リルラピスらが拠点にしている復興地域本部(わかりやすく言えば、街役場と警察署を足した施設だ)に、ヒデたちは案内された。
庁舎正面の広場には、ユルリウス神像が飾られている。2メートル近い実物の神像から伝わるゆるく優しい雰囲気は、現状の緊迫感を一瞬忘れさせるほどであった。
この神像の前で悪いことなど、とてもできない。やるとしたらとんでもない人でなしだけだろう。
2階の会議室に案内されたヒデたちは、リルラピスからクリスティアの仲間を紹介された。
先ほども同行していた、山羊ヒゲの初老の男はパズート・イパンシーショ。王国の元経済大臣で、今は復興地域の財政事務を担当している。王女をはじめ王室に連なる者の教育係でもあったという。
先ほど駅で出会った、リルラピス直属の近衛騎士が二人。
眠たげな瞳と黄色い髪を持つ男性、ウィリアム・ナースノー。王室の遠縁にあたる家系の出身で、つまりリルラピスの親戚にあたる。代々近衛騎士を輩出した家系で、弓の使い手だそうだ。
燃えるような赤髪の小柄な女性、アレックス・ヨキコット。少年にも見える顔つきからは活発さが見てとれ、戦士としてかなり力強く動けそうな印象を持っている。斧槍(ハルバート)が得意だという。
さらに、この場に新たに同席した女性が一人。
グランと同じ20代後半、美しい銀髪のサイドロールを持つ貴族風の女性、エイル・フェイスフル。王室御用達の魔術機構師で、復興地域で使われる魔術機構や仲間たちの武装の開発を担当しているという。貴族風のドレスには、ライオンのたてがみのような装飾が施されている。
グランとヒデの口から、日本とエトフォルテで何が起きたかをリルラピスらに説明する。
すべて話し終わると、リルラピスは頭を下げた。
「エトフォルテの皆様。グランを助けてくれたことに感謝します」
グランは言う。
「王女様。事態は急を要しています。ブロンはそう遠くないうちにここに攻めてくるでしょう」
「わかっています」
そう言って、リルラピスはヒデたちを見た。
「ですが、エトフォルテの皆様の力を借りるわけにはいきません」
リルラピスの言葉に、ヒデたちエトフォルテの仲間たちは顔を見合わせる。
グランとのやりとりから、すぐに助けを求められることも考えていたのだが……。
リルラピスは、落ち着いた口調で言う。
「もうすぐここは戦場になる。この場にあなたたちがいれば、叔父上を通じてユメカムに情報が伝わる。ユメカムはヒーロー庁に報告する。
そうなれば、日本のヒーローたちが大挙して攻め込むのは必定。修理の必要なあなたたちは、すぐに南部海域からアメリカに移動したほうがいい。クリスティアを離れれば、日本の防衛海域の外。ヒーローも追撃はしないでしょう」
リルラピスの言葉と態度からは、エトフォルテへの気遣いが感じられた。
山羊ヒゲのパズートが、反論する。
「しかし姫様。我々には力が必要です。エトフォルテの力を借りるべきです」
「エトフォルテの事情と私たちの事情は別物。私たちの始めた戦いは、私たちだけでやらなくては」
「グランたちの作戦が失敗した以上、首都での一斉蜂起もできませぬ。ブロンがここに攻めてきたらどうするのですか」
パズートがヒデたちに言う。
「見ての通りだ。ワシら困っているんだ!エトフォルテの力を貸してくれ!名君バルテス国王から続く正統なる王家の血筋を、絶やすわけにはいかんのだ!」
困っている感を全面に押し出して、助けを求める山羊ヒゲの元大臣。
魔術機構師のエイルが言う。
「パズート様。王室御用達の魔術機構師の私(わたくし)がいるのだから、大丈夫!神の体を持つ者の助力は不要ですわ」
パズートがさらに反論する。
「大丈夫なものか!お前のその自信はどこから来る?」
お嬢様口調でドヤ顔を決めるエイル。
「どこから来るかって?わが家が代々紡いだ歴史から。なんてったって、我が家は王室御用達!」
アレックスが笑って続く。
「ま、エイル様の武装は頑丈さも使いやすさもピカイチだからな。なんとかなるか。アタシの家も、王室御用達の植木屋だし。楽勝じゃね?」
アレックスは植木屋の出身らしい。
パズートが白髪交じりの頭を振り乱す。
「王室御用達はありがたいんだけども、絶対なんとかなるものか!!困った問題になるぞ!!」
