エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第47話 水と魔術の王国(後編)

 閃光弾投下から、2分経過。
 人質を取って優位に立っていた監督官と騎士たちは、全員取り押さえられている。威蔵たちが光線銃を使わせまいと手と腕を狙った結果、チンピラ騎士の何人かは指や手首をざっくりと落とされていた。
 ヒデは、庁舎に待機していたジューン、ウィリアム、そしていったん退避していたパズートらと外に出た。
 人質にされていた子供たちは、泣きながらリルラピスに駆け寄る。
 「あーん、王女様ぁ。怖かったよお」
 リルラピスは子供たちを、ひしと抱きしめる。
 「大丈夫。もう安心です」
 そして、ヒデたちに頭を下げた。
 「エトフォルテの皆様。ありがとうございました」
 クリスティア人が素手でも攻撃魔術を使えることは、事前にグランから聞いていた。
 それにしても、ファンタジーアニメの人魚姫のような王女が、魔術発動のために空手や中国拳法のような構えをとるとは……。技名を叫びこそすれ、呪文を唱えたりはしない。この国の魔術は元素を引き寄せて具現化させる武術なのだと、ヒデはグランの話を実感した。
 一方。武闘派なアレックスは、感服しきりといった表情。
 「宇宙獣人の武術。神剣組の刃。見事だった。つーか、羊さんよ。ひとりでに伸びて絡みつく紐なんてすごいな!その技アタシにも教えろ!」
 ムーコは困惑している。
 「私は、炎の槍のほうがすごいと思う……」
 「何言ってんだ!紐のほうがすごい。だがアタシはもっとすごくなるぜ。だから教えろ!」
 「ええ~、ちょっと近い近い……。ヒデさぁ~ん」
 アレックスに詰め寄られて、完全に弱っているムーコ。狼に詰め寄られた羊、といった様相を呈している。
 ヒデは間をとりなした。
 「その話はあとで。監督官から情報を聞き出しましょう」
 
 ヒデたちは拘束された監督官に近づいた。
 監督官は、ヒデの姿を見るなり血相を変える。
 「その仮面。まさかエトフォルテの軍師ヒデ!?なぜこの国に!?」
 自己紹介の手間が省けた。ヒデは事務的に尋ねる。
 「あなたには関係ない。それより、さっきの態度だが。日本政府とユメカム本社は、あなたの行動を容認しているのか」
 監督官は早口でまくしたてる。
 「当たり前だ!!ブロン王と日本政府は、先日条約を交わした!!王国の発展に必要な科学技術や物資を、日本政府はクリスティアに改めて提供する。その見返りに、この国の鉱物資源を優先的に日本が入手する。わが社は政府公認の元支援を継続する!!」
 「それに反対するリルラピス王女たちが、邪魔になった。だから捕まえに来たと」
 「すでに彼女たちが、ブロン王の暗殺を日本でもくろんだことは明白だからだ!われらユメカムは、この地で戦闘する権利を日本政府からもらっている。ヒーロー庁が認めた、ヒーロー支援企業だからな!」
 「2年前の先代国王の急死に、クリスティア国内で疑義が飛び交ったことを、ユメカムも日本政府も知っているはず。ブロン王が暗殺したかもしれないとは、思わないのか。ブロン王に追従すれば、反逆者を支援したことになる。異世界交流国際法に抵触する恐れもある」
 ためらいなく、監督官は答える。
 「すべてはクリスティアのためだ!!」
 ヒデはため息をつく。
 「いい年した大人が、地球に転移し困っていた国で乱暴をして。恥ずかしいと思わないのか」
 「思わない!!」
 監督官、即答。その目には、狂信的な光があった。
 大きな組織に追従・心酔し超人的な力を得ると、人は子供を人質にとることもいとわない態度がとれるのか。
 さらにまくし立てる監督官。
 「困っていた異世界を俺たちは助けた!そしてブロン王が俺たちに報酬を払っている!互いに善意で成り立っている事業だぞこれ!!善意だ善意!!」
 では、グランの話していた島売却の密約はどういうことだ?
 ヒデは、密約や売却という言葉を使わずに聞いてみた。
 「ならば島3つの話。あれも善意か?」
 さて、監督官はどうでる?
 「島3つ……?」
 復唱する監督官の口から、誰も予想していなかった言葉が飛び出した。
 「お前、あの島のレアメタルの事をかぎつけたのか!?」
 この言葉に、クリスティア人やエトフォルテの仲間たちは、顔にはてなマークを浮かべている。


