そして現在。
玉座の間でヒデとリルラピスたちは、バルテス国王暗殺の首謀者であるブロン、そして協力者である芸術大臣のビルと対峙した。
リルラピスの仲間は、ウィリアム、アレックス、グラン、エイル、ライト、パズート。そして仲間の騎士と兵士、魔術師ら30人。
ヒデに同行したエトフォルテの仲間は、まきな、アル、ジューン、孝洋。そしてハッカイとカーライルに、十二兵団員10名。ヒデたちはマティウスが調整したユメカムのスマートウォッチ(マークⅠ)を装備し、不可視の防護膜アブゾーバーを発現。ヒーロー並みの防御力を手に入れている。
城内はこの場にいないリルラピス配下の騎士と兵士、そしてこちらに寝返った者たちが次々とブロン派の者を取り押さえにかかっている。
味方の数は、この1,2時間で爆発的に増えた。ほとんどの国民は、ブロンによるヒーロー武装や科学技術の導入、ユルリウス神の廃止に否定的で、なおかつバルテス前国王を信じていた。リルラピスが首都ティアーズ帰還を知り、次々と味方となっていった。
今ブロンは、40人以上の敵に囲まれた状況である。芸術大臣のビルは、恐怖と混乱のあまり玉座の間を取り囲む柱の裏に隠れてしまった。
ヒデたちの目の前で、ブロンの顔は混乱と怒りで鬼の形相と化した。
「ステンス以外の近衛騎士はどうした!?」
ニヤリと笑って答えるのは、リルラピスの近衛騎士であるアレックス。
「みんなまとめてとっ捕まえたよ」
ステンスに化けたヒデは、頃合いを見て
『緊急の打ち合わせがある』
と言い、近衛騎士たちを会議室に全員呼び寄せた。そして、城内に入ったアレックスたちに取り押さえてもらったのだ。
同じく近衛騎士のウィリアムが言う。心底、残念そうに。
「全員、近衛騎士の名が泣くほど油断していた。叔父上。あなたは戦略も人選も誤った」
リルラピスはすっと、前に出て訴える。
「叔父上。降参してください」
ブロンが、真っ赤な顔で一喝。
「黙れ反逆者ども!!」
そしてサディスティックな表情を浮かべる。
「俺は王位継承法のもと、真印が押された遺言状に従い王になった!!リルラピス。今お前は王位継承法に逆らっている!お前は、王の暗殺をたくらんだ挙句エトフォルテとつるんだ!!正当な王たる俺に逆らえば、同盟国である日本とヒーロー庁が黙っていないぞ!」
リルラピスが毅然として言い返す。
「叔父上が父上に毒をもって、遺言を偽造したことは明らかです!」
「あれは病気だ!遺言は正当なものだ!俺が毒殺をもくろんだ証拠があるなら、見せてみろ、聞かせてみろ!!証拠を見せたら潔く何十回でも謝ってやろう、反逆者ども!!」
ヒデは、すっと口をはさむ。
「さきほどステンスと何を話したか、すっかりお忘れのようだな。あなたは自分の口から、妻に毒薬を調合してもらいバルテス国王を暗殺。遺言状を偽造した、とはっきり言った」
ブロン、狼狽。
「ど、どうやってそれを知った!?」
「知りたいか?だが教えない。さきほどの会話の音声と映像は記録済み、とだけ言っておこう」
さらにヒデは告げる。
「音声と映像は、今すぐ世界中に公開することもできる。これを見たら、誰もあなたを王とは認めまい」
ヒデはステンスに化けた時、記者のジューンが持っていたICレコーダーを服の中に忍ばせておいた。のみならず、従者として同行したアルが、機械の体を駆使して一連の会話を映像として記録している。データはすでにエトフォルテに転送した。
直後、ブロンが吠えた。
「国王は俺だぁーっ!!」
ブロンは叫ぶなり、聖杖クリスティアロッドを構える。そして光の魔術を発動した。
巨大な光の玉がリルラピスたちに向かって放たれる。
リルラピスが杖を構え、魔術で光の壁を作り出し仲間を守った。だが完全に防ぎきれず、爆風が周囲の壁を砕く。爆風でみんな体勢を崩したが、ダメージはない。
ブロンは胸を張る。
「はははは!!王家の聖杖を、心の力を無限に魔力に変えるクリスティアロッドを持っているのは俺だ!!魔術の威力はまだまだ上げられる!!ケダモノ宇宙人が居ようと俺を倒せるものか!!」