眠たげな近衛騎士のウィリアムが、ひゅう、と口笛を吹き笑う。
「パッさん。困っているエトフォルテの人達を、さらに困らせるほうが問題だよ」
困っているのはリルラピスたちも同じなのに、エトフォルテへの気遣いを忘れない。
パズートが大声で嘆き、叫ぶ。
「あああ、このままでは名君バルテス国王の正統な血筋が絶えてしまうぅ!グラン!!お前が頼んで連れてきたんだろ!!エトフォルテに助力を求めんか!!」
「そうですが……。王女様のおっしゃる通り、窮地のエトフォルテに助力を求めるのは、いまさらながら無理があった、と思う次第です」
「助力無しでは、ワシらブロンに負けてしまうだろおおお!!正統なる名君の血筋が、血筋があああ!!」
リルラピス側の仲間たちの言動に、ヒデは驚くと同時に、思った。
困り果てたパズートはともかく、リルラピスたちの態度は、政権奪取をもくろむ悪人にも、こちらをだまそうとする演技派にも見えない。
助けを求めていたグランも、ここに自分を連れてきてくれただけで十分だ、と頭を下げている。
この気遣いに甘えて、クリスティアを離れていいものか。
エトフォルテを防衛する意味では、最良の選択だろうが……。
ヒデの隣に座るカーライルが、小声で言う。
「思ったよりもすげーいい人たちじゃないか、王女様たち」
ヒデがそうですね、と答えようとしたその時。
庁舎の外から、連続した爆発音が鳴り響く。
次いで外から聞こえてきたのは、“ギューン”あるいは“ビューン”という、レギオン・シャンガインが乱射した光線銃に似た銃声。
会議室に緊張感が走る。
しばらくして、負傷した兵士たちが会議室に駆け込んでくる。
「王女様!ブロンの部隊が攻めてきて、門を突破しました!!」
リルラピスと仲間たちの顔が引きつる。エトフォルテの仲間たちの顔も。
攻めてくるのが早すぎる!!おそらく、ブロンは日本旅行を打ち切ってクリスティアに戻ってきたに違いない。
さらにまずい事態を、兵士たちが告げる。
「連中は、首都に潜伏していたわれらの仲間を捕らえ、人質として連れてきました」
「街の子供たちも人質に!!助けたければ、全面投降しろと!!」
やがて銃声が鳴りやみ、開拓本部庁舎の前に敵方の戦力が列をなして姿を現した。
ヒデたちはカーテンの隙間から、外の様子をうかがう。
ユルリウス神像のある庁舎正面広場に、背広を着た日本人がクリスティアの騎士50人を率いて現れた。
その中に、ボロボロになった服を着てロープで拘束された男が15人。
男たちを見たアレックスが、叫ぶ。
「あいつら、首都に潜伏していたアタシたちの仲間を!!」
ヒデは質問する。
「騎士団を従えている、真ん中の背広の男は?」
グランが苦り切った顔で呟く。
「この国に常駐しているユメカムの幹部社員。通称監督官だ」
監督官は30代半ば。“自分はデキる一流のプロ”と全身で表現せんばかりに、偉そうな態度をとっている。
「取り巻きの騎士は、かなり柄が悪いですね」
ヒデの分析に顔を曇らせるグラン。
「あれも、恥ずかしながら現首都防衛騎士団の団員だ。日本の武器に魅入られて、騎士の誇りを捨てたのだ」
ほとんどの敵は、濃い青色のロングコートに西洋風の胴鎧や籠手を身に着け、いかにも『騎士』というきちんとした身なりだ。グランたちの持つ剣も腰に着けている。これが、首都防衛騎士団の正規制服らしい。
一方スーツの男のそばにいる約20人は、騎士制服とは思えないほどアレンジを加えた服装だ。剣も身に着けていない。彼らはガラの悪いチンピラそのもので、残忍な表情で光線銃をもてあそんでいる。光線銃は日本のヒーローチーム『レギオン』が持っていそうなデザイン。おそらく、ブロンが日本から購入したものだ。
敵の数が少ない気がする。街の外にもいるのかと思ったら、これが敵部隊の9割ほどだと、味方の兵士が説明してくれた。
監督官たちは、人質をひざまずかせた。
人質の一人、灰色の髪を高校球児のように刈り込んだ若い騎士が叫ぶ。
「王女様!われらにかまわず逃げ、ぐぅ!!」
監督官が、若い騎士の後頭部を蹴り飛ばす。
その様子に、きちんと制服を着た真面目そうな騎士が苦言を呈する。
「権藤(ごんどう)殿!!ブロン王にたてついたとはいえ、彼らは元騎士だ。扱いは丁重に……」
