エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第34話 棺桶問題からはじまる大混乱(後編)

 
 モニターに映し出された2人の男は、エトフォルテの総団長ドラクローと、軍師ヒデを名乗った。
 総団長ドラクローは、赤みかかった髪を持つ十代後半の男。顔立ちは力強く、格闘技でもしていそうな体つきだ。西洋の軍服とアジアの武術着の意匠を足したような服を着ている。顔つきこそ日本人と変わらないが、首や手には、赤黒く堅そうな鱗がはっきりと見てとれ、太く強そうな尻尾まで生えている。間違いなく獣人だ。
 隣にいる仮面の軍師ヒデは、声からすると二十代くらいか。こちらは西洋の軍服とアジアの道士あるいは法士の服を足したような服で、すっぽりと頭部をフードで覆っている。仮面と相まって、七星はミステリアスな雰囲気を彼に感じていた。

 画面の中で、軍師ヒデが言う
 『お前たち。なぜエトフォルテは、ヒーロー庁にこんなことをできたのか、と考えているな。教えてやろうか?』
 輪良井広報官がモニターに向かって怒鳴る。
 「教えなさいよ!!」
 フフン、とモニターの向こうの軍師ヒデが笑う。
 『教えませんよ』
 独特の言動で怒りを表す元お笑い芸人ヒーロー・輪良井。
 「いかいかいかーるっ!!」
 普通に言えばいいのに。
 この映像は事前に録画されたものだろう。にもかかわらず、絶妙なタイミングで軍師ヒデはこちらをイラつかせる回答を繰り出してくる。なぜか丁寧語で。
 やつはこちらの言動を読んでいる。つまり、この状況になることを見通していたのだ。
 今や地下三階研究室は、政治家とヒーロー庁職員が恐怖と苛立ちの中、ドラクローとヒデの映像を眺める劇場と化した。

 再び、ヒデが話し始める。
 『私たちは日本政府やヒーローとの全面戦争は望んでいない。だが、有無を言わせずお前たちが攻撃してくる以上、迷惑を承知の上で私たちの意志を、こうやって伝えることにした』
 ドラクローがゆっくりと口を開く。
 『いいか。俺たちエトフォルテは見えない光線兵器による攻撃で地球に墜落した。それを日本語で伝えたのに、シャンガインはエトフォルテを襲い大勢の仲間を殺した。
 だから先週、俺たちは反撃した。侵略のためではない。エトフォルテに害を与える敵を必ず討ち滅ぼす“害敵必討(がいてきひっとう)”の掟に従い、防衛のために戦った。
 俺たちは、シャンガインにエトフォルテ討伐の指示を出し、電波攻撃の濡れ衣を着せたヒーロー庁を許さない。
 だが、普通に暮らす日本人に迷惑をかけたくない。
 これから日本の防衛海域を離れ、宇宙船修理のための手段を探すつもりだ。宇宙船が直り次第、この星を出ていく』
 ふう、と大きな息を吐いてから、ドラクローが続ける。
 『コンピューターウィルスを仕込むのも、迷惑には違いない。本音を言えば気が進まなかった。しかしなっ!』
 バアン!!と、ドラクローが太い尻尾を床にたたきつける。技官たちは引きつった悲鳴を上げた。
 『シャンガインが仲間を殺し、ヒーロー庁が隠し事をし、ターンが平然と攻め込んできたことを思えば、やらないという選択はできなかった!
 覚えておけ。エトフォルテを攻撃するなら、俺たちは害敵必討の掟に従い反撃し討ち滅ぼす!』
 そしてヒデが、芝居がかった仕草でぱちん、と指を鳴らす。
 『来るというならば、わが策略で一人残らずこうしてやろう』
 モニターの色が変わっていく。まるで血のように赤い色へと。
 次いで真っ赤に染まったモニターの中央部分から、新たな画像が浮かび上がってくる。
 浮かび上がってきたのは、バラバラに粉砕されたハイパーシャンガイオーの残骸が海に浮かぶ画像だった。
 かろうじて白い浮袋(フロート)の一部に引っかかって、巨大ロボの首部分がきれいに浮かんでいる。白い枕に乗るような形で、ちぎれた首部分だけが。
 
