4年前の魔王メノーによる侵攻で亡くなった人たちを弔うための慰霊広場で、近衛騎士のウィリアムとアレックスは、フェアリン・ジーニアス(夢叶統子)とフェアリン・エクセレン(素薔薇椎奈)と対峙した。
ウィリアムとアレックスは、エイルが仕立てた魔術機構搭載の具足に身を包んでいる。ウィリアムは空の神フリュー神にあやかり鳥の羽飾りを、アレックスは山の神ヴォルグ神にあやかり狼の毛皮を具足にあしらっている。二人とも、エトフォルテから借りた通信機を腰のベルトに身に着けていた。
一方のフェアリンたち。ジーニアスはピンク、エクセレンはレッドを基調にした魔法少女風の衣装である。もとはといえば神器ティアンジェルストーンはクリスティア王国の物で、装着者の戦闘スタイルに応じて鎧(装束)が変化する。
代々王国が受けついだ大切な神器が、こんな子供じみたヒラヒラ衣装に変化するとは。ウィリアムは内心ため息をつく。2年前まではまあ我慢できたが、その後の悪行を思うと、装着者にも衣装にも怒りが湧いてくる。
もっとも、この怒りをまだむき出しにはしない。己のやるべきことを果たした後で、一気に爆発させてやる。
ジーニアスがウィリアムとアレックスに対し、イラついた声を上げる。
「どういうつもりよ馬鹿騎士ども。広域結界でデストロに立ち向かうつもり!?」
「お前たちこそどういうつもりだ」
ウィリアムは、ヒデの推測を口にする。
「強制労働でやらかしたのを、デストロに全部消してもらうつもりで戻ってきたんだろう?」
ジーニアスは答えない。チッ!、と憎々し気に舌打ちをするのみ。それが、彼女たちの行動方針を物語っている。
ウィリアムは皮肉たっぷりに笑う。
「泣きべそかいて日本に直帰するべきだったな。お前たちは、もうここから出られない」
アレックスが怒りをあらわにして言う。
「心根が汚ねーんだよ!アタシたちの国からさんざん奪い取って、まだ足りないのか!」
エクセレンが反論する。
「魔王に襲われて困っていたクリスティア王国を助けたのは私達!その見返りに私達は友好関係結んで、お礼として資源をもらっただけ。それの何がいけないの?もとはと言えば、4年前魔王を倒せず、ここに転移してきたアンタたちが悪いんじゃない」
アレックス、さらに食らいつく。
「百歩譲って4年前のアタシたちの弱さを認めるが!そのあとの強制労働や密約は到底認められねえ!この際だ。今までどういうつもりでヒーローやっていたか、全部言ってみろ!」
この問いかけに、顔を見合わせるジーニアスとエクセレン。
やがて、ジーニアスがゆっくりと語りだす。
「私たちは、ずっとヒーローになりたかった。防犯グッズメーカーの立場上、ユメカムはヒーロー庁とも情報共有できたから、根回しして力を手に入れる機会をうかがっていた。そうしたら4年前、この国が転移してきて、私たちは異世界人に出会った。魔王軍と戦ってクリスティアを守ってほしいという、死にかけの異世界人に」
ブロンの息子にして、リルラピスとウィリアムにとっては親戚筋に当たる、アミル・ド・クリスティアのことだ。王室に恥じない優しさと強さを兼ね備えた美少年で、ウィリアムとも仲が良かった。
ウィリアムは弓術士の腕を磨くため山野に赴き、花や野草を手に入れることが多かった。アミルは母イリダが魔術薬学に詳しかったこともあり、薬効のある植物の話をウィリアムとよくしたものだ。
生きていれば、アミルは王国の要職に就き、リルラピスらとクリスティア王国を守っていただろう。この慰霊広場には、彼の名前も刻まれている。
そんなアミルを、死んでいったクリスティア国民を、ジーニアスは平然と侮辱し続ける。
「ティアンジェルストーンを持ち出したアミルが、死にかけで良かったよ。使い方を教わったら、すぐに死んだ。おかげで、こちらはやりたいことを全部できた!ヒーローとしての地位を手に入れ、神器を複製し、夢のエネルギー資源クリスティウムとレアメタルの島まで手に入れた!私たちの手に入れた素敵な未来を、今さら異世界人ごときに邪魔されてたまるか、ってのよ」
何が死にかけで良かった、だ。
何が私たちの手に入れた素敵な未来、だ。
全部、クリスティア国民を侮辱し続けて手に入れたものではないか。平静を装うウィリアムの胸の内で、堪忍袋の緒はブチ切れる寸前。
アレックスはもう、怒りが収まらないようだ。
「なぜ誰もお前たちを止めないんだ!」
エクセレンが鼻で笑う。
「きらきら可愛い魔法少女フェアリンのイメージをうまく守っているから、問題ない。世間は単純だから、私たちが可愛い衣装で笑っていればそれ以上ツッコまない」
そして、可愛らしく微笑んだ。
「要するに、強くて可愛いヒーローは、何をやっても許されるの。世間は、モブは、ヒーローに支配されるためにある」
「……親はなぜ止めない。ユメカムの社長も素薔薇国防大臣も、全部知ってるんだろ!」
「止められないように私たちもいろいろやってる。パパにはパーになってもらったわ」
パーとは、なんだ?