傍若無人な暴君の高笑いが、玉座の間に鳴り響く。
「はははは、はあはあ」
高笑いが、情けないほど一気に衰えていく。
「はあ、はあ……。馬鹿な、魔術一発放っただけで、王が息切れだとおお!?」
ブロンの顔は汗だくで、ぜいぜいと息を切らしている。明らかに疲れ切っている。魔術一発放っただけで。
その姿を、エイルが冷ややかに分析する。
「魔術は本来、身体操法により空気中の元素を心の力で引き寄せて放つ術。いくら魔力が無限でも、体を鍛えなければ息切れは当然ですのよ」
王になって以来、日本のヒーロー武装や生活様式を取り入れ、豪奢な生活を楽しんでいたブロンは、すっかり肥え太り、運動不足になっていた。
グランが、悲しみと怒りに満ちた声を上げる。
「貴方が昔のように、武人として魔術の鍛錬をしていれば、こんな情けないことには……。なぜだ。あなたは、なぜここまで堕落した!なぜバルテス様を暗殺し、王女様を遠ざけた!我々は……王室の一員にして、立派な武人であるあなたを信じていたんだぞ!」
その言葉に、リルラピスも、クリスティアの仲間も悲し気な表情になる。
この情けない男は、2年前までバルテス国王やリルラピスと同じ、国民を導く王室の人間だった。信じていた者も多い。
「……信じていた?俺を?」
ブロンは、息切れしながらも攻撃的な表情を変えない。
「お前らが勝手に俺を信じたんだろう!!俺の何がわかる!!俺の失ったものがどれだけ大きいか、お前たちは考えたことがあるか!!」
汗をぐい、と拭い、さらに怒鳴るブロン。
「4年前、俺は息子を魔王軍に殺された。神器を魔王軍に渡すまいと持ち出して日本人に託した息子のアミルは、骨壺に入って帰ってきた!この気持ちがわかるか!兄上は妻を殺されたが、最期を看取ってやれた。そして兄上にはリルラピス、お前がいた!夢を託せる子供が!王としての地位を約束されたお前が!兄上もお前も、俺より恵まれている!」
駄々をこねる子供の様に頭を振り乱し、地団太を踏むブロン。
とうとう、涙を浮かべて絶叫した。
「お前と兄上がうらやましい!お前と兄上の考えた政策を、みんなが支持するのが許せない!国民と一緒に前向きに明るく生きようとしやがって!俺の意見は否定され続けた!お前と兄上の存在が、俺をこんな風に変えたんだ!……お前が生きているのを見るだけで、俺だって、イリダだってえーっ!お前と兄上が、俺よりもっとひどい目に合えばよかったんだよおおお!」
リルラピスが、絶叫に対し呆然と呟く。
「……私が4年前に死んで、アミルが生きていたら、叔父上はこんなことをしなかった、と……?」
「そうだ!俺は兄上やお前の言葉が、国民の声が、ノイズにしか聞こえなくなっていったのだ!!俺とイリダは、耳障りなノイズをもう聞きたくなかった!」
自分勝手極まりない暴論だが、ブロンはリルラピスに己の魂をさらけ出してぶつかってきている。
「俺は、兄上の名代として訪れた日本で自由を知った。政治家が、企業が、人の上に立つ者がヒーローという神輿(みこし)を担いでやりたい放題。国民は彼らを支持していればそれでいい。なんて楽でいいんだと思った!魔術を習得する努力もなく、気軽に手に入る圧倒的なヒーロー武装の力、便利な家電。こんな国のように生きられたら!何より、高鞠首相と雄駆名誉長官だけだ。俺の悲しみに寄り添ってくれたのは。そしてヒーロー武装を勧め、俺こそが王にふさわしいといつも言ってくれた!」
ヒデは、ブロンの話にゾッとした。
日本人へのひどい評価以上に、まずいものを聞いてしまった。この言い方だと、総理と名誉長官がバルテス国王暗殺を勧めたようにも聞こえる。
さらに悔し気に歯ぎしりして、ブロンが怒鳴る。
「だから、文明開化したかった!新しいクリスティアを作ろうとしたんだ!正しいのは俺だ!!兄バルテスを殺したのは、暗殺じゃない、義挙だ!!」
ブロンの言葉責めは止まらない。