 これを見た雄駆は、握り拳でモニターの一つをたたき割った。
 元ヒーローとは言え70過ぎの老人。その剛力に七星たちは驚く。
 雄駆は叫ぶ。気の弱い人間なら、その場で気絶しかねないほどの怒気をはらませて。
 「おのれエトフォルテ!!軍師ヒデ!!このままでは済まさぬぞ!!」

 直後、雄駆の怒りに反撃するかのように画面がぱっと切り替わり、黒い背景に立つヒデが再び現れる。
 『このままでは済まさない、と思った?』
 七星たちは再び驚く。
 仮面の軍師は明らかにこちらの言動を読んでいる。ミステリアスな風貌は見掛け倒しではない。
 猛烈に嫌な予感がした。こいつはまだ何かする気だ。
 『その気持ち、そっくりそのままお返ししよう。わが策略の神髄はここから。軍師ヒデでした』
 なぜ、妙に芝居がかった口調で最後に名乗る!?
 ツッコミと苛立ちが七星の脳裏をよぎった直後。
 モニターが砂嵐状のノイズに覆われ、バリバリと異音が鳴り響く。
 技官たち、絶叫。
 「コンピューターが次々と機能を停止して…!!ヒーロー庁のネットワークから、ウィルスは他の省庁にも広がっていきます!」
 さらに、別の技官が異変を報告する。
 「さっきの映像、エトフォルテは一般の動画サイトにも投稿したようです!」
 この部屋に居合わせた全員の顔が、絶望的な顔色に染まっていく。
 七星の脳裏には様々な感情が渦巻き、こう呟くのがやっとだった。
 「なんてことを…」

 遺体解析の一件から3時間後。
 エトフォルテ緊急対策会議が、ヒーロー庁の会議室で開かれた。
 雄駆、高鞠らこれまでの出席者に加え、デバイスを分析したコンピューター技官たち。研究室に乗り込んだ七星も出席した。
 怒り、焦り、疲れに満ちた表情の出席者たち。まず、技官たちがウィルス被害を報告する。

 エトフォルテのコンピューターウィルスは、ヒーロー庁またはヒーローの情報を管理していたコンピューターを集中的に狙うよう、プログラムされていた。このため、被害が大きかったのはヒーロー庁と天下英雄党、そして天下英雄学院のコンピューター。被害はクラウド上のバックアップにまで及び、総じて八割近いコンピューターが使えなくなった、と。

 甘坂統制長官が確認する。
 「国民の生活への影響は?」
 「国民の日常生活に関わる保険や税のコンピューターの被害は軽微。ですが…」
 技官は暗い顔をして、しばし口ごもる。
 「大きな被害を受けたコンピューターの復旧にかかる時間は3日、4日ではすみません。…1か月以上は見ないと…。
 あと、ヒーロー税収納管理システムは完全に破損しました。コンピューターを全部入れ替えても、今年の賦課には間に合いません」
 ヒーロー税は毎年6月上旬に、成人した全国民に賦課することになっている。ほかの税金と違い、管轄はヒーロー庁。今は4月中旬。誰がどう考えても無理である。
 そして、一般の動画投稿サイトには、七星たちが見たものとは別に撮ったらしい映像が投稿されている。見ている人の心を読んで小馬鹿にするような言動がなく、エトフォルテ墜落とヒーローと戦った経緯、そしていろいろ迷惑をかけて申し訳ない、というシンプルな内容になっていた。ハイパーシャンガイオー完全破壊の画像を見た市民からは、不安と恐怖に満ちたコメントが殺到している。