エクセレンの最後の言葉の意味を、わかりかねるウィリアム。
さらに、自慢げに話を続けるジーニアス。
「そもそも日本に、私の会社に協力することを決めたのは、ブロン国王。追い出された王女とその取り巻きに発言権はないでしょう」
「叔父上がバルテス国王を暗殺しなければ、こうはならなかった!」
ウィリアムの放った暗殺という言葉に、エクセレンとジーニアスは驚きの表情を浮かべる。
少しだけ。そう、ほんの少しだけ。
ジーニアスが嘲笑する。
「ふうん。あれは病死じゃなくて暗殺だったんだ。それでも、私達には関係ない。すべてを知った巴は採掘場で死んだ。強制労働で使った作業員たちも、アンタたちも、これからデストロに殺されればすべて問題ない。幸い、”あの”軍師ヒデも城壁にいるみたいだし。ヒデが死ねばエトフォルテは大打撃。その知らせを持って帰れば、私達グレイトフル・フェアリンの手柄になるわ」
エクセレンも嘲笑する
「王女とブロン王が争っている間にデストロが目覚めて、この国もエトフォルテも全部めちゃくちゃにしてしまいました、と言えば、私たちは助かる。広域結界で覆っても、いざというときの脱出経路は確保しているでしょ?アンタたちのどっちかを半殺しにして、聞きだしてやるわ」
この言動から、もはや巴に友情を微塵も感じていなかったのは明白。
ウィリアムが叫ぶより早く、アレックスが叫んでいた。
「巴を何だと思っていたんだよ、お前ら!!」
ジーニアスが答える。小首をかしげ、可愛らしさを演出するように。
「うーん。同じ学校にいた、戦闘力の高いモブ?」
「……そうかい。巴をハナからその程度にしか見ていなかったのかい」
アレックス、超ド直球の問いかけをぶち放つ。
「だから利用したんだな?巴の試合のドーピング検査の結果を偽造して、心を追い詰めてフェアリンに勧誘して、違約金で脅してこき使いやがったな!」
ジーニアスが狼狽した。
「な、なんで検査の偽造まで知ってるの!?」
この反応。やはり軍師ヒデの読みは当たっていた。アレックスがド直球に聞いたのは想定外だが、ジーニアスもここまでこちらが推測しているとは思わなかったようだ。
ウィリアムは内心ニヤリとした。この言葉を引き出したかったのだ。あとあとのためにも。
アレックス、腕を組んで胸を張る。
「知りたいか?」
エクセレンが言う。
「教えてよ!」
アレックスは鼻を鳴らし、言い放つ。
「教えてやんねーよ、クズ!」
軍師ヒデの真似してるな、とウィリアムは思った。全然似てないが、相手をいらだたせる効果は抜群。
この瞬間。ジーニアスとエクセレンはすさまじい怒りの形相と化した。日本のファンが見たら、ショックのあまり気絶しかねないほど、怒りで変貌した形相を。
ジーニアスが言う。
「文明遅れの異世界人のくせに、我が社に逆らい秘密を知って……!城壁にいる連中ともども、皆殺しにしてやるわ!」
エクセレンが続く。
「異世界騎士は異世界騎士らしく、情けなく“くっころ”と言って、死ね!」
“くっころ”とは、「くっ、殺せ!」の略。
日本の創作物で追い詰められた騎士がほぼ確実に言う、屈辱的な台詞である。バルテス国王の存命中、ウィリアムもアレックスも日本の創作物を見聞きしたから知っている。
一度戦場に立ったら、クリスティア騎士はこんな馬鹿なことは言わない。言うことは許されない。防壁にいる者たちも、これから覚悟を決めて戦おうとしている。フェアリンたちは彼らの覚悟も侮辱した。
