日曜日。夜9時。
天下英雄党 高鞠総理と雄駆名誉長官は緊急記者会見を開き、さきほどの対策会議で決まったことを発表した。
日本政府は残忍な宇宙獣人エトフォルテと協力者軍師ヒデによる攻撃を受け、ヒーロー庁と天下英雄党のコンピューターの大半を封じられたこと。
それによって今年のヒーロー税は賦課できなくなったため、今年にかぎり全額免除。来年以降、今年の分を請求しないこと。
日本政府はコンピューターの復旧を急ぎ、国内の治安維持に努めること。
エトフォルテが流した動画の真偽について高鞠総理は
「現在確認中であるが、エトフォルテが今回の政府への攻撃及びシャンガインとターン殺害の犯人であることは疑いようがない。
同時にヒーローを殺害する残忍性については疑いようがない。
ゆえに、我々日本政府は、現時点でエトフォルテを敵と認識する以外の答えを持たない。
彼らの指摘した衛星兵器については、今後も調査するが、そんなものが存在するとは現時点では思えない。
国民の皆様におかれましては、エトフォルテの流した動画に惑わされず、政府とヒーロー庁の勝利を信じていただきたい」
と、シンプルかつしっかりした口調で説明を終えた。
一方、雄駆名誉長官は怒りをにじませた声で
「ヒーローを惨殺して政府のコンピューターに攻撃をしかけるとは、言語道断に尽きる。
あの子たちはこの国を守るために立派に戦った。それを殺した宇宙獣人と協力者である悪の軍師ヒデを我々は許さない。獣人ごときにこれ以上大きな顔をさせぬ。日本のヒーローにあだなす者は獣人だろうと悪の組織だろうと、ヒーロー庁が滅ぼす。
絶対にな!!」
そう宣言すると、総理と名誉長官は本来予定されていた質疑応答時間をとらずに記者会見を打ち切り、速やかに会見の場から立ち去った。
数人の記者たちがヤジを飛ばす。
「それでちゃんと説明したつもりですか!!」
「謎の衛星兵器の調査に力を入れるべきだろう!」
それに続き、若い新聞記者の男が声を上げようとしたが、彼は同行していた先輩記者に止められた。
「やめとけ。帰ろう」
「政府は質疑応答を打ち切ったんですよ。こんな不自然な記者会見を黙って見逃すなど…」
「君はまだ若いから。余計なことは言わない方がいい」
この若い新聞記者は、今日初めて政治家の記者会見取材に参加していた。
「あの人たちは言ってますよ」
記者たちは、誰もいない壇上に向かってまだヤジを飛ばしている。
「あれはヒーローの不祥事を扱ってる『週刊スピンドル』と、それに近い新聞の連中だ。我々一流新聞とは住む世界が違う。真似しないほうがいい」
「はあ…」
若い新聞記者は、あいまいに返事をして、仕方なく先輩とともに会見の場を立ち去る。
最後に、スピンドルの記者の叫び声が聞こえた。
「謎の衛星兵器が地上を攻撃するとは考えないのか!!対処すべきはエトフォルテよりそっちじゃないのか!!」
この顛末は会見終了後、すぐにネットニュースに掲載された。
ニュース内のコメント欄、SNSにおける人々の意見は大きく揺れた。
ヒーロー支持者たちは速やかな報復を叫んだが、反対する声も大きい。
巨大ロボを木っ端みじんにした宇宙獣人はヒーローたちを全員殺している。どんな攻撃方法を持っているかわからないところにヒーローを送っても勝てない。死体が増えるだけだ。
なんだと!!悪党をほおっておくのか!!ほったらかしにして、誰かが殺されたらどうする!!