 被害報告を聞いて、このままでは済まさないと息巻いた雄駆と輪良井。
 素薔薇国防大臣は、自分の娘の魔法少女フェアリンたちを送って報復しよう、と提案した。
 しかし、コンピューターをやられている。復旧させないうちは、追撃はおろか政府が国家として機能しない。ヒーローの主戦場である都会に、ヒーローを派遣するための情報網も動かない。
 高鞠総理はそう現状説明して、報復はいったん待つべきだと提案した。
 雄駆はさらに怒りをたぎらせる。
 「じゃあ、どうしろと!?待つだけでなく対案は考えてあるんだろうな、高鞠!!」
 「名誉長官。心の高まりを押さえてください。我々が慌てては、国民を不安にさせるだけです。まずはコンピューターウィルスを除去し、政府としての機能を取り戻す。そしてエトフォルテを追撃する。
 君、復旧にかかる時間は?頑張ればもう少し早くできるだろう?」
 技官は、怯えた声で回答する。
 「無理です。特にヒーロー税のシステムは今年の賦課に絶対間に合いません」
 しかし高鞠はなんとかするんだ、の一点張り。
 「なんとかしろ!!人が足りないなら、外部からスタッフをかき集めろ!!やる前から諦めるな!!根性だせ!!」
 元ビジネスアドバイザー・現総理とは思えないほど、無茶苦茶な精神論を振りかざして技官を怒鳴る高鞠。
 「エトフォルテ墜落から混乱続きで、政府はまともに外交もできんのだ!海外の要人を招く予定も全部白紙になった。なんとかしろ!!」
 そろそろ止めないと技官が全員そろって辞表を出しかねない。
 七星が口を出すより早く、甘坂が手を挙げた。
 「総理。あなたの心が高まっています。落ち着いて」
 「すまない。熱くなってしまった。統制長官、君ならどうする」
 「私が考えるのですか」
 「アナリストとして、もう頭の中に対策はできているのでは?」
 総理。統制長官に対策を丸投げするのか?
 七星内心のツッコミを気にするでもなく、静かに落ち着いた口調で甘坂は技官に言った。
 「時間がかかるのは仕方ありません。それでも、できるだけ早く復旧を。必要な人材については、専門家であるあなたたちの判断で選抜し、助力を得るように。天下英雄党はそのためのサポートを惜しまず、あなたたちを酷使しないと約束します」
 さらに甘坂は、出席者たちの顔を見回して言った。
 「今回デバイスを分析した技官たちを、棺桶を持ち帰った業者に罰を与えるような真似を、我々は絶対にしない。皆さん、いいですね」
 この言葉に、技官たちが安心した表情を見せる。
 が、
 「わるいことをした人に罰をあたえなくて、いいのかい?」
 子供っぽい素薔薇の一言で、安心感は台無しになった。
 「罰を与えれば、内輪もめの火種になりかねない。
 私たちの敵は日々日本を脅かしている悪の組織が第一。日本を離れようとしているエトフォルテはその次です。政府とヒーロー庁が内輪もめして、自滅する事態は絶対に避けなければ。これこそが、エトフォルテの目的かもしれません。火種は消してしまいましょう」
 甘坂がそう説明すると、素薔薇は納得したようだ。
 今度は雄駆が質問する。
 「ヒーロー税はどうする」
 「今年は全額免除」
 これには出席者全員が驚く。
 政治アナリストが、まさか全額免除を提案するとは誰も思わなかったらしい。
 輪良井が不満をあらわにして叫ぶ。
 「撮影業者が棺桶を持って帰ってこなければ、ウィルス感染なんてなかったんだから!
 あいつらがシステムのことチクったとか思わないわけ?それにヒーロー税とらないとか、ありえないんですけど~!」
 いい年してこちらも子供っぽい口調だ。
 そんな彼女に対しても、甘坂は表情も口調も変えず、冷静に返す。
 「撮影業者は遺体や棺桶に細工をされたかも、と警告していた。何より、デバイスのシークレットシステムの存在を彼らは知りません。想定外とは言え、これは警告を知りながら解析を急いだあなたたちの責任です。
 何より、ヒーロー税は高すぎる。これは私たち議員も指摘していたこと。余剰税が相当あるから、今年免除しても取り返しはつく。税金を慌てて賦課してトラブルが起きるほうが問題です」
 甘坂の発言は冷静で、先を見据えている。七星はその計画性に感心した。
 雄駆は極めて仕方なく、渋々といった顔つきで宣言した。
 「今年のヒーロー税は、全額免除する。復旧その他の方針も、甘坂統制長官の方針でいい。
 撮影業者たちを責めたりもしない。エトフォルテ追撃はそのあとだ」