「俺は国のことを考えたから、ヒーロー武装を取り入れようとしたんだ!クリスティウムを売って資金を得ようとしたんだ!リルラピス!お前と兄上はいつも俺を否定し続けた!古い国で居続けることを望んで、変化を否定した!」
リルラピスの体が、怯えで小刻みに震える。
「わ……私は父上やみんなと一緒に、この国の伝統を、自然を守りたくて……!叔父上も叔母上も傷つけるつもりなんて……!」
そして精一杯、反論する。
「復興に協力してくれた日本人を強制労働させて、密約で島民を追い出そうとするなんて!これも義挙といいますか!」
リルラピスの反論に、ブロンは負けじと言い返す。
「じゃあ自分の行いこそ義挙だと?叔父上と叔母上を傷つけたくなかった、と言いながら?ふざけるな!お前は、俺を日本で殺そうとした!兄上を殺した俺と、俺を殺そうとしたお前、どこが違う!同じだろうが!」
リルラピスは暴論に魂を飲まれかけている。全身が震え、目には涙が流れていた。
まずい!ヒデは思った。暴論に押し切られたら、リルラピスの魂は完全に折れてしまうかもしれない。
「い、い、いい加減にせんか!!」
そこに、震える声で割り込んだのは、ヒデではない。
元大臣にして、王室の教育係でもあったパズートだ。
「魔王軍との戦いで、大切な者を傷つけられたのはお前だけじゃない!!そ、それをわかっていながら、王様を殺めて王女様を泣かせて!!挙句、我が国の伝統と自然を破壊して、国民まで泣かせた!!ワシゃあ言うぞ、はっきり言うぞ!!」
ガタガタ全身を震わせて、ブロンに人差し指を突き付けるパズート。
「バルテス王と王女様は誠心誠意、国民の安寧のため、苦難の前に立って伝統を守る!アンタは全然違う!アンタの行動は自暴自棄、私利私欲!自分の辛くて悲しい思いを、バルテス様を殺し、他人を虐げて新しい技術で紛らわした。義挙じゃない、現実逃避じゃ!」
率直な指摘に、ブロンの顔がぎょっとなる。
「パ、パッさんのくせに生意気だぞ!!」
パッさん呼びは王室関係者の中で浸透していたようだ。ブロンもかつては、教育係である彼を”パッさん”と慕っていたのかもしれない。
パズートの顔に、悲しみの色が浮かぶ。
「……アミル様のことは、本当に残念じゃった。悲しみに暮れる気持ちもわかる」
「うるさい!何も失ってないだろうが、パッさんは!」
「ワシだって次男を魔王軍に殺されている!」
ブロン、ハッとなる。
パズートは悲しみを振り切るように、声を張り上げる。
「正直今だって悲しい。だが、ワシは悲しみと苛立ちを人にまき散らす真似はしない。息子も王室を、国民を守ろうと頑張った。だから、ワシは王女様に尽くす。息子に対するワシの誠意じゃ!ワシは王室の教育係として、一国民として、死ぬまで王女様の味方でいる。魔術をもってクリスティア王国を守り続ける!」
震えながらリルラピスのそばに立ち、ブロンをにらみつける元大臣の勇姿は、仲間たちに不思議な勇気を与えた。
おお、と歓声を上げたのは、ウィリアム。
「パッさん、よく言った!!」
そうだパッさん!!自分たちも王女様の味方だ!!リルラピスの仲間たちも声を上げる。
リルラピスの目に、力が戻った。
「……叔父上。クリスティア王室は、国民の健やかな生活と国土の安寧のためにわが身をささげる責を担う。私は、この国と国民が好きです。その気持ちを貫き、王室の宿命に殉じます。だから戦う!王室の尊厳を汚し、国民を虐げたあなたと!」
「カビの生えた魔術で、心だけで、この国を守っていけると思うのか!」
ブロンの問いかけに、もうリルラピスはひるまない。
「今は、この心が私の、いいえ、私たちの武器です!」
王女の決意に、仲間たちの団結力は最高潮に達した。皆が武器を構え、ブロンを鋭くにらみつける。
この光景にブロンは、ひるむどころか、ぺっ、と唾を吐く。
そして、手にしたクリスティアロッドをリルラピスのほうへ投げつけた。
彼の行いと顔を見たヒデは、戦慄した。
なぜ武器を捨てた?
