エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第17話 迎撃準備! 土曜編

 
 軍師になって6日目。
 ヒデは寝るとき以外のほとんどの時間をドラクローと過ごし、エトフォルテ防衛のために動いた。戦艦としてのエトフォルテの機能と十二兵団にできることを把握し、己の知識と新たな仲間たちの知恵を借り、エトフォルテを守るための策を練り続けた。幸い、防衛対策は昨日金曜日でほぼ整った。
 そして今日、土曜日。
 エトフォルテは決戦前に、亡くなった仲間たちの慰霊会をすることになった。

 ヒデとドラクローは、居住区に設けられた慰霊会会場に向かい歩いていた。
 シャンガインによる破壊の爪跡が残っている居住区の一角で、仲間になった日本人がいた。孝洋と威蔵だ。エトフォルテの子供たちに囲まれている。
 二人は子供たちにぬいぐるみを渡していた。 
 「おにいちゃんたち、ありがとう」
 子供の一人がヒデたちに気が付いた。子供たちは嬉しそうにぬいぐるみを掲げて、孝洋たちがぬいぐるみを直してくれたと教えてくれた。
 孝洋は手先が器用だと工場長が話していたけれど、ぬいぐるみまで扱えるとは。
 子供たちが去った後、孝洋は照れくさそうに言った。
 「缶詰工場に勤めてたおばさんが家庭科で役に立つからって、昔教えてくれたんだ。裁縫とぬいぐるみの取り扱い全般を。おかげで、ご当地マスコットの店でバイトもできたよ」
 孝洋は技の部の用意した臨時の砲台の発射・装填訓練に参加していた。空き時間に居住区に行ったら、子供たちが傷んだぬいぐるみを抱いて悲しそうにしていたので、声をかけたという。
 「そしたら威蔵が通りかかってさ。手伝ってくれたんだ。意外だったねえ
 威蔵は、淡々と言った。
 「剣だけではだめだ。子供たちにおもちゃやぬいぐるみを直して、と頼まれたら素早く直せるくらいの男であれ。神剣組でそう教わった」
 「神剣組って硬派な革命闘士だと思ってたよ」
 孝洋は心底意外だ、という顔で呟く。ヒデもそう思う。神剣組は悪の組織ともヒーローとも戦い、そのどちらにも勝利してきた。日本を正そうとする武術の達人たち。日本人にとって神剣組とは硬派で怖い革命組織だった。その二番隊隊長が、ぬいぐるみを直せるとは。
 「どうせなら革命の志士と言ってくれ」
 「革命の志士!!いい響きだあ。刀持ってるし、志士のほうがいいな!!」
 孝洋と威蔵は、ぬいぐるみ直しをしているうちに仲良くなったらしい。革命の志士と孝洋に称賛された威蔵の顔は、クールな空気を崩さないが嬉しそうだ。
 孝洋が居住区の一角に視線を向ける。
 「あのぬいぐるみ。亡くなった友達のために供えるんだ」
 居住区に設けられた慰霊会の祭壇には、住民たちが故人ゆかりの物を供える台が設置されている。祭壇のそばには、新たに作られた共同墓地。シャンガイン襲撃で亡くなった者の遺体は、この共同墓地に埋葬される。マスカレイダーとの戦いで亡くなった、スレイたちの遺体も。
 「子供たちのために…。ありがとう」
 ドラクローが孝洋と威蔵に頭を下げる。ヒデもそれに続いた。防衛対策を優先して、子供たちの細かいケアができていなかった。
 孝洋は、頭を下げないでくれ。俺はぬいぐるみを直しただけだから、と苦笑い。
 「いいんだよ。団長たちが戦って勝てば、みんな安心するから。アルの言うとおりだ。ドンパチで俺は使い物にならない。でも、俺は俺にできることをする。俺たちはヒーローに消されるだけの存在じゃない、ってことをやつらに見せてやろう」
 孝洋のその言い方には、ほかの意味合いが込められているようだと、ヒデは感じた。
