面接後急ぎ支度を整え、ヒデたちは日没と同時に行動を開始した。
サブルカーン(最初にヒデが乗ったものではなく、貨物用の一回り大きなタイプだ)で工場長の待つ、鯖ガ岳市海沿いの缶詰工場に向かう。工場長はすでに作業員十数人、そして家族と一緒に待っていた。ドラクローと十二兵団員10人がサブルカーンに缶詰を積み、その間にヒデ、まきな、アル、威蔵が医薬品を探しに行く。
海沿いにあるこの工場は、周囲を高いコンクリートの壁に覆われ、サブルカーンを工場裏の砂浜に停めても道路から見えにくい。缶詰の詰め込みを他人に見られずに済むので、エトフォルテとしてはありがたかった。
缶詰工場に入るなり、海からの少し強い夜風に乗って、桜の花びらが舞い服に付く。
工場敷地の一角に、立派な桜の木があった。そういえば、今は春。台風以降、ヒデは季節感を忘れて生きていた。この街も台風の影響があっただろうに、桜の木はよく無事だったものだ。
「俺は花の事は詳しくないけど、なんかいいな。あれ」
桜の木を眺めて、そんな感想を漏らすドラクロー。出迎えてくれた工場長は、自分を誉められたかのように嬉しそうだった。
「あの木の良さがわかるかい、ドラクローさん。
こんな状況じゃなけりゃあ、みんなでお花見したいところなんだけどねえ」
ヒーローがらみの事情さえなければ、ドラクローや工場長たちとするお花見は、きっと楽しいものだったに違いない。
薬を探しに行くというヒデたちに、工場長は面接で約束したとおり、車を貸してくれた。シンプルな白い中型のバン。工場の社用車にするつもりで買ったら例の風評被害が起きて、工場のロゴを入れられなかった、と工場長は言っていた。さすがにロゴが入った車は、目立つので使えない。
運転席に乗り込み、さあ出発、というタイミングでヒデは工場長に止められた。
「ヒデさん。アンタそれじゃコスプレだ。服を貸すよ」
たしかに、エトフォルテでもらった服では目立ちすぎる。着心地がいいから気が付かなかった。
服を待つ間、もう一つヒデは工場長にお願いした。
「月曜日から今日までの新聞を見せてくれませんか」
エトフォルテでシャンガイン関連のネットニュースは確認していたが、念のため新聞も見ておくことにした。何より、ショッピングセンター『ハミングバード』の火災が気になる。
果たして日曜日の火事は、遺留品からマスカレイダー・ゴウトとゾックの仕業として、地元新聞に大きく載っていた。
新聞によると、マスカレイダー二人は仲間割れをしたのか他殺体として発見されたという。そして、警備員3名のうち、2名の遺体が見つかったとも。残り1名の遺体はまだ見つかっていない。ハミングバードは消火活動が遅れたせいで全焼・崩落し、遺体は火曜日の夕方になってやっと掘り出せたという。
さらに、新聞にはこんな記事も。
『正体不明の航行物体を千葉県南部沖で発見』
『宇宙船の斥候部隊とみられ、シャンガインがこれを撃沈』
『シャンガインのメンバー、シャンシルバー。宇宙人に殺害される』
『シャンガイン 悲しみに沈むも活動再開の兆しあり。決戦は日曜日か』
記事を見る限り、シャンガインは明らかにこちらを敵とみなしてサブルカーンを砲撃したようだ。あの時破損部から煙を吐きながら潜航したので、撃沈と勘違いしたに違いない。エトフォルテがショッピングセンターにいたことは、記事にない。
幸か不幸か、シャンガインはシルバーの死によってすぐに戦闘を仕掛けてこないことも判明した。エトフォルテの命運は、なんとかつながった。
10分後、作業員がヒデのためのシャツやジーンズを持ってきた。4人分の作業用手袋と帽子もある。服を着替えて、改めてヒデたちは出発した。
缶詰の詰め込みをしながら、ドラクローは工場長に今後のことを説明した。
「工場長。もしジャークチェインを使ったのがばれて、ヒーロー庁に缶詰の行方を問い詰められるようなことがあったら、こう言ってくれ。
風評被害に腹が立ち、ついジャークチェインを使ってしまった。
エトフォルテに『缶詰を渡さないと殺す』と脅されて、仕方なく渡した、と」
工場長は、心底納得できないという表情。
「ドラクローさんたちを悪者にするなんて、申し訳ないよお」
作業員たちも口々に言う。
「ヒーロー庁の役人も現場を見てるのに、
『怪人の体液が缶詰に付いた可能性がないとは言えない』
って、真面目な顔してガセネタをフォローしやがったんだ」
「いっそエトフォルテを本気で応援したくて、と言ったほうが清々するってもんよ」
「ちがいねえ。来るなら来てみろってんだ」
喧嘩上等、という感じで笑う作業員たち。この工場には、荒っぽい気性の者が多いらしい。
気持ちはわかるが、それじゃ困るんだ。ドラクローはもう一度作業員たちに言い聞かせた。