「おいおい。私はユメカムから派遣された監督官だよ。君たちより立場は上だよ?戦闘能力だって段違いだよ?なぜ反抗的な者をかばう?」
権藤と呼ばれた監督官が、勝ち誇ったように微笑む。
「私の言うことが聞けないということは、ブロン王の言うことも聞けないということか」
真面目そうな騎士が動揺する。
「聞かないわけではないが、街の子供を人質にするのも……」
敵は、街の子供も捕まえて人質にしていた。
10歳くらいの少年少女が12人。ロープで数珠つなぎにされて、泣いている。
泣いてる子供を見下しつつ、監督官は答える。
「私たちは国王暗殺をもくろんだリルラピス”元”王女を捕まえに来たんだ。これは正義だ、正義。正義だから王女の街の子供を人質にしても、殺しても問題はないだろう?」
とうとう、たまらないという表情で二人の騎士が剣を抜いた。
「子供を殺すなど、正義ではない!!」
「くそ、許さん!!」
監督官が手を上げると、チンピラ騎士が真面目騎士の足を光線銃で撃った。
足を撃ち抜かれた騎士は、悲鳴を上げて倒れる。
監督官はもう一人の騎士にすさまじい速さで飛びつき、顔面を殴り飛ばす。
殴られた騎士は、一気に10メートル近く吹き飛んだ。
監督官が高笑いとともに、本部庁舎に向かって呼びかける。
「リルラピス元王女。仲間とともに降伏し、われらのバスに同行してもらいたい。あなたがブロン国王の暗殺をもくろみ、首都での一斉蜂起を計画していたのはわかっている!!
私たちと戦おうと思わないことだ。日本から持ち込んだ最新の光線銃!!そしてフェアリンの能力を再現した私のスマートウォッチに、あなたたちが勝てる道理はないのだからな!!降伏しないなら子供も、騎士たちも、ほかの者も皆殺しだ!!」
ヒデは内心舌打ちする。再現というのは誇張にしても、スマートウォッチがかなりの戦闘力を着用者に与えるのは確か。
さらにもう一つ、ウォッチが監督官に与えたものがある。この残忍かつ傲慢な態度と言葉だ。
チンピラ騎士が、サディスティックに笑う。
「これからの時代に、バルテス国王の血筋も古臭い神様もいらねーんだよっ!!」
チンピラ騎士は光線銃で、庁舎の前のユルリウス像を撃つ。
光線は、ゆるさと優しさにあふれた神様の像を容赦なく破壊した。監督官は転がり落ちた神像の頭部を踏みつけ、粉砕する。
そしてチンピラ騎士たちは、さらなる高笑い。
「日本のヒーロー武装は最高だ!!魔力操作なしで手軽にパワーが手に入るんだから!」
「今までの努力がバカバカしくなるぜ!!」
「楽して強くなるってのは、こんなに気持ちのいいもんか!!くせになっちまうよ!!」
人質にされた子供たちは、さらに泣き叫んだ。
チンピラ騎士は子供に銃を突きつけ、怒鳴りつける。
「ガキども黙って土下座しろ!!しねえなら撃っちまうぞ!!」
同行している真面目そうな騎士たちは、気まずそうに眼をそらした。
たまらず、リルラピスが会議室を飛び出そうとする。
パズートが彼女の手をつかんだ。
「王女様。ここは脱出を!!」
「仲間を見捨てろと!?」
「彼らにも覚悟はありました」
「子供だって人質に!」
「子供たちも、王女様がここでつかまることを望まないはず。撤退して、体勢を整えましょう」
「しかし!!」
「正統なる王家の血筋が絶えたら、この国は永遠に独裁者ブロンのもの!あなたが生きていれば、国を取り戻すチャンスは残る。次の機会に戦いましょう!」
パズートの言葉にはっ、となるも、リルラピスは決然として、言った。
「私は、私を信じてついてきた人たちを、今守りたい!これ以上失いたくない!」
この言葉が、エトフォルテから来た者たちの心に火をつけた。
リルラピスは目に涙を浮かべ、震えながらも決意を示す。
「今仲間を見捨てる正統な王家が、いつか国を取り戻せるなんて、信じない!私は今戦います!」
ウィリアム、アレックス、エイルが続く。
「王女様。ご一緒させていただきますよ」
「リル。あんたを一人で死なせてたまるかい」
「おもちゃみたいなヒーロー武装とダメ騎士たちになめられたまま、終われませんわ」
そして、グランはヒデたちに言う。
「我々が飛び出したら、そのすきにエトフォルテの皆様は逃げてくれ。駅にはまだ機関車がいるから、それで…」
ヒデは確信した。
リルラピス王女にも、仲間たちにも、ドラクローやスレイと同じ『魂』がある。大切な人を守るために、全力を尽くそうとする魂だ。