 「ヒーローに消されるだけの存在じゃない、とは?」
 「おっと。この意味はいずれ落ち着いたら話すよ」
 肩をすくめて自嘲気味に笑う孝洋。ここに来る前に話していた『ヒーローに異を唱えたくなる体験』のことらしい。
 それにしても、ドンパチで使い物にならないことは無いはずだとヒデは思う。一昨日の対策会議では孝洋の意見も採用されたからだ。ヒデがフォローするより早く、威蔵が口を開いていた
 「はっきり言う。孝洋は十分使い物になる」
 そうなのか、とドラクロー。威蔵は頷いた。
 「まだ素人の域を出ないが、狙いをつけるのがとにかく早い。そして正確だ。初めて15発撃って的を外したのが一発だけ。間違いなく射撃の才能がある」
 この2日間、ヒデとまきな、マティウス、孝洋は、威蔵立会いの下エトフォルテ内の射撃場に向かい、戦闘に備えて射撃訓練を行っていた。
 エトフォルテの拳銃は地球人には反動が強すぎたので、使うのは医薬品の倉庫にあった物だ。
 基本的な操作方法を威蔵から教わり、人型の的に15発を撃ち込む。
 マティウスとまきなは過去に射撃の経験があり、約7割を命中させた。ヒデは3割。構えはきれいなのだが、と威蔵に評された。
 一人ずば抜けていたのが孝洋で、最初の一発を除きすべて命中させていた。
 「的に向かって何かを撃つという動作を日常的にしていた人間は、銃器への順応性が高い。確か、サッカーをやっていたとか」
 「ああ。俺、県北の高校にスカウトされて全国大会3位まで行った。ポジションはフォワード
 ただゴールの枠内にボールを入れるんじゃだめだ。素早く狙いを絞り、確実にボールを狙いどおりに蹴りこめ。そう鍛えられた。おかげでシューティングゲームでもサッカーでも、『玉』を飛ばすものは得意なんだ」
 孝洋には、並々ならぬ射撃の才能があるようだ。神剣組の威蔵が言うのだから間違いない。
 「神剣組の隊長にここまでお墨付きをもらったら、役に立たないなんて言ってる場合じゃないな。明日は必ず役に立ってみせるよ」
 意気込む孝洋にドラクローが釘を刺す。
 「くれぐれも無謀なことはするなよ。兵団のため、住民のため、互いに助け合い、全力を尽くす。十二兵団の掟を忘れないでくれ」
 「もちろんさ、団長」
 すると、通信機から呼び出し音。タイガからだ。
 「威蔵と孝洋の制服用意したから、近くにいたら一緒に連れてきてくれ。博士たちにも渡したから」

 技の部の作業場に着くと、仲間になった日本人が待っていた。
 技の部と心の部が共同で作った、新たな仲間のための十二兵団制服。慰霊会には、皆これを着て出席する。
 タイガとムーコが、仮面と制服について説明する。
 「仮面には防毒機能や、銃声・爆音から聴覚を保護する機能がある。酸素ボンベ付きだから、仮面をかぶったまま潜水もできるぜ」
 「制服のデザインは、事前に聞いた好みを反映させたよ。動きに支障がないか確認してみてね」
 戦場における銃声や爆音は、人間の聴覚に多大な影響を与える。装着者の安全に非常に配慮した機能と言えよう。さらにジャンヌがスプレー缶を持ってきて補足した。
 「マティウスと博士に見てもらって、地球人にも使えるように保護スプレーを改良した。ガスや毒液から肌を守るために、明日の戦いの前には必ず体に吹き付けて」
 エトフォルテの防毒技術には、毒による戦いを得意とする蛇族の技術が使われているという。
 さて、制服は濃い灰色を基調にして、力・技・心の部でワンポイントになる色が異なっている。さらに色分けした腕章を身に着けることで、所属を明確にするのだ。