 「では、会議はこれにて終了とします」
 高鞠が閉会を宣言すると、甘坂が待ったをかける。
 「総理。これで終わり、では困ります」
 甘坂は自身のスマホを取り出し、エトフォルテが一般公開した動画を見せた。
 「この動画でもエトフォルテは、
 『日本語を話したのに、一方的に攻撃された』
 と訴えている。ヒーロー庁の説明と完全に逆です。名誉長官。本当なら大問題ですよ」
 「統制長官。その話は後日…」
 「総理。後日にしていい問題ではありません」
 高鞠の制止を振り切って、甘坂は雄駆を問い詰める。
 ヒーロー庁の最高権力者は、威厳に満ちた声で反論する。
 「統制長官。私たちが誤って罪のない獣人を殺したと言いたいのかね?
 君たち天下英雄党も、初日のオリジナル映像は見ただろう。訳の分からない言葉を叫んでシャンガインを襲ってきた獣人を見ただろう!
 そして、あの日の電波攻撃!関東一帯が大混乱したのだぞ!攻撃しない理由がない!」
 すると甘坂は、視線を素薔薇へと切り替えた。
 「エトフォルテ墜落直後、シャンガインに出撃指示を出したのは素薔薇国防大臣ですよね?なぜ指示を?」
 「私は、ヒーロー庁が敵性宇宙人だと、言ったから…」
 60過ぎの大人が、まるでいたずらをしかられる子供の様に口ごもる。
 「敵性宇宙人だと判断したのは七星部長ですか?」
 甘坂の視線が急に自分に向く。
 七星、即答。
 「私ではない。あの時指揮を執ったのは名誉長官だ」
 七星は墜落した宇宙船に、まったく関与しなかった。首都圏で起きるであろう日曜日の戦いに、電波攻撃が影響しないか対応していたからだ。
 甘坂はさらに雄駆を追求する。
 「つまり、エトフォルテ攻撃指示の発端は名誉長官ですね。なぜ指示を?」
 名誉長官の顔に苛立ちの色が見え始めた。
 「相手は電波攻撃してきた残忍な獣人だからだ!」
 「エトフォルテは電波攻撃していないと主張している。それに、シャンガインが中に入るまで誰も獣人とは気が付かなかったはず。獣人だったから殺していい、とも聞こえますが」
 「揚げ足取りがすぎるぞ!!」
 「とられるような言い方に問題があります」
 すると、黙っていた弩塔副総理がわなわなと震えて叫びだす。
 「残忍な獣人は殺して当然!!」
 弩塔は家族を獣人風の改造人間にされてしまった過去を持つ。だから獣人への嫌悪感がこの中では際立って強い。
 さきほどの映像と雄駆の言葉に刺激されたようで、彼女の取り乱しぶりは七星の目から見てもすさまじかった。
 「私はあんなのダメだ。見てるだけで過去の傷をえぐられる。肌が奥底から泡立ってくるようだ。あんな体の奴は殺すべき!!獣人はこの国の空気を吸うだけでも罪にして、私が怒涛の勢いで全員皆殺しにしてやる!!」
 「副総理。その発言が罪になりかねない」
 甘坂は追及をやめて、弩塔をなだめにかかる。