ウィリアムは弓矢を構え、クリスティア魔術師心得を大きな声で宣告した。
「クリスティア魔術師心得第三条!クリスティア王国に所属するすべての魔術師、騎士、兵士は、国家に仇なす敵を魔術をもって必滅する責を担う!神器を悪用し暴虐を指揮したお前たちは、今日この場で殺す!」
アレックスがハルバートを大きく回して、構える。
「クリスティア騎士に“くっころ”はねえ。ぶっ殺すか、ぶっ殺されるかだ!!巴、あの世で見ていろ!!仇は必ず取ってやる」
アレックスの超攻撃的な決意表明に、ウィリアムは思わず口笛を吹く。
「いいねアーリィ。最高だ!」
アレックスとウィリアム。フェアリン・ジーニアスとエクセレン。
二対二の死闘が始まった。
その様子を、空中に浮かんだドローンが慰霊塔の陰から撮影している。
フェアリンたちはその存在に、まだ気づいていない。
城内で打ち合わせをしたとき、ウィリアムはジューンにこう伝えていた。
「ジューンさん。ドローンで撮影するなら、ジーニアスを狙うといい。やつはユメカムの全権を握っている。この悪事の全貌も。僕らがうまく話を聞き出すから、撮影してくれ」
慰霊広場から少し離れた場所に、三階建ての騎士団の詰所がある。レンガ造りの頑丈な建物だ。そこを拠点にしてジューンたちは撮影をする。騎士のマグネスとニケルもビデオカメラを回し、孝洋は狙撃で援護だ。
ドローンには高性能マイクが搭載され、遠距離からでも明確に音声を捉えられる。ジューンはドローンのモニター付きコントローラーを操作し、慰霊塔の陰からフェアリンたちの会話がうまく撮影できたことを確認した。
ジューンはぐっ、とこぶしを握る。
「OK。証拠として十分な内容が撮れたわ」
あとは、ウィリアムたちがフェアリンを倒す様子を撮影するだけだ。
ジューンがそう思った矢先。孝洋が悲鳴を上げた。
「くそ!来た!デストロがティアーズに来ちまったよお!」
悲鳴の方向を見上げると、タマネギ型の巨大な破壊神がたくましい右腕を振りかざしていた。
ティアーズに向かうデストロの視界は、広域結界に覆われた首都ティアーズをついにとらえた。
今日、日曜日の天気はやや雲が多いものの、晴れ。幾千年もの恨みを抱えて浮遊する300メートルの破壊神は、ここに来るまで陽光をたっぷり浴びて、昨夜のヘチマ型から丸々としたタマネギ型に変形していた。
忌まわしい宿敵、ティアンジェルがいる場所に、光の壁がある。ティアンジェルの気配は壁の中。
ならば、壁を壊してティアンジェルを殺すまで!
一気に移動速度を上げ、空飛ぶタマネギ型破壊神はミニトロとともにティアーズに近づく。
勢いそのままに、右腕を振りかざした。
首都ティアーズ各地に設置された、広域結界制御室につながるカメラによって、エイルはデストロが広域結界に突撃してくるのを確認した。
制御室の司令席には、球状の魔術機構操作盤がある。この球体に両手を当て、広域結界の攻撃機能を発動するのだ。本来は国王が操作すべきものだが、非常時ゆえ特級魔術師のエイルが扱いを任された。
司令席をぐるりと囲うように、結界の制御を補助する精鋭魔術師たちが30人配置されている。彼らの目の前にも魔術機構操作盤があり、クリスティウムから魔力を供給し、結界の形状変形や修復を行う。
かつて魔王軍に太刀打ちできなかった自分たち魔術師が、もう二度と負けてたまるかと強化した結界に加え、新たに開発した攻撃機能。全力で使いこなしてみせる!