 すでにまきなとアル、マティウス、礼仙兄妹は制服に着替えていた。十二兵団の制服は、各々の趣味と戦い方を反映させ制服をアレンジすることが許されている。標準制服をベースに防具を取り付けたり、所属を明確にしたうえでかなり大胆なアレンジをしている団員もいた。
 アルの制服は心の部仕様で、白いワンポイントが入っている。ムーコをはじめ十二兵団の女性団員の標準制服で、軍服と東洋の武術着を足して二で割った高校制服、と言ったところだ。
 まきなの制服はビジネススーツ調にアレンジされ、上から白衣を羽織れるようになっている。そのまま、医療や科学もののドラマに出られるデザインだ。
 威蔵の制服は力の部仕様で、ワンポイントは赤。ドラクローのそれに近い。刀を吊り下げるための特殊ベルトを新調してもらったという。
 孝洋の制服はワンポイントに黄色が入った、技の部の標準制服。とび職の作業着を思わせるデザインで、タイガの制服とほぼ同じ。自分で持ち込んだ青いバンダナを首元にまいている。
 マティウスも技の部仕様だが、スレンダーな彼の体型を引き立てるためかなりシャープにアレンジされている。そのままダンサーとして舞台に立てそうなデザインだ。
 そして、礼仙兄妹も十二兵団の幼年団員ということで、幼年団員向けの制服を新調してもらっていた。
 制服を着た孝洋と威蔵が、軽く手足を動かして機能性を評する。
 「この制服、いいなあ。格好いいし着心地も最高。工場の皆に見せたい」
 「斬撃動作を損なわない。ベルトも問題なく使える。いい制服をありがとう」
 二人の評価に顔を明るくするエトフォルテの仲間たち。控えめにほほ笑みながら、皆の尻尾が嬉しそうに揺れている。
 全身で喜びを表す姿に、日本人一同からも笑みがこぼれた。

 そして、正午から約1時間かけて、慰霊会が開催された。
 ドラクローが弔辞を読み上げ、十二兵団員たちが葬送曲を演奏する。楽器は太鼓と、トランペットのような吹奏楽器。荘厳な葬送曲が流れる中、参列したエトフォルテ人たちは、皆肩を寄せあい、静かに泣いていた。
 ヒデは葬送曲を聞きながら、ショッピングセンターでスレイと話した時間を思い出す。
 『国やヒーローの言うことを聞くのは癪だろうが、そういう連中にはいずれ罰が下る。宇宙の真理、ってやつだ。
 我慢して、連中がおとなしくなったら、その時は好きなことをしろ。自分の魂に従って、思う存分、魂が本当に喜ぶことを、な』
 スレイさん。蕎麦屋をやるという夢は、もうできそうにありません。だけど、自分の魂に従って、あなたの愛したエトフォルテを守ります。僕の夢を応援してくれたドラさんたちのために、全力を尽くします。
 そのために戦うことを、敵の命を奪う策を練ることを僕はためらわない。たとえ相手が国だろうと、ヒーローだろうと、悪の組織だろうと。
 ヒデは、心の中で再び軍師としての誓いを立て、震える拳を握りこんだ。


 慰霊会が終わり、明日の準備が一通り終わると、時間に余裕ができた。
 木曜・金曜は十二兵団用の非常食を食べただけなので、今日の夕食は何か作ろうか、とヒデは日本人の仲間に相談した。
 「ここは海上。そして戦艦。だったらカレーなんてどう?」
 マティウスが軽いノリで提案し、満場一致で可決した。
 材料は24時間スーパーと威蔵の紹介した農家から手に入れてある。調理場所として、心の部の調理場の一角を貸してもらえることになった。
 ヒデとしては2,3人に手伝ってもらえれば十分だったのだが、
 『皆でたくさん作ってエトフォルテのみんなにも食べてもらおう』
 ということで全員が手伝いを申し出た。