表にいるチンピラ騎士たちにそれはない。シャンガインやターンと同じ、大切なものを平然と奪い尽くす悪の気配がある。
王女様たちを見捨ててはいけない。敵の思い通りにさせてはいけない。
ムーコもそう思ったらしい。
「ヒデさん、私たちも!!」
ヒデはすかさず、リルラピスに進言する。
「王女様。今のままでは勝ち目はない。連中は人質を殺し、あなたの命も奪うでしょう。誰一人助からない」
「では、どうすれば!!」
「私たちも手伝います。あなたたちも、人質も助かるように」
エトフォルテの仲間たちが、力強く頷く。
ヒデは状況を即座に分析する。
ドラクローたちとともに行動を共にしてから、軍師としてのヒデの能力はこの1か月で飛躍的に上がった。さらに、これまで身に着けたバトル映像勉強会やミリタリー関係の知識を組み合わせれば、この先の状況が分析できる。
全力で軍師を演じるのだ。仲間を、困っている人たちを助けるために。
敵が実際に人質を傷つけた場合。それは本気の証明と同時に、自制心のタガが外れかかっている証明だ。
近いうちに、敵は人質を一人ずつ殺していく。そうやって相手を揺さぶり無力感を与え、降参に追い込むか抵抗させて皆殺しにする気だ。人質がゼロになるまでは、敵に強力なアドバンテージがある。
一方、こちらにもアドバンテージはある。同行している真面目そうな騎士たちは、乗り気ではないらしいことだ。しかも監督官は、騎士たちを攻撃した。仲間とのつながりの自ら壊している。
こちらの人数でやる気満々の50人を相手にするのは無理だが、先頭に陣取る監督官とチンピラ騎士を叩きのめせば、真面目騎士たちは降参するかもしれない。希望的な観測だけれど。
その点を踏まえて、ヒデは説明する。
「人質を抑えている監督官と取り巻きの騎士を、閃光弾でひるませて叩きのめす。降参した者には手を出さない」
エトフォルテがシャンガインやターンと戦った時とは、事情が違う。
敵とはいえクリスティア国民。乗り気でない者まで皆殺しにしたら、あとでリルラピスの立場が悪くなる。
同行した威蔵とカーライルも、理解してくれた。
「そのほうがいい。真面目そうな騎士たちは、あとでも味方になってくれるかもしれない」
「だが監督官も、こっちの反撃を考えるだろ。どうするよ、ヒデ」
「連中の気をそらして、油断させてから閃光弾で意識を刈り取る。そして制圧」
ただ単に閃光弾を投げただけでは、意識を刈り取れないと思ったほうがいい。連中は人質を取ったことで優位に立てていると思っているが、まだ油断はない。
敵の意識をひっかきまわして油断させるには、どうしたらいい?
そこに、リルラピスが割り込んできた。
「私が、いえ、“私たち”が素手で出ていきます」
クリスティアの者たちは、ぎょっとしている。
「私たちを連行するために来た連中です。私たちが素手で姿を見せたら、気が緩む。その隙にあなたたちが、敵をひるませてください」
山羊ヒゲのパズートは狼狽している。
「め、名君の血筋たる王女様が、危険なことしなくても……」
リルラピスは強く言い返した。
「今必要なのは血筋ではなく、仲間のためになんでもやる覚悟!パズート、あなたは?」
「や、やりますとも!!」
おろおろしながらも、パズートはしっかりと頷いた。
その様子を見たジューンが、バックパックからデジタル一眼レフを取り出す。
「ヒデ。私も手伝う。敵は、ここにジャーナリストがいるなんて思わない。
ここで私が撮影を始めたら、ドラマティックなサプライズだと思わない?」
ヒデの中で作戦が組みあがった。
「思えます。この作戦はどうでしょう」
10分後。
監督官は、リルラピスが庁舎正面玄関から出てきたのを確認した。ついで、元大臣のパズートの姿も。
次に出てくるのは誰だ。自然と視線は正面を向く。
次に出てきたのは、首都防衛騎士団にいたグラン・ディバイ。彼の服を見た監督官は首をかしげる。
クリスティア騎士の服装ではない。何かの動画で見たような……。何の動画だったろう。
意識がリルラピスからずれた直後。
カメラを構えた女性が、2階の窓からこちらに向かってカメラのシャッターを切る。
この女はいったい誰だ?
マスコミか?なぜ日本の中の異世界にマスコミが!?
