」
すると、森の中から2人の男が現れた。
黒髪の若い男が、拘束された金髪の少年を連れている。背中には大剣型のヒーロー武装を背負っていた。
エイルは黒髪男の名を、憎しみを込めて呟いた。
「ステンス・ガンデイスン……!!」
黒髪の男が、にやりと歯を見せて笑う。
「来たか。エイル・フェイスフル。我が婚約者」
エイルはすさまじい殺意を込めて怒鳴りつけた。
「ぬけぬけと……!!魔術を否定し、日本のヒーロー武装に心を売った男が!!」
ステンス・ガンデイスン。現国王ブロンの近衛騎士にして、芸術大臣ビル・センシュードの弟子。中肉中背で日本人風の顔立ちをしており、『イケメン日本人風の異世界騎士』として、日本のマスコミに紹介されたこともある。
魔王との戦いが終わりしばらくしてから、エイルは親同士の紹介でステンスとの交際を始めた。お互いに魔術機構師の家系出身ということもあり、はじめこそ交際は順調だった。
が、次第にクリスティアに日本のヒーロー武装が導入されていくにつれおかしくなっていった。伝統的な魔術機構を大切にするエイルと、お手軽に強さが手に入るヒーロー武装に傾倒し始めたステンスは、次第に対立。
最終的に、とある事件が発覚し交際は破綻。発覚したのはバルテス国王死去の直前だった。遺言状をめぐる混乱の中、私情を抑えたエイルはリルラピスを守るため、家族とオウラムに移った。
会議が始まる直前、エイルはエラルメの子供から手紙を渡されていた。
そこにはこうあった。
『首都の蜂起部隊に参加したお前の弟は生きている。返してほしければ、今夜西の森の湖のほとりに一人で来い。ただし、ブロン様に役立つ情報と引き換えだ。早くしないと、命はない。
ステンス・ガンデイスン』
そして、ビルの側には、
「姉さま!!」
首都での一斉蜂起部隊に参加していた弟、ライト・フェイスフルがいた。手足を頑丈な枷で拘束されてしまっている。魔術が使えないようにする、特殊な枷だ。
ステンスはライトを見下し、いやらしい笑みを浮かべる。
「蜂起部隊の一斉捕縛から巧みに逃れていたが、この前やっと捕まえた。ケダモノ宇宙人のエトフォルテがかかわった挙句、オウラムに送った部隊、今日ガネットに送った部隊が全滅し、デストロが目覚めたのは想定外だったが……。車にライトを乗せてここまで来たのは正解だった。お前から情報を得ることができるからな」
弟の安否も気になるが、エイルは別の質問をする。
「なぜガネットに部隊を送ることができた?私(わたくし)達は通信機を封じたのに!?」
ステンスの言動は、こちらの行動を逐一把握していたとしか思えないもの。
「オウラムのニセ映像に危うくだまされるところだったが、首都より先にお前たちは採掘場解放に動くと思っていたよ。スパイもそう報告したしな」
エイルは驚く。
「スパイ?一体だれが!」
仮にいたとしても、通信阻害機(ジャマー)はエトフォルテが常時起動していたはず。スパイは通信機器を使えないはずなのに!
ステンスは声高らかに解説する。
「ガネットの民間人に俺が仕込んだスパイがいる。お前たちは通信機器を封じたつもりだろうが、この国で昔から使われていた通信手段を想定していなかったな?お前たちも“それ”を使っていたというのに!」
エイルははっとした。
「伝書鷹を……!いったいどうやって!?」
特殊な訓練を施し、一定の区間を行き来できる伝書鷹が、クリスティア王国で飼育されている。
ステンスが種明かしをする。
「ガネットの酒場の主人と店員がスパイさ。お前たちはガネットを制圧しても、民間人に危害は加えない。だから隙を見て鷹を飛ばせたのさ。ついでに、スパイ達にはスマホを渡してある。今お前たちはデストロ対策に精いっぱいで、エラルメで通信阻害の機械を使っていないな?さっき俺が主人に連絡を入れて、お前をおびき出すための手紙を書かせたんだよ」
昨夜伝書鷹を受け取ったブロンは、内容をユメカムに伝えた。だから夢叶統子と素薔薇椎奈が採掘場にやっていたのだ。
エイルは困惑するしかない。
通信阻害機が今動いていない、だって?エトフォルテが対策をしくじったのか?
それ以上にエイルの心は、スパイの存在で疑心暗鬼になっていく。
では、日本でのブロン暗殺に失敗し、蜂起部隊が捕縛されたのも、自分たちの側に別のスパイがいるからではないのか?