 皆自炊経験があったので、材料の下ごしらえはスムーズに進んだ。下ごしらえのすんだ材料をさあ鍋に入れよう、というタイミングで、ドラクローとムーコ、そしてハッカイがやってきた。ヒデたちが何を作っているのか、気になったらしい。
 ムーコが材料を見て、ヒデに質問する。
 「料理の名前はカレー、だっけ。どんな料理なの?」
 「肉と野菜を香辛料で煮込んだ料理です」
 ヒデの回答に、マティウスが続く。
 「もともとは外国の料理で、昔日本の海軍が栄養補給に最適だ、って採用したのが日本のカレーの始まり。海上で戦艦とくれば日本人の9割はカレーを連想して食べたくなる。間違いない」
 「へえ~。伝統ある料理なんだね」
 ムーコが感嘆の声を上げる。そこに、アルがツッコミを入れた。
 「同志マティウス。カレーが日本で普及した経緯には諸説あります。海軍発祥ではないという説も」
 「あらヤダ。カレーのルーツがわかるの、あなた」
 「博士が教えてくれました」
 まきなが誇らしげに胸を張る。
 「私カレーには結構こだわるの」
 日本のカレーは海軍から始まったのではなかったか。ヒデも海軍説しか知らない。まきなのカレー好きも気になるが、ドラクローはそれよりもカレーの具が気になるらしい。
 「ヒデ。これ何の肉だ?」
 「豚肉です」
 「ぶたにく。って何の肉?」
 エトフォルテ人は豚を知らないのか。豚とは家畜化した猪だ、と答えようとして、マティウスに止められた。妙に怖い顔をしたマティウスが、ヒデに耳打ちする。
 「家畜化した猪って言おうとしたでしょ?猪族の前で言って大丈夫なわけ?」
 あっ、と内心叫んでしまった。今更ながら、食文化の違いや種族の戒律というものに注意を払っていなかった。この場にいる日本人全員が、同じことに気が付いたらしい。言わないほうが良くないか、と皆の顔に書いてある。
 とはいえ、見られた後で誤魔化せば余計にまずい。
 「家畜化した猪です」
 ヒデは正直に答えた。ハッカイが怒りだしたらどうしよう。
 「ふーん。そうなのか」
 ドラクローからあまりにもあっさりとした答えが返ってきたので、ヒデは拍子抜けした。そんなヒデの様子を見て、ハッカイがおい、と低い声を出した。
 「日本人ども。オレが猪族だからって変なこと考えてただろう」
 「いや、その…。ごめんなさい。ハッカイさんが気にすると思いました」
 フン、と鼻を鳴らし、ハッカイが刻んだ肉を見やる。
 「俺たちをかじるわけじゃないし、その星ごとの生活の仕方があるから、お前らが鳥を食おうが、猪を食おうが、牛を食おうが別に気にしねーよ。オレだって肉ぐらい食べる。な、ドラクロー」
 「まあな。いちいち食う物を気にしていたら、新天地を探す旅なんて続けられない。毒がないか検査機で確かめて、食べられれば食べる。それがエトフォルテのやり方。俺、昔龍の肉食べたぜ」
 以前降り立った惑星で、ドラクローたちは捕獲した龍を試食したという。味は良かったが、獰猛すぎて心の部で家畜にするのを諦めたそうだ。
 食文化の違いにへえ~、と感嘆の声を漏らす日本人の仲間たち。とりあえずもめごとにならずに済んだので、一同ホッとした。
 ハッカイが再び口を開く。
 「そういうわけだ。肉のことは気にすんな。ヌメヌメみたいにまずくなければ問題ない」
 「ヌメヌメ?」
 「だいぶ前に、ヌメヌメした魚と海藻の融合生物みたいなのを捕まえて試食した。ドラクローたちがまだガキの頃の話だぞ」
 ムーコが悲鳴に近い声を上げた。ヌメヌメに心当たりがあるらしい。
 「えええ!?ハッカイ先輩、あれを食べちゃったの!?」