孤立無援のこの状況で、なぜさらにやる気に満ち満ちた表情を浮かべる?
ブロンの自信の源は、一体?
ブロンが力強く叫ぶ。
「俺は、俺の国は!魔術という古臭い文化を捨て、日本の技術を取り入れて生まれ変わる!リルラピス、ロッドはお前にくれてやる」
ブロンが身に着けている豪奢な服のポケットから、何かを取り出す。
彼の手につかまれた“何か”は、即座に変形してブロンの腰に巻きつく。またたく間にブロンは、日本のヒーロー、マスカレイダーが身に付けそうなベルトを装着していた。
ブロンはついこの前まで日本にいた。
日本はヒーローの国。そしてヒーロー武装を取り入れたブロン。
とっさにヒデは叫ぶ。
「まずい!やつは『変身』する!射殺を!」
リルラピスをさしおいての射殺指示は越権行為だが、誰も攻撃をためらわない。
クリスティア騎士が魔術弓を、エトフォルテの仲間が銃を構え、発射する。
だが、遅かった。
大げさすぎる変身メロディと合成音声による歌声がベルトから鳴り響き、ブロンの体が激しい光に包まれる。
矢と銃弾は光によってそらされ、玉座の背後の壁に激しくたたきつけられる。
激しい光が収まるとそこには、ゴールドとメタリックレッドに彩られた、マスカレイダー風のヒーロースーツに身を包んだブロンがいた。
スーツは、王冠を被った神あるいは悪魔のような荘厳なデザイン。重厚な西洋鎧を模したプロテクターが、頑丈さを見せつけていた。
ヒーローと化したブロンは、高らかに宣言する。
「この前の訪日で、雄駆名誉長官から直々にもらったマスカレイダースーツよ!!ふふふ。魔力操作の枷から解き放たれたヒーローの力を、俺はついに手に入れた!!」
肥満体とはいえ、もとは武人として名をはせた男。全身からにじみでる威圧感は、シャンガインやターンの比ではない。
「マスカレイダーこそが、日本のヒーローの始まりにして最強。私はこの姿を、マスカレイダー・フェイタルブロンと名乗ろう!そして始めよう!新たな伝説を!」
ブロンが右手を突き上げる。
すると虚空から、いかにも日本のヒーローが好みそうな派手なデザインの大剣が現れ、ブロンの右手に収まった。剣にはオプションをたくさん装着できそうな接続穴がいくつも空いている。
大剣から派手な光と効果音が鳴り響く。合成音声による勇ましい歌もセットだ。ブロンはメロディにあわせ、残忍かつ豪快に笑いながらブンブンと剣を四方八方に振った。
剣から放たれた光の斬撃が、玉座の間の床を、柱を、豪華な装飾品を次々と斬り裂く。こちらを攻撃するための動きではない、とヒデは察する。ブロンは己の強さを誇示しているのだ。この動作と威力に、仲間のクリスティア兵士たちが恐れおののく。
武器の性能と敵の反応に満足したらしく、ブロンは胸を張り豪快な笑いを上げる。
「すごい我がパワーだ!リルラピス、お前の心と体を、全力で叩き潰してやろう!」
床を踏みしめたブロンは駆け出し、一気にリルラピスとの距離を詰めた。重いプロテクターをまとっているとは思えないほどの、暴力的な加速で。リルラピスは拾い上げたクリスティアロッドを構えたが、魔術発動前にブロンに組み付かれた。
騎士たちがブロンに斬りかかろうとする。
「遅い!」
ブロンはリルラピスに組み付いたまま、美しい装飾に彩られた窓に向かって突進。壁の一部も巻き込んで窓ガラスを盛大に破壊し、飛び出した。
ヒデたちは破壊された窓辺に駆け寄る。
眼下のリルラピスは、なんとかブロンから脱出できたらしい。風の魔術を発動して落下速度を軽減、城の屋根に着地する。ブロンは彼女と向き合う形で反対側の屋根にいた。
リルラピスがヒデたちのほうを向き、叫ぶ。
「私が、叔父上と決着をつけます!!」
ロッドを構えると、さらに大きく跳躍して城から離れた。ブロンが追いすがる。
人魚姫を思わせるリルラピスのドレスは、そのまま戦場にも立てる様エイルが仕上げた魔術機構搭載の一級品。本人の魔術師免許は特級。