だとしたらスパイは自分と同じく、リルラピス王女の側にいる者に違いない。なぜなら暗殺計画の詳細は、王女、パズート、アレックス、ウィリアム、自分、そしてグランたち暗殺実行部隊で考えたから。彼らは蜂起部隊の内情もある程度知っている。
最悪だ。そのスパイは、今も仲間の振りをして王女の命を脅かしている!
ステンスはエイルの疑心暗鬼をよそに、最悪の取引を持ち掛けてきた。
「エイル。弟を返してほしければ、明日お前たちがどう動くのかすべて話せ!!エトフォルテを味方につけた以上、復活した破壊神への対策も考えてあるだろう?」
拘束されたライトが叫ぶ。
「ダメだ姉さま!!話しちゃいけない!!」
「話せ!!話せないなら、こうだ!!」
ビルはライトを地面にたたきつけ、彼の腹を思い切り踏みつけた。ライトが苦悶の声を上げる。
エイルはこの光景に耐えられなかった。
「卑怯者!!」
ステンスは笑う。
「お前はその卑怯者と婚約していたのだぞ」
エイルは唇を血が出るほど噛みしめる。
「貴方が他人を実験台にする冷血な男だと知っていれば、両親も交際を勧めたりしなかった!!」
家同士の決めたこととはいえ、エイル自身当初はステンスにそれなりに好感を持っていたのも事実。
だが、魔術機構とヒーロー武装に対する思考の違いが決定的になったある日。魔術学院時代の後輩の家族がエイルのもとを訪ねてきた。
ステンスが
『エイルのことで相談がある』
と話を持ち掛け後輩たちを呼び出し、日本から仕入れた怪しいアイテムや薬を後輩に使ったという。ステンスはエイルの後輩たちを使って、何らかの人体実験をしたらしい。そして後輩が3人、死んだ。
激怒したエイルがステンスを問い詰めようとした矢先、バルテス国王が亡くなり首都ティアーズは大混乱。人体実験の真相追及はできなくなった。エイルはリルラピスを守るため重点復興地域に移り、追及を諦めた。
エイルがにらみつけても、ステンスはひるまない。
「さあどうする!俺がライトをただで返すとは思っていないだろう?俺が望むことを言え」
ステンスはさらに強くライトを踏みつける。ライトは泣き叫んだ。
「姉さま、言っちゃ駄目だ!!」
「ほらほら、早くしないと可愛い弟が死ぬぞ!」
もう、エイルは耐えられなかった。
「私たちの作戦を全部話す!!だから、弟を解放して!!」
「なら早く言え!!言い終わったら解放してやる」
リルラピスの仲間としての自分は、絶対に言うなと叫んでいた。
だが、ライトの家族としての自分は、制止をついに振り切ってしまった。
「デストロを海上におびき寄せて、エトフォルテが主砲を撃って仕留める」
「ブロン様には何をする気だ」
「……軍師ヒデが秘策を使って、明日ブロンたちの夕食に毒を盛る」
「明日か。早いな。秘策とはなんだ」
「わからない!!軍師ヒデは王女様にだけ秘策を伝えると言って、教えてくれなかった」
「本当かあ?」
ステンスが大剣型ヒーロー武装をつかんだ。
「嘘じゃない!これ以上は秘策だからと、教えてもらえなくて!」
「まあいい。夕食に毒を盛るとしたら、機会と場所は限られる。夕食を食べないようにして、厨房を見張ればいい」
「私が知っていることは全部話した。だからお願い。弟を返して!!」
ステンスは懐からスマホを取り出す。会話の内容をスマホに打ち込み、送信した。
「よし。これでブロン様の身は安全だ」
そして、ライトをエイルのもとに投げ飛ばす。
痛めつけられたライトは、息も絶え絶えのひどいありさま。
こちらの作戦を明かしてしまったが、弟は無事。
これでいいんだ。仕方なかったんだ!!
エイルは無理やり、安堵感をしぼりだして自分に言い聞かせた。
弟を介抱するエイルを見下し、ステンスは言い放つ。
「それにしても、叔父と姪。血は争えない。リルラピス王女がブロン様に対し、バルテス王の時と同じ手を使うとは」
エイルの安堵は一瞬で凍り、崩れ去った。
「バルテス王の時と同じ!?じゃあ、バルテス王の死は毒で、遺言状は!?」
「あれだけブロン様にとって都合のいい状況が、偶然起きると本気で思っていたのか?」
驚きのあまり、エイルの反撃が遅れた。
ステンスは一気に距離を詰めると、エイルの腹に膝蹴りを入れる。
みぞおちに激痛が走る。ステンスは倒れこんだエイルの手足に枷をはめる。魔術発動を封じる、罪人用の拘束具だ。
ステンスが声高らかに勝ち誇り、両手を闇夜に掲げる。
「デストロをエトフォルテが始末してくれるならそれでいい。ブロン様の毒殺を阻止したら、エトフォルテの処分を日本政府に助力を求める。王女一派がエトフォルテに関わったと言えば、日本のヒーローにまとめて始末してもらえる。これで万歳、ブロン様の天下だ!!」
弟を助けるつもりで、仲間の作戦を台無しにした。エイルは絶望と後悔で涙が止まらない。
魔術を放って反撃しようにも、枷のせいで出せない!!