 七星はどうしようか迷ったが、気になることは防衛対策部長として確認しなければならない。
 雄駆に質問する。
 「名誉長官。普段ドローンなど済ませる撮影を、なぜ今回業者に委託したんです。
 エトフォルテがターンとまとめて攻撃していたら、彼らは死んでいました」
 「あの会社は仕事を回してくれと、何度も頼み込んでいたからだ」
 「だからと言って…。それに、解析をなぜここで…」
 高鞠と輪良井にしか声をかけず、隠すように調査するなんて。
 そういえばエトフォルテは”隠し事”と言っていたが、雄駆は自分に言っていないことがあるのでは?
 と、言いかけたら、さらに雄駆は大きな声で反論してきた。
 「七星。貴様の仕事は都市部の防衛対策だろう。
 エトフォルテ対策は私が指揮を執っている。口をはさむな!!過去を振り返らずに前向きな対策をとれ!!細かいことばかり指摘するのは、英雄的行いとは言えない。甘坂統制長官と一緒で、無意味な揚げ足取りだぞ!!」
 「私は、揚げ足取りをしたつもりは…」
 「ない?だったらこの会議はこれで終わり。みんな英雄的に自分の仕事をしろ!天下英雄党もだ!」
 今度は弩塔をなだめた甘坂が、再び意見する。
 「そういう先のことを考えない強引な“英雄的”態度が、国民に批判されるんですよ。
 近年、政府ヒーロー庁のやり方に反発する国民は少なくない。ヒーロー庁は都合が悪くなると事故に見せかけて邪魔者を殺す、という都市伝説を流す団体だってある。
 はっきり言って最近のヒーロー庁、強圧的な言動が目立ちます。下手すれば国民に脅迫と受け取られます。ただでさえ大変な時期ですから、慎んでください」
 この発言に、七星は内心腹を立てる。これではヒーロー庁が悪人のようではないか。
 直後、輪良井が頬を膨らめ、反論。
 「邪魔者は事故に見せかけて殺したりしないもん。
 死因がわからないようにして始末してま~す。それに~…」
 出席者全員、絶句。
 さらに輪良井が言おうとしたこと遮り、七星は叫ぶ。
 「輪良井、なんてこと言うんだ!!」
 七星もインターネットにおける国民の批判的、時には侮辱的な声は知っている。が、この仕事をしている以上はやむを得ない、と思っている。
 人前に出て戦う以上、ある程度は他人から批判されること、否定されることも受け入れねばならぬ。そして必要があれば、自分が変わらねばならぬ。七星はそのつもりで仕事をしてきたし、ヒーロー庁が市民に愛されるよう、内部改革もずいぶんしてきた。
 それでも、雄駆名誉長官の“英雄的行い”の前でとん挫した改革もある。名誉長官はヒーローを絶対的英雄とし、権威の象徴であらねばと譲らなかった。そうした強気な態度が批判の一因であるのは疑いようがない。
 だが七星の口から、批判派の市民を始末しろと指示を出したことは一度もない。
 同じ庁舎で働く仲間が、そんな指示を出すとも思っていない。
 輪良井の一言は、ヒーロー庁関係者の努力と我慢を台無しにした。
 高鞠も青ざめた表情で叫ぶ。
 「輪良井広報官、それ言っちゃ駄目でしょう!!」
 輪良井は場違いなほどの笑顔で、舌を出す。
 「コンプラすれすれのブラックギャグでしたぁ~。みか~るスマイル!」
 だがほかの出席者は笑っていない。コンプラ的に完全アウトじゃないか。