モニターの向こうで、デストロが握りこぶしを振りかざす。
エイルは球体操作盤に両手を当て、攻撃を発動する。お嬢様らしくない言葉を、力いっぱい込めて。
「ぶちかます!」
デストロの目の前で、白い光の壁から二本の腕が生える。太くたくましい、闘神のごとき腕だ。
光の腕はうなりを上げて、デストロを殴り飛ばした。
タマネギ型破壊神が、殴り飛ばされ派手に地面にたたきつけられる。大地は揺れ、付き従うミニトロたちが、巻き込まれてぐちゃり、と大量に潰れた。
城壁で攻撃機能を目の当たりにしたヒデは、揺れに必死に耐えつつ感嘆の息を漏らす。
「これが広域結界の攻撃機能。攻防一体を兼ねる光の壁……!」
300メートルの破壊神を豪快に殴り飛ばすだけのサイズと力を、広域結界は持っている。バルテス国王を始め、魔術師たちが努力の末に作り上げた新たな防衛対策の成果だ。ブロンが手放さなかったのも納得である。
デストロが倒れたのを見て、城壁にいる騎士・兵士たちが歓声を上げた。
広域結界の制御室で、外の様子をモニターで見守る魔術師たちが歓声を上げる。
だが、結界を操作しているエイルは厳しい表情を崩さない。
「殴っただけじゃ致命傷にならない……!デストロの反撃がくる!」
デストロがタマネギ型の体を起こす。再び加速して広域結界に向かってきた。
エイルは再び光の腕を繰り出し、デストロを殴りつける。
が、かわされて腕の内側にもぐりこまれた。デストロは結界を素早く殴りつけた。
分厚い金属板をフライパンで殴りつけたかのごとき硬質な打撃音が、ティアーズ全体に鳴り響く。結界がひび割れると、デストロは拳骨を手刀に変え、真っ向から振り下ろす。
結界下部に隙間が生まれ、ミニトロの群れが入り込む。
エイルは結界の修復を担当する魔術師に命じる。
「修復を急いで!」
腕の発生位置をずらし、デストロを殴れる位置から再び光の腕を発動。エイルはデストロ相手に肉弾戦を再び開始した。
ひび割れを、新たに生まれた白い光の壁が覆っていく。壁に巻き込まれたミニトロたちは、容赦なく壁に挟まれ死んでいく。
割れた結界の隙間からもぐりこんだミニトロたち。鈍重なカエル型、俊敏な犬型、前腕が発達した進化型が、次々とティアーズの防壁に向かって駆けてくる。その数は、昨日エラルメを襲った数をはるかに超えている。陽光を浴び力を蓄えたことで、デストロはミニトロを生み出す力もあがっていた。
城壁の一段高い台に上がったヒデは、湧き上がる恐怖と震えを懸命に抑え込んでいた。
引き抜いた剣を強く握りすぎて、手が痛い。自分はミニトロに立ち向かう騎士・兵士たちを先頭で鼓舞しなければならぬ。リルラピス王女に代わり、『ヒーローを殺した仮面の軍師』として。
ヒデはふと、映画研究部に入ったばかりのころ、監督の和彦のめちゃくちゃな演技指導を思い出す。バトルや殺人事件に執着する天然パーマの映画狂は、みんなによく言っていた。
『本気が伝わるなら、台詞をとちったとしても俺はカットをかけない。お客は本気についてくる!だから本気でやるんだ!生きるときも殺すときも、本気でやれ!』
あれから約10年。蕎麦屋から警備員を経て軍師となり、本当の殺し合い、しかも怪物が無数に襲ってくる戦場に立つとは思わなかった。だがもう、後戻りはできない。
今ここにいる仲間のためにも、ここにいない仲間のためにも、本気かつ全力で軍師を演じ、最前線に立つ!
グランがマイクを握り、城壁にいる者たちに呼びかける。
「騎士団は魔術大砲と魔術弓、発射用意!エトフォルテは、銃火器でミニトロを迎撃する!各自、装填の確認を!」
騎士団が魔術大砲と魔術弓を用意する。ハッカイとカーライルは、エトフォルテから持ち運ばれたバズーカを構えた。アルは、昨日採掘場から持ち出したヒーロー武装のガトリングガン。光線を無数に乱射する強力な物だ。
グランがヒデにマイクを渡す。
「軍師。射撃の掛け声は君がやれ」
「いいんですか?」
「みんなを奮い立たせた君の声が矢玉に乗れば、気持ちも威力もきっと上がる」
ミニトロの群れが、怒涛の勢いで城壁に迫ってくる。
せまりくるミニトロの距離を計測したアルが、切迫した声でヒデに言う。
「ミニトロ、こちらの射程範囲に到達!」
機械のアルも、この状況に緊迫しているようだ。
緊迫感を闘志に変えて、何が何でも戦い抜かなければ。自分の声が、その助けになるならば!
ヒデは剣を前方に振り、マイクで全員に告げた。
「総員、撃って撃って、撃ちまくれーっ!」
クリスティア王国を守るための矢が、弾丸が、次々と火を噴いた。
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