 ヒデはグランの話を思い出す。
 『島に日本の地質学者が出入りした』
 『島では我々(クリスティア)の生活に役立つ鉱物は採れない』
 そして今の『レアメタル』。
 日本人がレアメタルという単語を聞くとき、連想されるのはスマートフォンやパソコンなどの電子機器。レアメタルはその原料としてかかせない。
 日本の地質学者は当然、レアメタルが何に使われるか知っているはず。
 とうとう、ヒデは密約を理解した。
 「なるほど。あの3つの島には鉱脈がある。クリスティア人の生活には必要ないが、地球人の生活には必要不可欠なレアメタルの鉱脈が。それらは莫大な富を生む。
 ブロン王は島を日本政府に売りつける。
 日本政府はレアメタルを海外に売って儲ける。
 ユメカムは採掘支援という形で報酬を得る。そういう取引か」
 三千人近い島民の感情を無視して、他国に島を売るとは。
 ブロンもブロンだが、話を受け入れた日本政府やユメカムも正気の沙汰ではない。
 監督官の顔が真っ青になる。
 「なぜエトフォルテは、密約のことを知っている!?」
 ついに、今の今までこの場で誰も言わなかった“密約”という単語が飛び出す。
 ヒデは確信した
 「島売却は、島民の気持ちを無視して密に進んでいたのか。何が善意だ。これは悪意だ、悪意」
 監督官の顔が焦りと怒りで、醜くゆがむ。
 「どうせ異世界じゃねえか!!」
 その言葉に、ヒデは大声で反応しかけ、なんとか抑え込み静かに問い直す。
 「なんだ、その言い方は」
 「俺たちが助けてやったんだから、島3つもらったっていいじゃねえか!!
 王様がいいって言ったんだし!!
 神器はうちの会社のご令嬢が使ってるんだし!!
 そのご令嬢はヒーロー庁が認めた魔法少女フェアリンなんだし!!
 実質うちの会社はご令嬢が指揮してるんだし!!
 日本から手の届く距離に異世界が資源背負って現れたんだ!誰だって好き放題したいと思って当然だし、当然!!」
 監督官の口から、残忍かつ醜悪な本音が飛び出す。
 ヒデは怒り、呆れた。それでも感情を押し殺し、問いかける。
 「それはあなたの本心か」
 「はっ!政府や会社のみんなの本心だし!ブロン王の仲間にも、俺と同じ考えの奴がたくさんいるわ!!」
 シャンガインやターンが、エトフォルテを一方的に残忍呼ばわりしたのと同じだ。
 監督官は、クリスティア王国を完全にバカにしている。ブロンはこんな連中に追従している。もはや正義があるとは思えない。
 監督官の喚きは止まらない。
 「そもそも、エトフォルテはどうやって島のことを知った!?」
 「知りたいか」
 「教えろ!!」
 ヒデはいつもの台詞で締めくくる。
 「教えませんよ。クリスティアの皆さん。とりあえずこの男は生け捕りで。あとで私の用が済んだら、処分はお任せします」
 クリスティアの兵士が、リルラピスに確認する。
 「王女様。こいつ拷問にかけても良いですか」
 「軍師ヒデの用が済んだら、我が国の刑法に基づき処分を。拷問を許可します」
 あっさり拷問を認めるリルラピス。
 監督官は強気から一転、おびえ切った顔で喚き散らす。
 「ひい!ご、拷問なんて日本じゃ許されないぞ!」
 監督官は、この国の法律と自分の罪の大きさを知らないらしい。
 だが、ヒデは知っている。
 「このクリスティア王国では、重犯罪者への拷問が法律で認められている。ユルリウス神像へのいたずらや攻撃は重犯罪だ」
 出発前に、孝洋がヒデたちに教えてくれた。復興支援を考えていた孝洋は、支援参加者向けのガイドブックの電子版を、自分のスマホに入れていたのだ。
 神聖視されているユルリウス様への態度には、気を付けたほうがいい。神様への無礼な態度は重犯罪かつ拷問の対象。リスペクトは大事だよお、と。
 監督官が真っ青な顔で叫ぶ。
 「待て!!俺たちを連れてきたマイクロバスの運転手たちが、首都に増援要請をした!!すぐに増援がくる!!俺を助けてくれれば、増援部隊を説得してやる!!」
 この部隊、マイクロバスで来たのか。思ったより人数が少ないとは思ったが。
 ヒデが口に出さず驚いていると、お嬢様口調の女性が会話に割り込む。
 「あら残念。運転手はこちらですわよ」
 エイルだ。そばにはカーライルもいる。
 彼らの傍らには、叩きのめされて戦意を喪失した運転手5人が転がっている。
 カーライルは閃光弾を投げた後、エイルとともに街の外に待機しているであろうバスを制圧しに行ったのだ。バスの護衛兵は油断しており、閃光弾であっけなくケリがついてしまったという。
 カーライルが、仮面を外してにやりと笑う。
 「ジャマーで通信封じて焦ったところを、一網打尽にしてやったよ。御用達の姉ちゃんも強かった」
 エイルは手にした杖を芝居がかったしぐさで構え、貴族らしい笑い声をあげる。
 「おほほほ。超一級の魔術機構を仕立てる私は、戦闘だってバッチリ。だからこそ、王室御用達!」
 ヒデは監督官に止めの言葉を告げる。
 「あなたたちの行いは撮影済み。ネットに流せばどうなるか、想像するといい」
 さらに顔が真っ青になった監督官。紐でぐるぐる巻きにされたまま、怒りに満ちた兵士たちに無様に引きずられていく。激しく泣き喚きながら。
 「お前ら!通信がなければ、いずれ首都から増援がくるんだからあ!!」
 ぐったりした運転手たち。叩きのめされたチンピラ騎士も、クリスティア兵に連行されていった。
 彼らに従った真面目騎士たちも、牢屋に連行されていく。万が一、敵方のスパイが紛れ込んでいるといけない。あとでリルラピスたちが素性を改め、仲間にできる者を選別することにした。