だが、最新のマスカレイダースーツ相手にどこまで戦える?皆が焦りを募らせ、リルラピスを追いかけようとした。
が、息つく間もなくさらなるアクシデントが発生する。
ヒデの通信機から、第一種警告音が鳴り響いた。相手はドラクローだ。
『ヒデ、緊急事態だ!!デストロが進路を変えた。お前たちのいる首都ティアーズに進んでいる!!』
ドラクローの通信を受け取った直後。
仲間のクリスティア兵士が血相を変えて飛び込んできた。
「大変です!!デストロが雄たけびを上げてこっちに向かってきていると、伝令から連絡が!」
ヒデは現状を確認する。
「ドラさん。まさかエトフォルテが放っている誘導電波に不具合が!?」
『タイガもマティウスもチェックした。電波は発信できている。だが……』
ドラクローがさらに説明する。
『俺たちがミニトロを倒しながら住民を避難させていたら、機動兵器を装着したフェアリン・ジーニアスとエクセレンが現れた。やつらはデストロに近づくと、すぐティアーズのほうに飛んで行った。そしてデストロが進路を変えた。マティウスは、本物のフェアリンを見た以上、デストロは電波に反応しないかも、と言っている!』
フェアリンは一体何をする気なのか?
デストロと戦う気がないのも、こちらに向かっているのも明らかだ。
ヒデは考えを巡らせる。ステンスに成りすましている間から緊張しっぱなしだったが、さらなる緊急事態で肉体的緊張は頂点に達していた。もう喉がカラカラだ。
ヒデの脳裏に、島売却の密約、強制労働の一部始終がよぎる。
そして、悪党による証拠隠滅の基本は『死人に口なし』。
ヒデはフェアリンたちの行動を推測し、怒りと恐怖で頭がいっぱいになった。さらなる緊張感に突き動かされ、ヒデは皆の前で推測を口にしてしまった。
「ティアーズにデストロを誘いこんで、ブロンも国民も皆殺しにさせる。デストロを放置して、いずれはエトフォルテも……」
その後、フェアリンたちは日本に戻り、ヒーロー庁に支援を要請する。
「頃合いを見計らって日本からヒーローを呼び、デストロを倒す。密約や強制労働の証拠、エトフォルテ、クリスティア人もまとめて、デストロに消させるつもりなんだ……!!」
フェアリンはデストロを放置し暴れさせ続け、クリスティア王国とエトフォルテを完膚なきまで破壊させる気だ。今まで協力してきたブロンたちも皆殺しにして、何もかも無かったことにするつもりだ。
ヒデが緊張と恐怖を隠さず推測を語ったことで、エトフォルテの仲間もクリスティアの仲間も、顔がいっせいに恐怖に染まる。
さきほどの勇姿が吹き飛ぶ勢いで絶望的な悲鳴を上げたのは、パズート。
「ひええ~~!軍師、ワシらはどうすればいい!?」
まずい。軍師なのに焦りすぎた。これ以上焦る姿を見せたらおしまいだ。
一度深呼吸し、ヒデはフェアリンになったつもりで『死人に口なし』の展開をもう一度考えてみる。
やつらにとって理想的な結末を想像するのだ。結末が想像できれば、対策が打てる。
ヒデはゆっくりと、“フェアリンたちの理想的な結末”を口にした。
「……デストロにティアーズを確実に壊させる。そのためには、フェアリンも一度ティアーズに入るはずだ。デストロが確実にティアーズに近づいたのを見届けてから、退避する」
フェアリンたちもあとがない。少しでも証拠が残れば、自分たちが世間に糾弾されてしまう。デストロによるティアーズ破壊を可能な限り見届けるに違いない。
ウィリアムが尋ねる。
「遅かれ早かれ、ジーニアスとエクセレンはここに来ると」
「そうです。二人を叩きのめして神器を奪えば、誘導電波にもう一度興味を示すかもしれない」
確証はないが、現状ヒデの出せる精一杯の作戦だ。
ウィリアムは、軍師の案に一理ある、と言った。
