ステンスによる邪悪な所業が行われているのと、同時刻。
エラルメから遠く離れた山中に、変身を解いた夢叶統子と素薔薇椎奈はいた。
統子はスマートフォンを使い、東京のユメカムコーポレーション本社に連絡する。本社の状況を知り、驚きの声を上げた。
「じゃあなに?掘徒のヘリだけ東京に戻ったって言うの!?」
ユメカム社員の困り果てた声が、スマホから聞こえる。
「はい。しかも掘徒さんもパイロットも到着するなり、どこかに行ってしまいました」
「どこかって、どこ!」
「わかりません。掘徒さんたちはもうスマホにも出ないんです」
「いますぐヘリをこっちに飛ばして!」
「無理ですよ。うちのパイロットは3人しかいないんです。今更外部のパイロットに依頼なんてできません。それは、統子様が一番ご存じでしょう」
統子はスマホを乱暴に切って怒鳴る。
「最悪!!」
ヘリパイロットは来ない。本島西部にある港には、ユメカムの管理する船が定期的に日本へ運航している。が、本社は破壊神を恐れて船を出さないだろう。
統子は頭を抱える。採掘場で戦ってからずっと汗だくで、髪も肌がべたつく。正直シャワーを浴びたい。だがここは山の中。首都ティアーズに戻ることも考えたが、破壊神を目覚めさせたとブロン王が知ったら、どうなるだろう。とても自分たちを歓迎してはくれそうにない。だから、ブロンには何も言っていない。スマホは何度も鳴ったが、出られない。
ああ、シャワーが浴びたい。いや、シャワーより先にデストロだ。
統子は椎奈に聞いてみる。
「どうしよう椎奈。私たちじゃデストロは倒せない。ブロン王にも頼めない。ヒーロー庁に頼みでもしないと……」
椎奈が途方に暮れた表情を浮かべる。
「パパに頼めばヒーローは来るよ。だけど、その時は強制労働をほかの人に知られちゃう。……パパにも」
強制労働、もとい、クリスティア王国における復興支援は、現在ユメカムが全面的に仕切っている。日本政府とヒーロー庁のお墨付きの元。だが、すべての政府関係者やヒーローが強制労働を知っているわけではない。知っているのはごく一部。椎奈の父、素薔薇大臣はこの一件を全く知らない。知らせていないのだ。
採掘場の労働力が足りなくて、国内の提携企業に偽広告を頼んで人を集めた。ユメカムと自分たちにとって必要だから、やったのだ。
世間が見れば、悪いことだとは知っていた。だがそれでもやりたかった。
デストロを倒すとなれば、日本国内のヒーローをかき集めることになる。何も知らないヒーローに、強制労働を知られたらまずい。一度知られれば、あとは芋づる式。三島売却の密約も世間に知られるだろう。
さらに最悪なのは、エトフォルテも相手にしなければならないことだ。巴の裏切りがあったとはいえ、あそこまでエトフォルテに抵抗されたのは想定外だった。できれば戦いたくない。何をしてくるかわからないエトフォルテと軍師ヒデを相手にするのは、正直嫌だった。
椎奈がしきりに腹部を気にしている。採掘場でドラクローに殴られた箇所が痛むようだ。
「大丈夫?」
統子はそう言って、椎奈の腹部にそっと触れた。
「お腹の中で痛みが響く感じがするの」
椎奈が顔をしかめる。
「さすってあげる。痛いの痛いの、飛んでけ、って……」
ジーニアスの名にふさわしくない、子供っぽい仕草だなと思いながら、統子は椎奈の腹部をさすってやる。椎奈は嫌がらなかった。
二人は、ずっと幼稚園のころから一緒だった。大企業の社長の娘と有力政治家の娘。ともに人の上に立つのにふさわしい有力者の家系出身だ。
日本の有力者は、大なり小なりヒーローとかかわりを持つ。
ユメカムは防犯グッズ開発と販売のため、多くのヒーローとコラボしてきた。だから統子はユメカムの社長令嬢として、幼いころからヒーローになった者が手にする栄光を目にしてきた。
ヒーローは素晴らしい。
怪物を圧倒する戦闘力。
格好良いコスチューム。
ヒーロー庁から支給される報奨金。
皆の憧れ。大企業とのコラボレーション。
ヒーローになったが最後、手放すのが馬鹿馬鹿しいくらいの輝かしい立場と力と幸せが手に入ることを、統子は子供のころから知っていた。両親もその幸せの一端を享受していた。
私も幸せになりたい。ヒーローになりたい。だから、子供のころから経営の勉強をして、ユメカムの経営を担うご令嬢としての自分を鍛え上げた。
一方の椎奈。父の素薔薇大臣はもともと天下英雄党と敵対する偉風満帆党(いふうまんぱんとう)の議員だった。農業の発展を願って議員になったが、裏金や失言まみれの党に愛想をつかし、天下英雄党に移籍。数年前まで、ヒーローの知名度を利用しながら農業発展のために働いてきた。
父は家庭でいつも話していた。
「ヒーローの中にも農業の発展を願う人がいる。嬉しいことだ。そういう人たちと組んで日本の農業をもっと豊かにしたい。食料自給率を上げたい。天下英雄党の元、日本の田畑はもっと豊かになるぞ」