 もろもろの確認を済ませ、再び庁舎の会議室に戻ったエトフォルテとクリスティアの者たち。
 着席して早々、パズートが切り出す。
 「監督官達が戻らなければ、いずれ増援が派遣される。ブロンは今度こそ全力でワシらを潰しに来るぞ。軍師ヒデ、どうしたらいい」
 その対応策は考えてあった。
 「あとで監督官の声をコピーして、私が首都に通信を入れます。『王女様を生け捕りにした。これから戻ります』と。しばらくは時間が稼げる」
 確認したところ、バスに積まれた通信機は音声通話のみのシンプルなものだった。声だけで成り済ませる。
 首都からここまでは車で4時間程度だという。リルラピスらを捕まえた部隊…になりすましたヒデの連絡から、4時間たっても部隊が戻らない。念のため1,2時間様子を見たら、もう日が暮れる。
 果たしてブロンたちは、闇夜に増援を送るだろうか。何かあったと思い、時間をかけて準備。夜明けとともに部隊を送るほうが安全、と考えるだろう。
 「その間に、連中の車を使ってオウラムにつながるトンネルに向かい、罠を仕掛ける。グランさんから聞いています。首都からここにつながるトンネルは一つだけだと。そこを塞げば移動手段は徒歩のみ。まずは連中の進撃を止めてこちらの態勢を整えるのです」
 ぽん、とアレックスが手を打つ。
 「次に来る部隊は、今よりもっと重装備で来るはず。人質を載せるスペースに武器をたっぷり詰めこんで。軍師の言うとおり、トンネルで足止めできれば何とかなるかもしれねえ。ここまで重装備で歩くなんて、無理だからな」
 エイルも頷く。
 「で、軍師様はどんな罠を仕掛けるおつもりかしら?」
 ヒデは率直に言う。
 「それは皆さんと一緒に考えたいです」
 パズートが素っ頓狂な声を上げる。
 「あんたが考えてくれるんじゃないんか!!」
 「皆さんはブロン側の戦力や地形に詳しい。一緒に考えれば必ず何とかなります」
 「まずあんたの戦略を教えてくれんと、ワシらも困るのだが…」
 パズートの中では、こういうときは軍師が戦略を全部考えるものらしい。考え方の違いは仕方ない。最年長者で元大臣。いろいろ思うところもあるのだろう。
 ひゅう、と口笛を吹いて遮るのは、魔術弓士のウィリアム。
 「パッさん。初めからできない作戦提案されるよりマシだ。軍師たちと話し合って、納得できる作戦を決めよう」
 うんうん、と頷くアレックス。
 「アタシたちの意見も聞いてもらえるなら、間違いはない。その分会議も早く終わる」
 エイルは少々不満げだ。
 「作戦の方針はそれでいいとして、軍師殿。あなた仮面を外しはいただけませんの?」
 ヒデは丁重に断る。
 「訳あって、素顔を明かすわけにはいかないのです。無礼をお許しください」
 この国には、ヒーロー庁とつながるユメカムの日本人社員が出入りしている。素顔を知られるとあとが面倒だ。
 エイルが挑発的に言う。
 「訳。仮面の軍師は強そうに見えるもの。実はそう見せるための小道具だったりするのかしら」
 この人は、出会ったころのジャンヌとずばり同じことを言う。
 仮面の軍師が強そうに見えるのは、異世界でも宇宙でも同じらしい。
 「それもあります」
 ヒデが認めると、エイルは小さく笑った。
 「あるのね。いいですわ。とりあえずあなたは頭も良さそうだし、極悪人にも見えないので」
 そしてグランが締めくくる。
 「パズート様。王女様。エトフォルテの皆様は、我々の事情をきちんと聞いてくれた。彼らは、信じられる人たちです」
 結果的にクリスティア王国に手を貸すことになったが、エトフォルテの仲間たちはだれも反対しない。
 暗殺疑惑はともかく、日本とユメカムに追従するブロンたちの異常さと残虐さは事実。
 ドラクローの言ったとおり、この状況はエトフォルテがたどったかもしれない未来だ。
 もう、放ってはおけない。ヒデたちは決めた。グランの話を信じ、ブロンの暴挙を止めることを。
 リルラピスはヒデたちの申し出に感謝した。
 「エトフォルテの修理の件。叔父上の暴挙を止めた暁には必ず力になります」
 「本当ですか」
 「我が国に星空を渡る術はありませんが、鉱物資源には自信があります。叔父上から首都ティアーズを奪還できれば、ヒーローたちが我が国に侵入するのを防ぐ手段もあります」
 リルラピスは、改めてヒデたちに頭を下げる。
 「よろしくお願いします。エトフォルテの皆様」
 最後に残ったパズート。王女様が決めるなら、と納得し、最後に付け加える。
 「ウィリアム。公の場でワシをパッさんと呼ぶのは、やめなさい」
 「わかったよ。パッさん」
 「こ、こら!!」
 言ったそばからのパッさん呼び。このやり取りに、ぷっと吹き出すリルラピス。
 「パッさん怒っては駄目……あ。私もつい」
 「王女様まで!!」
 怒り出したパズートも笑っている。エトフォルテの者たちもつい笑ってしまった。
 パズートは王室の教育係であると同時に、リルラピスとウィリアムにとっては親戚のおじさん的な間柄でもあるらしい。
 今まで遠くに思えていた異世界の王室が、急に身近に感じられた。


