エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第75話 みんなのために!!

 首都ティアーズは本城と王族や家臣たちの館が集まる城塞地区を中心に、4万人近い市民が暮らす市街地、外敵から身を守るための防壁の三層構造になっている。
 本城内部の防災本部では、騎士が市民に向けて緊急避難案内を読み上げている。


 『首都ティアーズ市民に次ぐ。破壊神デストロが、ティアーズに向かって接近中。大至急、騎士団の誘導に従い、城内に避難してください。繰り返します……』


 音声は最近導入されたばかりの日本の音響機器で拡声され、市街地に鳴り響く。さらに街中で、騎士たちが緊急事態を知らせる鐘を叩いて回っている。
 ついさきほどまで、リルラピス王女の首都帰還に歓喜の声を上げていた市民たちは一変。恐怖の悲鳴を上げ、騎士たちの誘導に従い城内に向かって殺到する。
 城塞地区は緊急時、首都の市民を全員避難させられる広さがある。城内は瞬く間に避難民であふれかえっていく。


 アナウンスと鐘の音、城塞地区に殺到する悲鳴と足音が鳴りやまぬ中、リルラピスはマスカレイダー・フェイタルブロンと化した叔父と激しく戦っていた。
 城内の屋根から屋根を風の魔術で飛び移り、避難民の入ってくる方向からブロンを引き離して戦う。
 ヒーロースーツを着たブロンは、防御力も移動速度も上がっている。何より、攻撃力とどう猛な態度が天井知らず!リルラピス自身、魔王軍の手先と戦ったが、こんな敵はいなかった。
 強力な武器である聖杖クリスティアロッドを思わぬ形で手にできたが、ブロンはこちらの魔術をものともせず襲い掛かってくる。リルラピスは防戦一方。
 とうとう、ブロンの蹴りを腹部に食らい、壁にたたきつけられた。
 苦悶の声を上げるリルラピス。
 「くうううう!!」
 体を覆う不可視の防護膜アブゾーバーで致命傷は避けたが、体内に鈍い痛みが残る。すぐには立ち上がれない。
 呼吸を整えて、痛みを和らげなくては!叔父が追い打ちをしてきたらおしまいだ。
 焦る自分の目の前で、ブロンは追い打ちをかけない。
 「メイン武装は剣だが……、蹴りも悪くない」
 ブロンは空を蹴り上げてみせる。頼んでもいないのに、能力解説を始めた。ヒーローの力に酔い知れているのだ。
 「このスーツは、装着者のスタミナに応じて疲労を軽減する薬剤を自動的に注入する。ふふふ。すごいだろうリルラピス。疲れ知らずの素晴らしい力を、俺は手に入れた!もう息切れはありえないぞ」
 さらに剣を掲げ、勝ち誇る。
 「何より、この『フェイタルザンバー』!ノーマルモードでこの威力なら、オプション装備でどれほど素晴らしくなるだろう」
 ブロンの剣『フェイタルザンバー』は、光の刃を飛ばす。こちらの光の魔術で壁を作り防ぐことはできるが、貫通力が魔術とはけた違い。体に直撃したら、おそらくリルラピスはアブゾーバーごと真っ二つになる。
 避難案内が、城内にも設置されたスピーカーから二人の耳に聞こえてくる。