娘の椎奈は、農業の話をする父が好きではなかった。天下英雄党にいるんだから、ヒーローの話をしてほしかった。ヒーローの素晴らしさを教えてほしかった。
いつか自分も、ヒーローのようにきらきらと輝きたかったから。
幼稚園から小学校、そして中学校へ。統子と椎奈は互いの家庭環境を語り、そして夢を見続けた。統子の語るヒーローの幸せに、椎奈は魅せられた。TVもネットもヒーローの素晴らしさを毎日見せつけていた。
二人には夢ができた。
いつかヒーローになりたい。
ヒーローになってモブのごとき大衆を導いてやりたい。
きらきらと輝きたい。魔法少女フェアリンのように。
幼稚園のころからヒーローの活躍を見続けた。魔法少女フェアリンが世に知られるようになったのもそのころだ。可愛い衣装と圧倒的な力に、ずっとあこがれ続けてきた。
だから4年前、日本近海に転移した異世界の人間を助けた時、二人はチャンスだと思った。魔法少女さながらの夢の力が手に入った、と。
神器は3つ。手伝ってくれる戦闘力の高そうなモブとして、同じ学校の久見月巴も利用した。椎奈の活躍のおかげで素薔薇大臣は国防大臣になり、いまや体のいいお飾り大臣。そうなるように、いろいろやった。おかげでクリスティア王国の復興支援は、ユメカムが仕切れるようになった。
夢をかなえたはずなのに。今、夢は破壊神デストロとエトフォルテ、そしてリルラピス王女のせいで台無しになろうとしている。
痛いの痛いの、飛んでけ。ついでに、私たちの夢を惑わす悩みも飛んでけ。
心の中で呟きながら椎奈の腹をさすっているうちに、ふと統子はひらめいた。
「飛んでけ……。そうだ。強制労働の証拠が残っているからいけないんだ」
椎奈が尋ねる。
「なにか思いついたの?」
統子は夜の闇の中で、笑顔を見せる。
「思いついたわ」
その笑顔は、世間が思う“ヒーロー”“魔法少女”とはかけ離れた、どす黒く醜悪なものだった。
そして夜は更け、日曜日の朝を迎える。
翌朝。
東の空からゆっくりと日が昇り、日本近海に現れた異世界の大地を照らしていく。
休眠していたデストロを覆う硬い殻は、朝陽を浴びるとたちまち軟化し、みずみずしい皮膚を取り戻す。その子供であるミニトロも、朝陽を浴びて次々と目覚めた。
300メートル近いヘチマ型の破壊神は、眼下にある街エラルメをにらむ。
エラルメには誰もいない。夜明け前、リルラピスとエトフォルテは2,000人近い住民たちを一斉避難させていた。
デストロはそんなことは知らない。ただ、自分を大昔封じ込めたティアンジェルの力が近くに無いのを感じ、首を左右にひねって行方を捜す。
ヘチマ体型のてっぺんに乗った悪魔のような顔が、南を向いた時。
デストロは、ティアンジェルの力を感じ取った。
同じ頃。
エトフォルテの司令室で、タイガを筆頭にモルル、リーゴ、マティウスらが、ティアンジェルストーンの電磁波に似せた電波を発信した。
タイガはぎゅうっ、と拳を握り、心の中で祈る。
この電波に食いついて、こっちに来い、デストロ。
クリスティア王国現地では、デストロから距離を取って、十二兵団の団員が状況を報告する手はずとなっている。
電波発信から、十分後。
団員から通信が入った。
『デストロがゆっくりと、南に向かって動き出した!』
速度は昨日と同様、かなりゆったりしたペースだ。それがデストロの出せる最高速度なのか、あるいは陽光を十分に浴びて力を蓄える気なのかはわからない。このペースならエトフォルテ到達は、4,5時間後ではないか、と技の部の情報解析員が分析する。
破壊神が何を考えていようが関係ない。エトフォルテの主砲で腹部の再生核をぶち抜くだけだ。
タイガは司令席に向かう。本来ならここは十二兵団の第一団長が座る席だ。主砲発射装置もここにある。団長になりたての自分が座っていい席ではないのだが、昨夜タイガはドラクローから、主砲発射にかかる全権限を、オンライン会議用ディスプレイ越しに託された。
ドラクローは言った。
『俺はクリスティアの騎士たちと協力して、デストロの進路上にある街の人たちを避難させる。そして無数にばらまかれるミニトロたちを始末する。タイガ。お前がデストロに止めを刺すんだ』
昨夜、リルラピス王女とエトフォルテは、デストロ退治と首都ティアーズの制圧、つまりブロンの退治を同時に行うことを決定した。
ブロンがこちらに協力しないと分かっている以上、同時進行で処理しないと日本からヒーローが派遣される。今が、リルラピス王女たちとエトフォルテにとって最初で最後のチャンス。
タイガの緊張は最高潮に達していた。虎縞の尻尾はもうガチガチ。いつもはめている手袋の内側は汗だくだ。
やばい。怖い。オレ上手くやれるのか!?くそ、一緒にいる仲間にも、兄貴たちにもこんな姿見せちゃいけないのに!!