やがて、エトフォルテが地球を出ていくなら別に報復しなくてもいい、という声が出始めた。
エトフォルテの言い分が正しいなら、ヒーロー庁が一方的に彼らを襲ったことになる。擁護したくない。
そして、エトフォルテの指摘した見えない衛星兵器はほったらかしにしていいのか、という不安の声もあふれ出す。
ネット上は会見終了から1時間もしないうちに激論の応酬となった。
すると次第に、全く別の視点からの声が、報復賛成・反対を超える勢いで増え始めた。
毎年6月になると、18歳以上の国民はヒーロー税を納める。年1回とは言え額は高く、かねてから野党のみならず天下英雄党内からも、高すぎでは?、という声があった。
全額免除方針は、ヒーロー庁も天下英雄党も予想しなかった感情を、国民から引き出した。
ネット上にあふれ出した感情は、喜びである。
『今年はヒーロー税を払わなくていいんだって!!』
『家族みんなで相談して、浮いた金で温泉行くことにした』
『1人分でもちょっとした家電買える。得しちゃった』
『私の子供は明日焼肉に連れて行けって。貯金したかったのに…』
『いいじゃない。子供が喜べば』
『子供の笑顔は国の笑顔。大事にしましょう』
『うちは子供と素敵なステーキハウスに行く予定です』
『うまい(いろんな意味で)』
『ヒーローをささえる税金を払わないことを喜ぶなんて。ヒーローを馬鹿にすると、TVに出られなくなりますよ!!』
『ヒーローを馬鹿にはしていない。今年の税金が浮いたことをみんな喜んでるだけ』
『宇宙から降りてきたエトフォルテと軍師ヒデは、侵略者じゃなくて福の神かもネ』
『その福の神はヒーロー殺して国のコンピューター壊したの。大きな声で褒めちゃダメ』
『死んだヒーローには大いに哀悼の意を表します』
『ヒーロー税払わなくしてくれたエトフォルテと軍師ヒデには、小さな声で感謝申し上げます』
『そういう問題じゃない』
『ウィルス攻撃はアカンけど、なんか事情があるっぽいから仕方ないんじゃね?』
『獣人意外と普通に話してる』
『嘘つきには見えないよ』
『でもヒーローを殺してる。それは間違いない』
『事情があっても殺人は殺人。いけないこと』
『正当防衛という言葉もあるぞ』
『エトフォルテの事情はあれでわかったけど、ヒーロー庁完全に説明不足』
『エトフォルテと軍師ヒデのせいだとしか言わない人たち。もっと詳しい説明してよ』
『なんかヒーロー庁あんまり信じられなくなっちゃった』
『駄目になったコンピューターって、天下英雄党とヒーロー庁のだけらしいね。あと天下英雄学院』
『標的しぼっていたなら、迷惑かけたくなかった、っていうの嘘じゃないかも』
『攻撃した後で“日本国民に迷惑をかけたくなかった”なんていう悪の組織。初めて見た』
『謝るなら最初からやるな』
『コンピューター直す人たちにはいい迷惑』
『でもやらなきゃヒーロー総攻撃してたよね。エトフォルテを』
『何年かに一度TVでやる、総攻撃と言う名のフルボッコ』
『必殺技の合同発表会にして悪党イジメになるアレ』
『本当の悪党にやる分にはいいよ。エトフォルテにやっていいの?』
『動画が本当ならあいつら被害者だ』
『その場合、ヒーロー庁は加害者。やったことは悪人討伐じゃなくて、本当のイジメじゃないか』
『そして宇宙に謎の衛星兵器が浮かんでいることになる。政府は対策しないの?』
『まあでも、表に出ないだけでヒーローの不祥事って多いらしいからねえ』
『涼しい顔して悪さする元ヒーローも少なくない。昔知り合いがひどい目にあわされた』
『ヒーローの不祥事や失敗談メインに扱ってる週刊誌のスピンドル。よくヒーロー庁怒らないよね』
『本当の不祥事を扱ってるからでしょ。ヒーローがやった投資詐欺とか浮気とか』
『たまに読むと笑っちゃうからつい買っちゃう』
『被害にあった人は笑えない』
『ヒーローを殺した醜い獣人をほめてヒーローを馬鹿にするなんて。TVに出られなくなりますよ!!』
『そのアナウンサーネタもうやめろ』
『仮面の軍師ヒデは、なんで宇宙獣人に協力してるのかね』