 『破壊神デストロが、ティアーズに向かって接近中。大至急、騎士団の誘導に従い……』

 「耳障りなのだっ!」
 ブロンは一喝し、ザンバーを一閃。
 アナウンスを流していたスピーカーを破壊した。
 「デストロが来ようと関係ない。俺はお前を殺し、ここを脱出する!」
 リルラピスは立ち上がりながら、言う。
 「……王のくせに、逃げるのですね」
 「戦略的撤退と言ってほしいな」
 ああ言えばこう言う、だ。リルラピスはもう呆れるしかない。
 「国民は、もう誰もあなたを王だと思いません」
 「新たなクリスティア王国には王である俺さえいれば問題ない。お前が死ねば、国民は立ち上がる気力を失う。嫌でも俺に従うさ。いや!従わせてみせる!」
 もう我慢ならない。リルラピスは、怒鳴った。
 「どこまで、国民を馬鹿にすれば気が済むのですか!」
 ブロンは意に介さない。
 「俺は悪くない!お前と兄上が魔術と伝統を甘い言葉でちらつかせて、国民を誘導した。ヒーロー武装や科学技術への転換を止めたのがいけないのだ!」
 父も自分も、日本からの支援や科学技術を全否定するつもりはなかった。自動車は便利だし、科学技術の良さは可能な限り取り入れるつもりでいた。ただ、国防に直結する大事な技術・手段を、すねかじりのごとく他人に丸投げしたくなかっただけ。
 「甘い言葉で国民を誘導したなんて、言ってほしくない!」
 リルラピスの怒りをよそに、ブロンが怒鳴る。
 「いいかリルラピス!この事態はお前と兄上が国民を巻き込んで引き起こしたのだ!悪いのはお前だ!悪いのは俺についてこなかった国民だ!」
 「……私と父上を許せないなら、それでいい」
 ここまでやった以上、叔父に恨まれる覚悟はある。
 「だけど!国民を馬鹿にして、痛めつけるのは許さない!」
 「国民国民と!なぜそんなにかばうんだ」
 「国民あっての国、王室!王室は国民の健やかな生活を支えるためにある。あなたはそんなことすら、わからなくなったのですか」
 「ああ、わからない!わかりたくもない!国民を優しく守ってやったところで、俺の心は救われないし満たされない!」
 リルラピスは、ヒーローマスクの下でブロンがあざ笑っているように感じる。
 「お前だって、俺と同じ人間だ。国民のために永遠に強く、優しくあり続けられると、本気で思っているのかっ!?いつかお前だってわかるさ!国民のために頑張るなんて、馬鹿馬鹿しいわ、と!俺のように、国民を服従させたいと思うようになるさ!」
 リルラピスは、父の言葉を思い出す。父が語っていた、母の強さを口にした。
 「私は、人に優しくあること、人を愛することを忘れない!そのために強くあり続けたい!叔父上。国民を脅かすあなたは、私が倒します!」
 本当を言えば、今すぐにでも戻って、仲間たちとデストロ対策をとりたい。
 だが、ブロンは絶対に自分を逃がさない。国民を巻き込んでの攻撃をためらわないだろう。
 叔父上は自分が倒す。何が何でも。そして仲間たちの元に戻る。
 両親と、仲間たちから得た教えを思い出せ。
 新たな仲間であるエトフォルテが教えてくれた、日本のヒーロー対策を思い出せ。
 心に積み重ねてきたものを、魔力に変えて解き放て!国を、国民を、みんなを守るために!
 リルラピスは聖杖を振ると同時に、舞うようにステップを踏む。
 ただの踊りではない。大気中の水素と酸素を大量にかき集めつつ、隙あらば接近してきた相手を杖で叩きのめし蹴りつけることもいとわぬ、攻防一体の動作だ。
 集めた水素と酸素を一気に凝縮。巨大な水球を作り出し、水の攻撃魔術を発動。
 その姿は、戦う人魚姫のごとし。
 「ハイドランジアウェーブッ!!」
 水球から、蛇の頭部が八方から飛び出し、ブロンを襲う。
 ブロンはフェイタルザンバーに、炎を象ったオプションパーツを取り付けた。無駄に派手な効果音と合成音声が鳴り響き、ザンバーが真っ赤に輝く。勇ましい合成音声が技名を叫ぶ。
 『マジェスティックヒートザンバー!!』
 ブロンは襲い掛かる水蛇を斬り裂いていく。超高熱の刃は水を一瞬で蒸発させ、あたりはもうもうとした蒸気に包まれる。
 蒸気の中で堂々と仁王立ちするフェイタルブロン。
 その姿は、風呂上がりの日本のヒーローのごとし。
 「しょせん魔術など、フェイタルブロンの前では児戯も同然!心だけで何ができる!」
 リルラピスは、もうひるまない。
 「魔術は心で放つものなり。この心がある限り、私は戦える!みんなのために!」
 クリスティアロッドを構え、リルラピスはブロンに向かい駆け出した。