「あんたたちを守るためだ。俺たちを悪者にしてくれ」
事前にドラクローはヒデから聞いていた。悪の組織の活動に関わった民間人は、警察やヒーロー庁の取り調べを受ける。取り調べの場で関わった理由を聞かれ、
「悪の組織に脅迫されたから」
ならまだ罪は軽くなるが、
「ヒーローがむかついたから」
などと言おうものなら、ヒーロー庁運営の特別刑務所送りにされ、身も心もボロボロにされてしまうという。
ジャークチェインは関わった人間の情報を守る秘匿機能が強固だから(エトフォルテが載せた求人広告や面接に参加した者の情報は、面接が終わる時刻には自動的に完全削除されていた。悪人の身元を何が何でも守ろうというシステムには、技の部一同が感嘆していた)、工場長が缶詰をエトフォルテに渡したことはすぐにはばれないだろう。それでも、ドラクローたちは万が一を恐れた。
結局、何度か問答した後、工場長たちはなんとか納得してくれた。
すると、今度は工場長から提案してきた。
「ドラクローさん。俺は工場の今後があるから残らないといけないが、代わりにうちの子をそっちで働かせてやってくれないか」
「工場長の子を?」
「孝洋(こうよう)っていうんだけどさ。
風評被害のせいで、大学を中退したんだ。作業用の機械、フォークリフトとかの運転資格を持っている。エトフォルテの話をしたら興味を持って、行ってみたいと言い出したんだ」
工場長に呼ばれて駆け足でやってきた息子の孝洋は、ヒデより年下に見えた。ほかの作業員と同じ作業着を着ているが、首元に青いバンダナを巻いている。彼なりのお洒落らしい。
「おれが言うのもなんだが、この子は器用で物覚えがいい。あと、ゲームが得意なんだ。ゾンビをやっつけるやつ。サッカーやってたから体力もある。
武器を扱ったことはないが、覚えればエトフォルテの力になる。保証するよ」
フォークリフトやゾンビ、サッカーとはなんだろう、とドラクローは思ったが、孝洋に体力があるのは一目でわかった。日に焼けた顔は引き締まり、走り方が安定している。日常的に長距離を走っている者の足運びだ。
工場長の息子だろうと特別扱いするつもりはない。エトフォルテに来るなら、この息子にも覚悟を決めてもらわなければ。
ドラクローは言った。
「間違いなく命のやり取りがある。戦いで死ぬことになるかもしれない。それでもか?」
「命を懸ける価値があると思っている」
孝洋は簡潔に言った。ドラクローはもう一度念を押す。
「俺たちは、この工場に関わったレギオンへの仕返しのために戦うんじゃない。
エトフォルテ防衛のためだ。そこをはき違えないでくれ」
「ああ。おれは仕返しのためじゃない。あんたたちが『いい』と思うから行くんだよ。
なにせ、小学3年生まで本気で夢見てたことがかなうんだからな」
孝洋は、そこで初めて人懐っこい笑顔を見せた。
「夢ってなんだ?」
首をかしげるドラクローに、工場長が言った。
「孝洋は、エトフォルテの人たちみたいなアニメキャラクターとか、ゆるい絵柄のマスコットが好きなんだ。
そういう人たちといつか冒険したいって、作文に書いたんだよ、昔。で、優秀賞とったんだよな」
「違うよ、父ちゃん。審査員特別賞」
「まあ俺にはその辺いまいち理解できねえが、悪い子じゃないからさあ。頼むよ」
工場長と息子のやり取りに、さらに首をかしげるドラクロー。
「マティウスも同じようなことを言ってたな。
この国の連中は、俺たちの容姿に魅力を感じるのか?」
だったらエトフォルテを襲わないでほしい、と思ったが、それは口に出さなかった。
そんなドラクローに、工場長は苦笑い。
「魅力はともかく、この工場の皆はエトフォルテのこと、いい人たちだと思ってるよ」
作業員たちも、笑顔を浮かべてエトフォルテを応援してくれる。
「うちの缶詰を美味しいって言ってくれたやつは、宇宙人だろうとなんだろうと、いいやつだ」
ドラクローは、この工場の人たちが好きになった。だから、孝洋ともうまくやっていけそうな気がした。深く頭を下げて感謝の意を示す。
「ありがとう。みんな。缶詰、大事に食べるからな」
作業員たちは、その謙虚さが気にいった、頑張れドラゴン兄ちゃん、と口々に言い、ドラクローの肩を笑顔でバシバシ叩いた。
エトフォルテの者たちは、工場の食堂を借りて一休みすることにした。孝洋の母が、お茶をふるまってくれる。
食堂の壁には、大きな日本地図が飾ってある。ドラクローは壁際のパイプ椅子に座りお茶を飲みながら、なんとなく地図を眺めていた。そこに孝洋が話しかける。
「団長。あんなに叩かれて、肩は痛くないかい。漁師町の激励は荒っぽいから」
「心配無用だ。やわな鍛え方をしていない。
孝洋、ちょっと教えてくれ。この、俺たちがいる場所から北東の海にある、赤い線で囲まれた島は何なんだ?」