カメラを構えた女が叫ぶ。
「あなたたちの暴力行為、全部撮らせてもらった!ネットに流すわよ!」
「ネットに!?クソよせや」
監督官の用心深さは完全にかき乱された。
次の瞬間、
「おい!!上を見ろ!!」
上空からの声に、監督官と騎士たちはそろいもそろって頭を上げてしまう。
用心深さをかきみだされていなければ、絶対にやらない行い。
彼らの目は、上空のカーライルが放った閃光弾の強烈な光を吸い込んだ。
強烈な光を見つめたせいで、意識が混濁する。
混濁する意識の中で、グランのさっきの服が、日本を騒がすエトフォルテのものに似ていると気づいた監督官であった。
そこから、エトフォルテとクリスティアの戦士たちは、突風のように動いた。
グランが叫ぶ。
「私の剣を!!」
仮面を身に着けた威蔵が庁舎から飛び出し、グランに剣を手渡す。
威蔵とグランはそのまま駆け出し、子供をとらえていたチンピラ騎士を斬り伏せる。
クリスティア人の身体能力は日本人を上回り、騎士鎧は不可視の防護膜を展開する光の魔術『アブゾーバー』をはじめ、ヒーロー並みに能力を強化する魔術機構を内蔵。だが、魔術機構を発動するには魔力を流さねばならない。閃光弾で心を乱され、魔力供給を絶たれた今防御力は半減している。
敵の真っ赤な血を浴びたグランの剣は、クリスティア騎士の標準装備品。内蔵された水の魔術機構によって、付着した血と脂が即座に洗い流される。斬れ味を落とさずに戦える、単純にして強力な魔術だ。
同時に飛び出したアレックスは、光線銃を構えたチンピラ騎士の右肩に炎をまとったハルバードの穂先をぶちかます。アレックスのハルバートは、炎の魔術機構内蔵。槍が鎧を砕き、肉の焼ける臭いと煙がほとばしった。
思わぬ援軍に対し、人質の騎士たちがとった行動は早かった。突っ伏していたから、彼らは閃光弾の影響を受けなかった。腕を縛られながらも敵を取り押さえにかかる。
閃光弾投下から十数秒で、戦局は完全に逆転した。閃光から立ち直ったチンピラ騎士たちは、庁舎からウィリアムが放った電撃矢に手足を貫かれた。
ウィリアムの弓は風と雷の魔術機構を併せ持つ。風の魔術で矢の速度を上げ電撃をまとわせる。貫かれた箇所に電流が流れ、敵は苦痛のあまりのたうち回る。
戦意を無くした騎士たちは、次々と武器を捨てて投降を始めた。
監督官は乱戦から距離を取り、子供に向かって光線銃を撃とうとする。
その時にはもう、子供の前に立ったリルラピスが魔術を放っていた。菩薩像のような構えから、空手や中国拳法を思わせる動きに転じて胸の前に円を描き、右拳を握って突き出す。
「ウォーターナックルッ!!」
ボウリング球大の水球が、猛烈な速度で監督官の手に命中。監督官は光線銃を落とした。が、スマートウォッチを操作して体勢を立て直す。
監督官の体が淡い赤色光に包まれた。
「こうなったら、フルパワーで王女を直接!!」
監督官は全力で駆け出した。ウィリアムの矢を、アレックスのハルバートを巧みにかわしつつ、リルラピスに接近。魔の手を伸ばす。
その手に、白い紐が伸びて絡みついた。
白い紐を持った獣人の仮面少女が紐を引っ張り、監督官の体勢を崩す。そのまま近づき、少女はすさまじい手さばきで監督官の手首・腹・足首を縛りあげた。
紐を操作したのは、ムーコである。
「三点絞略(さんてんこうりゃく)!!」
羊族の武術『白縫纏(はくほうてん)』。縄や布を使った武術で、護身や捕縛を得意とする。これは、モチフワット繊維100パーセントの紐で相手の手首・腹・足首を素早く拘束する術。
いきがった監督官は全身に力を入れて紐を引きちぎろうとした。
「ちょっと紐で縛ったくらいで…あっあっ?」
が、できない。代わりに紐が身体に食い込む。監督官は苦しそうにうめいた。
当然だ。威蔵でさえ100パーセントのロープは刀で斬れなかった。この紐はロープより細いが、ドラクローでも引きちぎれないほどの弾力性を持っている。そしてムーコは、動けば動くほど縛った部位が強く痛むよう的確に技を決めていた。
ムーコは監督官を見下ろして、冷たく言う。
「動かないで。動けば動くほど絞まるから」
何より、戦いへの覚悟を新たにしたムーコ相手に、ヒーローの力をコピーしていきがった日本人が、勝てる道理はない。