ステンスが万歳をしながら、楽しそうに語りだす。
「万歳ついでに教えてやる。俺がなぜおまえの後輩を使い人体実験をしたと思う?バルテス国王を病気に見せかけて殺すには、クリスティアにある薬じゃあ、駄目だ。すでにあるものだし、水の魔術の解毒作用は優秀だからな」
水の魔術は医学・薬学にも応用されている。
「毒であれアイテムであれ、バルテス国王は確実に病死に見せかけて殺す必要があった。ヒーロー武装研究と言う名目で、ヒーロー庁から薬やアイテムを手に入れるのは簡単だった」
エイル、絶句。
「ヒーロー庁がそんなものを、あなたに!?」
「暗殺に使うと言わなければ、いくらでも理由はひねり出せる。イリダ様が開発を担当し、俺は実験台を調達した。お前の後輩たちは皆健康だし、なにより日本のヒーロー武装に理解を示さないのが気に食わなかったからさ!『エイルと仲直りがしたい』と相談したら、ノコノコやってきてあっさり実験台になってくれたよ。俺はお前の後輩たちに感謝している。人体実験のおかげで、日本の技術でも魔術でも毒と判別できない、特製の毒をイリダ様が仕上げられたからな」
そのために、自分の名を使い後輩たちを呼び出したのか。エイルはステンスへの怒りと、後輩たちへの申し訳なさで涙が止まらない。
「なぜ、お前たちは日本のヒーロー武装に理解を示さない。アイテム一つで楽に強くなれる、その利便性をなぜ理解しない。魔術も魔術機構は地球においてもはやカビのはえた骨とう品。地道な努力、勉強、修練。そんな観念と骨とう品にしがみつくお前も、王女と取り巻きどもも、カビまみれだな」
そして、大剣型のヒーロー武装を両手で構える。
「こいつは先日、ブロン様が日本土産で俺に贈ってくれたものだ。まだ何も斬っていない。ちょっと試し斬りしたくなってきた。おいエイル。ヒーロー武装の斬れ味を体で味わってみないか?」
ステンスが剣を構えて、エイルに歩み寄る。
足を拘束されたエイルは、やむなく身をよじってステンスから離れようとするが、どうにもならない。
「いひひ。高貴なお前がまるで芋虫だな」
下品かつ残忍な笑い声をあげるステンスが、ヒーロー武装のスイッチを操作した。
絶望的な状況下で、恐ろしく場違いな明るい効果音が鳴り響く。剣に内蔵された合成音声が歌っていた。エイルはこんなヒーロー武装の仕様が嫌いだった。歌いたければヒマな時に自分で歌えと言いたい。正直耳障りだ。
大剣型のヒーロー武装が、闇夜の中で光を帯びきらめく。
そして、横一閃。エイルの服の胸元が斬り裂かれた。
エイルは悲鳴を上げ、羞恥と屈辱で目に涙を浮かべることしか出来ない。
「おっと、一枚残ったか。しかしいい悲鳴だ」
エイルのドレス風戦闘装束は、魔術武装のノウハウをつぎ込んである。光の防御膜アブゾーバーを抜きにしても、防御力は高い。だがヒーロー武装はやすやすとドレスを斬り裂いた。
かろうじて肌の露出は避けたが、服と体を斬り裂かれるのは時間の問題。すでに、エイルの心はズタズタになりかけていた。
自分を見下すステンスの言葉が、容赦なく心に突き刺さる。
「お前が今夜戻らなくても、王女とエトフォルテは作戦を続行するしかない。裏切ったと知れば助けにも来ないだろうな。エイル。お前はもう連中の元に戻れないし、戻っても意味がない。さあ、もっと悲鳴を上げろ!お前の悲鳴で俺は元気になるぞ!」
もう、駄目。でも、このまま死にたくない!!
エイルはなんとか拘束を解いて反撃しようとするが、動けない。
ステンスが再び大剣を構え、卑劣極まりない笑みを浮かべる。
「いひひ。お前はもう助からない。ここに助けに来る人間はいないんだよ!!」