 リルラピスらと会議を終えたヒデたちは、別室でオンライン会議用のディスプレイを使い、ドラクローたちに状況を報告する。
 先ほどの戦闘は、ジューンがビデオカメラに収めている。さらにヒデたちは、新たな情報をエトフォルテに伝えた。
 監督官がバスに置いていたタブレット端末の内容である。クリスティア兵士は監督官に拷問の恐怖を巧みにすりこみ、早々にセキュリティパスワードを白状させていた。
 セキュリティ解除した端末のメールアプリや動画フォルダには、クリスティアで監督官たちがしてきたおぞましい行いの数々が記録されている。
 「別荘地を作るために住民を無理やり追い出し、逆らった人を攻撃する。家を焼き払う。それ以上にひどいことも、記録されています」
 ヒデは先ほどの戦闘をはじめ、クリスティア王国で起きた凶行の映像を、エトフォルテに見せた。
 これらは、エトフォルテで起きたかもしれない未来の断片。
 ディスプレイの向こうから、怒りの熱が伝わらんばかりにドラクローが怒鳴る。
 『グランの言ってたことは、本当だったのか。くそ、許せねえ!!ユメカムもブロンも、グランを疑った俺も!!』
 疑うべきじゃなかった、と、ドラクローのそばにいるジャンヌ達も悔やんでいる。
 疑ったのはヒデも同じ。だが、過去を悔やんでいる場合ではない。
 ドラクローは、これから起きうる状況を即座に把握していた。
 『遅かれ早かれ、ブロンはエトフォルテが王女様の味方になったと気づくはず。王女様たちの作戦にもよるが、一気にブロンたちを叩きのめさないと危険だ。ブロンが日本に、ヒーロー庁に支援を頼んだらまずい』
 サイバー攻撃でヒーロー庁の指揮系統をつぶしたとはいえ、ヒーローたちはいまだ健在。隣国支援という名目で、日本政府がヒーローを派遣するのは目に見えている。
 ヒデはリルラピスの話を伝える。
 「王女様は、首都を取り戻せればヒーローがクリスティア国内に入るのを防ぐ手段がある、と言っていました。エトフォルテの修理がどこまでできるかはわかりませんが、侵入を防げれば何とかなりそうです」
 違いない、とドラクローは同意する。
 『ヒデたちは、首都から来る増援をトンネルで食い止める策を王女様たちと練るんだ。俺は部隊を至急編成して、サブルカーンでクリスティアに向かう』
 怒りと義侠心がはじけたのだろう。ディスプレイの向こうで、ドラクローの尻尾がバン!、と床をたたく音がした。
 『ヒーローにも暴君にも、これ以上好きにはさせねえ!人の魂を、大切な故郷を汚すようなやつは叩きのめしてやるっ!!』



 第二部 蠢(うごめ)く悪意とつながる想い 完


 

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