その日本地図には、宮城・福島・茨城沖に、赤い線で囲まれた島々が載っている。
孝洋が説明してくれた。
「それ、クリスティア王国だよ。4年くらい前、この星に異世界から転移してきた」
「異世界?転移?島が、別の場所から突然現れたってのか?」
「そんなところだね」
あっさり答える孝洋。彼に言わせると、ヒーローや悪の組織との戦いで、異世界と交流したりするのは、もはやこの国のみならず海外でも当たり前だという。もっとも、クリスティア王国のように、大地がそのまま転移してくることはめずらしいとか。
「クリスティアの島の一部が、日本の防衛海域にかかっているんだ。
それに、転移してきた時クリスティアは怪物に襲われて荒廃していた。それを日本のヒーロー『フェアリン』が解決して、今日本とクリスティアは同盟関係。荒廃した国を日本がいろいろ支援している。だから、一緒の地図に載っているんだ」
「マスカレイダーやレギオンだけでも驚きなのに、異世界か。何でもありだな」
ドラクローの感想に、ため息とともに答える孝洋。
「本当に、何でもありだよ。
今やヒーローと悪の組織の都合に、この国の皆が振り回されてる」
ドラクローの向かいにあるパイプ椅子に座った孝洋は、自分の湯飲みにお茶を注いだ。
「ヒーローは悪の組織や怪物は倒すけど、それだけ。後の事なんかフォローしてくれない。そのヒーローを支援するヒーロー庁だって、ヒーローの支援はするけど、困っている人の助けなんかやらないよ。
そりゃあ、自分の事は自分でなんとかしろ!!って言われれば、それまでなんだけどさ」
「その辺りはヒデからも聞いた。故郷を守る戦士なら、なぜそこに住む人を助けない。許せねえな」
「本当だよ。
うちの工場だって、ヒーロー庁がガセネタをフォローさえしなければ、風評被害が広まることもなかったんだ。怪物が壊した機械は処分したし、専門家呼んでみんなで工場の中綺麗にしたのに。
いつもなら今頃は、外の桜の木の下にテーブル出して、父ちゃんや母ちゃん、工場のみんなとお花見してさ。酒飲んで楽しく過ごしてたはずなのにさあ。
大学で勉強して、これからも工場のために頑張りたかったのに…」
寂し気な顔をする孝洋は、それ以上の愚痴を抑え込むためか、ぐいとお茶を飲み込む。
ドラクローはそんな孝洋の姿に、出会った頃のヒデを重ねた。
『ヒーローだらけの今の日本は、なんだかおかしい。おかしいけど、文句も言えない時代なんです』
エトフォルテで、十二兵団で育ってきたドラクローには、国民を困らせるヒーローや政府というのが理解できなかった。エトフォルテで暮らす者は皆家族で、十二兵団はその家族を守るためにある。十二兵団はエトフォルテ人の信頼を背負い、彼らの生活を良いものにするため活動し、そのために外敵と戦う。それは、決して汚してはならない十二兵団の誇り。
先輩のスレイたちもそうしてきたから、ドラクローもそうしてきた。エトフォルテの常識は日本の非常識。他人に甘えず自分のことは自分で守れ、と言われればそれまでだろう。だが、それではヒデや孝洋たちがあまりにも気の毒だ。
人を守るための力を持った戦士が、守るべき人を悲しませているなんて。
ドラクローには経営の事はわからないけれど、この缶詰工場が仕事を辞めざるを得ない状況が、どれだけ大変で悲しいことかはわかる。ましてやその原因が噂話で、噂話を力ある戦士を統べる組織が認めたとなれば、なおさらだ。
場に漂った愚痴っぽい空気を切り替えるように、孝洋は明るく笑った。
「そんな感じで、ヒーロー庁がうちにした事はむかつくんだけどさ。
とりあえずおれは、政府やヒーローが荒廃した異世界を助けることに文句はないんだよ。困っている人を助けるのは、大切なことだから」
「ああ、そうだな。宇宙の真理、ってやつだ」
宇宙の真理なんて大層な言葉以前に、“人”として当たり前のことだ。ドラクローの言葉に孝洋は頷いて返す。
「そうだよな。宇宙人だってそう思うよな。
おれも風評被害の一件さえなければ、クリスティアに行ってみたいと思ってたんだ」
「行けるのか。異世界に」
「復興支援の一環で、いろいろ能力を持った日本人が派遣されている。おれはフォークリフトとかが運転できるから、作業員として応募しようと考えていた。
釣り竿持って行ってみたかったなあ。クリスティア」
「釣り竿?」
「異世界転移の影響で、あのあたりには新種の魚がわんさかいるって話だからね。
ぜひ釣り上げて、いろいろ味付けして缶詰にしてみたかった。それをクリスティアの人たちに食べてもらいたかったなあ」
釣り上げた魚は、煮たり焼いたりして食べることもできるだろうに。
やっぱり缶詰にするんだな、とドラクローが言うと、孝洋は軽く胸を張り、笑って答えた。
「缶詰工場の息子だからね」