『コンピューターウィルスとは手口が邪悪。悪の軍師ヒデめ!!』
『実は俺の本名、“ヒデ”。別の名前を名乗ってほしかったよ。友達にからかわれて困ってる』
『同じ名前の人が可哀そう』
『全国のヒデ氏に風評被害が!!訴えてやる!!』
『訴えたら軍師ヒデは、裁判所まで来てくれるかな?』
『良いとも、なノリで来られても困る』
『宇宙船から出てくるな』
『策略に秀でてそうな感じではあるよね。ヒデだけに』
『シャレか』
『宇宙獣人が信じるってことは、意外といい人なのかもね、ヒデ』
『獣人たちの話が本当なら』
『特番で見た体つきにぎょっとしたけど、ヒーロー大図鑑に載ってる怪人よりはマシな気がする、エトフォルテ』
『団長の顔、男前だった』
『筋トレが趣味のうちの兄、いい体だ!って褒めてた』
『ヒーローに勝ったのも納得な体つき』
『服の上からわかるのか』
『わかる』
『それな』
『それ、弩塔副総理の支持者の前では、言わない方がいいよ。あの人も支持者もガチの獣人嫌いだから』
『あの人、家族を獣人に改造されちゃったんだよな。ゲドーの派生組織に。それでマスカレイダーになった』
『気の毒だけど、獣人みんなまとめて嫌ってやっつけようってのは…』
『副総理の考えは雄駆照全、マスカレイダー・ゼロの教え。つまりそういうこと』
『嫌いでもいいと思うけど、言い方を考えてほしい。あれじゃ名誉長官、獣人を皆殺しにするって言ってるみたい。オレ獣人嫌いだけど殺したいとは思わない』
『そこまでは記者会見で言ってなかったよ、名誉長官』
『別の所では結構言ってる。副総理も』
『副総理は国会議員になる前、獣人風のキャラが出るアニメやゲームを規制する活動を本気でしていた』
『そうなの?』
『さすがにTV局やゲーム業界を敵に回すのは得策じゃないと見て、やめたみたい。でも当時、そういう団体の冊子に獣人排除のコラムを書いてた。私は親が支持者だから持ってる。内容はかなりやばい。そのせいで、家で獣人の出るマンガとかは話題にできない』
『天下英雄学院では、獣人を嫌うための授業とかカウンセリングがあるらしい。弩塔副総理の方針なのかな』
『雄駆照全名誉長官の方針だろ。最初のマスカレイダーには誰も逆らえない。天下英雄党の大半は名誉長官の舎弟だよ』
『獣人保護する国際条約に参加する話は?やっぱやめるの?』
『あの言い方だとやめると思う』
『ほとんどの国民には条約も獣人も関係ない。もっと国民の生活考えて政治してよ』
『天下英雄党もヒーロー庁も、国民に迷惑かけない方向で仕事してほしい』
『そもそもヒーロー税高すぎ。防衛対策は否定しないけど、来年はもっと下げてと言いたい』
『どうせ政治家は聞かないんだろうけど』
『それでも言わなきゃ気が済まない』
『批判的なこと言って。処罰されたらどうすんだ』
『罰したければしろと言いたい』
『その言葉の責任を、君はとれるかな?』
『この手のコメントをネットでもう1万人以上が言っている。いっそ全員捕まえて刑務所に入れるか、事故に見せかけて殺してみればいい。そんなにでかい刑務所はないし、払う人が死ねば税収が減るだけ。要するに痛い目を見るのはお偉いさんだけ。払う人のことを考えてなかった責任を、取ってほしい』
『お主、よく言った』
『ヒーロー税が高いと今までみんなネットで言っていた。新聞やTVが言わないだけ』
『いつかこうなると思ってた』
『みんなこうなると思ってた』
『だからみんなで言えば怖くない』
『それな』
『いい機会だから政府は来年ヒーロー税下げて!!ちゃんと払う気はあるから!!』
『下げる気がないなら福の神様に来年もお願いしようぜ』
『来年も、やってくれるかな?』
『良いとも!!byエトフォルテ』
『なんか懐かしいやりとり』
『来年だけと言わずあと追加で4,5回くらい…』
『4,5回はダメ!!さすがにヒーロー庁が怒るよ!!始末されちゃうよ!!せめてあと1回で!!』
『それな』
『あと1回だって駄目だろ!!』
『迷惑してる人もいるんだから!!いい加減にしろ!!』