緊張と恐怖を抑えようと、かつてスレイが教えてくれたように、良かったことを思い出してみるタイガ。
そして思い出す。グランを保護した直後に、自分がドラクローに言った言葉を。
『兄貴が考え抜いた答えを、何があってもオレたちみんなが支えて頑張る。だから、答えの先にある未来を恐れないでほしいんだ』
自分はドラクローを支えると誓った。この言葉に嘘はない。
そして気が付いた。
大事なのは、みんなを守るために何をするか、だ。そこに上手い下手があるとすれば、自分がどれだけ仲間のために全力を尽くせたかどうか。
兄貴や先輩たちに恥じない魂でエトフォルテを、一緒に戦う王女様たちも守りたい。直接会ってはいないけれど、王女様たちも本当に素敵でいい人たちだと思うから。
そして、団長として戦う覚悟は、とうの昔に決めている。ドラクロー、ムーコ、ジャンヌと4人で誓いあった、あの日から。
タイガは司令席のマイクを力強くつかみ、皆に呼びかける。
「タイガからエトフォルテの皆へ!デストロ到着まであと4,5時間。非戦闘員は避難壕へ退避を。十二兵団は主砲と重力制御装置(グラビート)の準備を!正面にデストロを捉えたら、上空に持ち上げて再生核を狙い撃ちにする。陸地のデータを再計算して、クリスティア王国の陸地を巻き込まない射線角度を確保するんだ。皆、よろしく頼む!」
船内の団員たちが威勢のいい声を上げ、おう!!と答えた。
陽光を浴びながら、南方に向かい前進するデストロ。宙を浮く体の腹部が、じわじわと確実に膨らんでいく。絶え間なく、黒い汗をにじませながら。
黒い汗は粘液をまとって地面に落下し、ミニトロが次々と生まれていく。
破壊神の子供たちは獲物を求めて、次々とクリスティア各地に散っていった。
ドラクロー、ムーコ、ジャンヌは、エトフォルテの団員とクリスティア騎士からなる混成部隊をそれぞれ指揮し、デストロの進路上にある街から住民たちを避難させて回っている。
ドラクローの部隊が小さな街の住民を避難させたとき、ミニトロが街の外に迫っている、と報告が入った。
ドラクローたちは街を守る防壁に上り、双眼鏡をのぞき込む。
ミニトロが群れを成して、こちらに向かってくるのが見えた。数はゆうに100体を超えている。昨日相手にした前腕が発達した進化系と、その前段階の犬型。そして生まれたばかりのカエル型が入り混じっている。カエル型も、そう遠くないうちに進化するに違いない。
避難民の車を先行させ、ドラクローの部隊は踏みとどまることを決めた。仲間の団員に銃器を準備させ、防壁に据え付ける。クリスティア兵は魔術弓と魔術大砲だ。
ドラクローはすぐに戦術指揮を執る。
「進化系のミニトロは防御力が高い。銃弾をかいくぐってきたらエトスによる接近戦で仕留めるぞ!!」
「了解です、団長!」
団員たちの頼もしい返事に頷き、ドラクローは向かってくるミニトロをにらむ。
そして、別行動中の仲間を思い、呟く。
「ヒデ。王女様。ティアーズでうまくやってくれよ」