 雄駆は咳払い。
 「輪良井広報官、控えろ。
 多少我々の態度が強引に取られる部分については、正義のためにやむなし。だが、邪魔者を事故に見せかけて殺すことはしない。
 思想的に問題があり、かつ犯罪を計画するような者を特別刑務所に収監したりはするが、これは天下英雄党も合意の上でやっている。問題なかろう」
 「強圧的な態度は認めるんですね」
 「弱弱しい口だけのヒーローを国民が信じると思うか?我々は強くなければ」
 「強ければ何をしても許されると」
 「統制長官。君は私が気に入らないようだな」
 雄駆の顔色が再び怒りに染まっていく。会議室の空気が怒気をはらむ。
 「名誉長官も私が気に入らないでしょうね。ついでに、輪良井広報官も」
 ついで扱いされた輪良井は怒っている。
 一方の甘坂。顔色一つ変えずに、出席者たちを見渡す。
 「私の事が気に食わないなら、私抜きで会議すればいい。
 もっともそのあとでエトフォルテを倒せるかは、おおいに疑問ですが。
 これで国防大臣の娘のフェアリンたちが、エトフォルテに殺されたら?
 『天下英雄党とヒーロー庁は、無謀な作戦を立てて若者を死なせた』
 と世間に吹聴されるでしょう。
 もう国民から私たちは信頼されなくなる。
 悪の組織はヒーローが殺されたのを見て元気になる。
 結果的に、日本が終わります」
 甘坂は続ける。
 「エトフォルテに敵意がないなら、無理して追撃することもない。追撃より先に、映像の真偽を確認すべきです。エトフォルテに非があるならば、ヒーロー庁は根拠を示してください。謎の衛星兵器のことも、すべて。
 そして、エトフォルテ以上に凶悪な悪の組織が新たに出ないとも限らない。国内の防衛対策はこれまで以上にしっかりすべきかと」
 甘坂が七星に視線を向ける。
 悪の組織はほとんどの場合、日曜日に都市部を襲う。
 だからまずあなたがしっかりしてください、という甘坂からのサインを、七星は見た。即座に口を開く。
 「名誉長官。私は甘坂統制長官の意見に賛成します。
 エトフォルテと戦うなら、きちんと対策を考えてからでも遅くない。レギオンのロボを破壊し、こちらの言動を読んだ連中は底が知れない。こうしている間にも、新たな悪事をもくろんでいるかもしれない。都市部の防衛対策は、私が大至急練り直します」
 素薔薇と弩塔も、国内の防衛対策を優先することにしぶしぶ了承した。
 最後に、高鞠が雄駆に進言する。
 「名誉長官。とりあえずは現状復旧最優先で、どうですか。今日中に方針を記者会見で国民に知らせたいので」
 まるでふた昔前の時代劇で、親分の機嫌をうかがう子分のようだ。本来なら総理はヒーロー庁より立場が上のはずなのに。
 名誉長官は、真っ赤な顔を幾分ゆるめ、会議を締めくくった。
 「わかった。エトフォルテ追撃は、しばらく様子を見てからにする。映像の真偽は引き続き調査する。
 七星はヒーロー庁に登録したヒーローたちを再編して、都市部の防衛に専念しろ。エトフォルテ対策は引き続き私と輪良井が担当する。
 高鞠。記者会見には私も出るからな」
 そういうと、名誉長官は立ち上がって会議室を退出する。

 それについていく輪良井。甘坂の前で立ち止まり、ものすごく子供っぽいにらみ顔を見せた。
 豪快に鼻息を鳴らして、怒鳴る。
 「憤怒のふんぬーッ、だ!!」
 お笑い芸人のプライドか、やたらギャグを挟もうとする輪良井。
 だが甘坂はひるみもしないし、笑いもしない。
 「ここはギャグの発表会ではない。早く帰って仕事してください」
 さらに変なギャグ、あるいは捨て台詞を吐いて輪良井は出ていったが、早口すぎて何を言ったのか誰にもわからなかった。

 今後のことが決まったとはいえ、会議室に残った者は誰も満足な顔をしてない。
 互いの感情をぶつけ合った後味の悪さと果てしない疲労感だけが、会議室に漂っている。
 雄駆は強引で尊大。
 輪良井は言いたい放題。
 高鞠は雄駆に追従するだけ。
 弩塔は獣人と聞けば大激怒。
 素薔薇はとにかく子供っぽい。
 甘坂はヒーロー庁への態度がきつい。
 出席者の態度を思い返し、七星は大きなため息をつく。
 せめて部下たちを早く帰宅させられるよう、頑張るしかないようだ。

 

 

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