 同じころ。
 エトフォルテの司令室では、デストロのティアーズ転進を聞いてタイガ、マティウス、リーゴ、モルルたちが困惑していた。
 デストロの進路は、クリスティア現地にいる十二兵団員がその都度報告している。デストロはフェアリンを追いかけ、エトフォルテの方角をもう見向きもしない、という。
 タイガは頭を抱え、叫ぶ。
 「ダメだ!電波の強度を上げてもデストロがこっちを向かないなんて!」
 マティウスが、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
 「昨日の戦闘でデストロが、ティアンジェルを狙っていることに気づいた。自分たちの姿を見せれば、誘導できると思っているに違いないわ」
 デストロをティアーズに誘導して、強制労働を知るブロンたちやクリスティア国民を一網打尽にし、何もかもまっさらにする。こうすれば、ユメカムは被害者面して堂々と日本政府とヒーロー庁に助けを求められるから。
 通信機でヒデからフェアリンたちの未来予想図を聞いたタイガは、この先を思い描いて恐怖した。デストロがこっちにやってくるころには、ティアーズは全滅している。
 仮に主砲でデストロを倒せたとしても、次はヒーローがやって来る。戦力はレギオン・シャンガインやマスカレイダー・ターンの倍以上だろう。エトフォルテは絶対に助からない。
 タイガの頭の中は焦りと恐怖で一杯になり、尻尾はぶるぶる震えている。
 「どうしようみんな!兄貴が、ヒデたちが!王女様たちだって!」
 ああ、エトフォルテの皆も、団長のオレが守らなきゃならないってのに!
 泡を食ってパニクるタイガを、技術主任のリーゴがいさめる。
 「タイガ。落ち着け。慌てたって事態は良くならん」
 「でも主任!兄貴たちが、ヒデたちが!早く対策を考えなくちゃ!」
 リーゴがタイガの肩を強くつかんで、言う。
 「だからこそ、慌ててはならん!」
 ゴリラのごとく太い腕の力強さが、つかまれた箇所からタイガの心に伝わってくる。リーゴが、ゆっくり言う。
 「地球に初めて来た日を思い出せ。あのとき、焦ったまま会議をしていたらどうなっていた?」
 そうだ。あの時焦ったまま会議していたら、エトフォルテは対策を満足にとれぬまま、シャンガインに負けて皆殺しにされていただろう。
 モルルが、冷静な口調で言う。
 「タイガ。主砲と重力制御装置をいつでも使えるよう、準備は済んでいます。あとはクリスティアにいる仲間たちが、デストロを海上におびき出してくれることを信じましょう」
 「うう、すまん。オレ、団長なのに……」
 みんなみたいに冷静な態度が取れなかったことが恥ずかしい。タイガは地球に来て以来、最大の自己嫌悪に陥った。自己嫌悪している場合ではないと、分かってはいるけれど!
 しばしの後。マティウスがぽん、と手を叩いて、皆に言う。
 「今はみんなリラックスが必要ね。深呼吸しましょう」
 マティウスは両腕を水平に広げ、皆に呼びかける。
 「はい、深く息を吸って~」
 すうううう、と、司令室にいるみんなで息を吸う。腕を水平に広げて。
 「はい吸って~」
 すうううう。
 「はーいもっと吸って~」
 すうううう。
 マティウス、スリムな割に意外と肺活量高いな、と思いつつ、タイガはツッコミを入れる。
 「いつ吐くんだ?」
 ツッコまれたマティウス、あらヤダ、と苦笑い。
 「緊張して吐くの忘れちゃった」
 おいおい、と、みんな思わずマティウスにツッコミを入れる。
 モルルがほっ、とため息をつき、呟く。
 「緊張してたの、私だけじゃなかったのね」
 いつもの冷静かつ理知的な先輩が、安堵とくだけた笑顔を見せている。
 「先輩も緊張してたの!?」
 くだけた言葉遣いのモルルを、タイガは初めて見た。モルルはいつでも沈着冷静で、仲間に対する口調は敬語。緊張や混乱とは無縁の人だと思っていた。
 モルルは苦笑い。
 「情報分析担当が慌てたらよくない、と思って、いつも慌てないように頑張ってたけど……。さすがに300メートルの破壊神を相手にするのは、緊張するよ……。実は尻尾、震えっぱなしだった、ほら」
 よく見ると、モルルの尻尾は小刻みに震えていた。
 「それでも私は、仲間を信じてみんなと頑張りたい。みんなのために冷静でありたい、と思ってる」
 モルルの言葉に、タイガは頷く。
 「オレだって、みんなと頑張りたい!」
 緊張感を共有したことで、さらに緊張感が高まる。だが同時に、仲間たちに新たな覚悟も生まれた。
 みんなと最後まで一緒に頑張る覚悟だ。
 モルルがこほん、と咳払い。
 「では気を取り直して、タイガ。改めて船内のみんなに指示を」
 タイガは指令室のマイクをつかんだ。
 「タイガからエトフォルテのみんなへ!デストロがティアーズに進路を変えたが、誘導用の電波はこのまま発信し続ける。王女様と兄貴たち、そしヒデたちが必ずデストロをここにおびき寄せるはずだ!デストロを正面に捕捉したら、重力制御装置で空中に拘束し、主砲で仕留める。この作戦は続行だ!!みんな、力を貸してくれ!!」
 よっしゃ団長、任せろ!
 船内各所から、団員達の頼もしい返事が返ってきた。

 
 

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