「王女様が戦術指揮を取れなくなった場合、指揮権は僕に移る。緊急事態ゆえ、この場は僕が仕切る。四手に別れてデストロとフェアリンに対処する」
ウィリアムの指揮はこうだ。
まず、パズートの指揮で首都の市民を城内に避難させる。城内は万が一にそなえ、市民を全員避難させられるだけの広さがある。
ミニトロ対策のため、グランの指揮により首都を囲む防壁に騎士・兵士たちを配備する。
同時にフェアリンの所在を確認し、広域結界を発動。首都を光の壁で覆う。広域結界の指揮は、エイルがとる。
「フェアリンも広域結界の中に閉じ込める。危険な賭けだが、彼女たちを外に逃がさなければデストロの移動も食い止められるはずだ」
デストロがやってきた時の対策はどうするかというと、
「広域結界の攻撃機能を発動する。デストロの攻撃も結界で耐えられると思うが、ダメージを受けるとひび割れる。割れた隙間からミニトロが入ってきたら、防壁で食い止めるんだ」
そして、ティアーズに入り込んだフェアリンを叩きのめす。
「これは、僕とアレックスでやる。フェアリンたちを叩きのめし次第、王女様と合流する」
ブロンと戦うリルラピスも心配だが、幹部級の人間をこれ以上現場から動かすと統率が取れなくなる。リルラピスの援護には、ウィリアムが選別した精鋭8人を送ることになった。
「パズート様は避難してきた市民の誘導が終わり次第、エイル様の支援を」
仲間の振り分けが終わったウィリアムは、ヒデに向き直る。
「エトフォルテの皆さんは、防壁で騎士グランを支援してほしい。あと、通信機を5台ほど貸してもらえるとありがたい」
ヒデは言われたとおり、予備の通信機を渡した。
リルラピスに同行したエトフォルテ側の仲間は、まきな、アル、ジューン、孝洋。そしてハッカイとカーライルに、その他団員10名。
ドラクロー、ムーコ、威蔵。そして増援で来たジャンヌらエトフォルテの主戦力は、デストロ進路上の住民たちを避難させている。
デストロがこちらに来ることは、完全に想定外だった。城内での戦闘に備え、採掘場から持ち出した爆薬、エトフォルテからヘリで運ばれた武器を新たに持ってきたが、それでも足りないだろう。
その点を仲間に言うと、ハッカイが気炎を吐く。
「武器が足りるかどうかじゃあねえだろ、日本人!!殺(や)るか、殺られるかだ。だったら、殺るしかねえだろ!!次弱音はいたらぶっとばすぞ!!」
その通りだ。
防壁に向かう前に、ヒデはジューンと孝洋に頼みごとをした。
「ジューンさん。フェアリンたちはティアーズに必ずやってくるはず。飛んで来るやつらを、お城の方と一緒に探してください。そして、撮影を」
フェアリンたちの所業を写真や映像におさめれば、非道告発の材料にできる。それができるのは、ジューンだけだ。
ジューンがカメラを構える。
「オーケイ。やってみるわ」
「孝洋君はジューンさんを手伝ってください。居場所が分かったら、ウィリアムさんに伝えてほしい。可能なら、狙撃銃で援護を」
孝洋は頷く。
「任せなよ。復興支援を馬鹿にしたやつらに、目にもの見せてやる」
役割分担を済ませ、それぞれの持ち場に着こう!というタイミングで、ヒデは肝心なことを思い出した。
「ビル・センシュードは?」
バルテス国王の遺書を偽造した贈収賄ナマズヒゲ芸術大臣のことを、みんなすっかり忘れていた。柱の裏に隠れてたのは覚えているが。
みんなで柱の裏をのぞき込んでみる。
ビルは確かにそこにいた。
姿を見るなり、アレックスが一言。
「死んでる!」
ブロンは変身直後、己の強さを誇示するため剣を振り、光の刃で四方八方を斬り裂いた。
刃の一つが柱に命中。柱ごと、裏で縮こまり隠れていたビルの背中を切断したのだ。
ブロンに臣従し続けたビルは、背中を大きく斬られていた。信じた王様による『強さ誇示ムーブ』で殺されるとは思わなかったようで、血まみれの死に顔は驚きに満ちたまま固まっている。