 「俺だけじゃない。スレイも食った。俺たちはくじ引きで負けて、試食係を押し付けられたんだ。ひどい見た目と味で、食えたもんじゃなかった。栄養価は高かったらしいが」
 ハッカイはそう言って、遠い目をした。
 「十二兵団の新入りだったころは、二人でいろいろやった。ヌメヌメの一件は、あいつと酒を飲む度に必ず出てきた笑い話さ」
 ここに来てからいかつい表情を浮かべることの多いハッカイの笑顔を、ヒデは初めて見た。楽しそうで、寂しそうな笑顔。
 気が付けば、エトフォルテの皆がそんな顔になっていた。

 そんなこんなでカレーが完成し、夕食になった。
 「カレーって辛いね。美味しいけどさ」
 「だからカレーなんだよ、ミハラ先輩。私達のスープよりは優しい辛さ、かな」
 牛族のミハラの感想に反応する羊族のムーコ。辛いからカレーという名ではないのだけど。地球で言えば草食動物に当たる彼女たちは、豚肉が入ったカレーを普通に食べている。ハッカイは
 「ま、それなりに美味い」
 と言いながら3杯おかわりしている。
 ヒデたち日本人にとって、カルチャーショックな光景が繰り広げられていた。食文化や体の仕組みを比べてツッコミを入れていたらキリがないのだけれど。ヒデはドラクローの言うとおり、『いちいち食べる物を気にしていたら、新天地探しなんてできない』と思うことにした。
 一方のエトフォルテの主食は米にそっくりな穀物で、もちもちした食感が強く麦ごはんに近い。おかずは、エトフォルテ内で飼育されている大きなモグラのような家畜『モーグ』の肉と野菜を辛いスープで煮込んだもの。この辛いスープは十二兵団がここぞというときに食べる勝負飯だという。事前にアルとまきなが成分チェックしていたので、地球人が食べても問題ない。ヒデも食べてみた。
 日本の料理で言えば『モツ鍋』」に近い。肉のうまみと強めの辛味が絶妙で、ビールに間違いなく合う味だ。日本酒もいける。うどんを入れても間違いない。これは間違いなく、日本人の味覚にぴったりだ。店で出せば売れる。本当に久しぶりに、料理人らしいことを考えてしまった。
 エトフォルテ人と日本人がお互いにカレーとスープを交換したり料理の話をしていると、通信機に連絡が入った。技の部の情報解析員からだ。
 シャンガインの最新動向が、ネットに公開されたという。



 ドラクローたちエトフォルテの幹部と、ヒデたち日本の仲間は、指令室に集まった。
 指令室のモニターには、TVニュースの映像が映っている。男性アナウンサーが淡々と原稿を読み上げた。
 『…首相と国防大臣らに励まされ、レギオン・シャンガイン一同は明日の撃滅戦に闘志を燃やしていました……』
 映像では、若々しく活動的な顔つきの中年男性こと首相と、首相より年上に見えるがやけに子供っぽい笑顔を振りまく国防大臣が、シャンガインたちを激励し握手を交わしている。首相や国防大臣が日本政府の偉い政治家であることを、すでにドラクローはヒデから教わっていた。その偉い政治家の集団こと与党議員たちが、ヒーロー庁と密接な関係にあることも。
 シャンガイン達は変身していない、素の姿だった。
 「俺たちと、中身の年恰好は変わらないな」
 ドラクローは映像を見て、呟いた。事前にヒーロー図鑑で確認はしていたが、実物が動いているのを見ると何とも言えない気持ちになる。
 こいつらが、俺たちの仲間を殺したのか。政治家たちに激励されて、また俺たちを殺そうとしているのか。シャンガインの素顔は命のやり取りをしている戦士の顔にはまるで見えず、明日の『撃滅戦』をお祭りか何かだと思っているかのごとき笑顔だった。
 そういえば、最初にエトフォルテが襲われたときの映像はどうなった。ドラクローは情報解析担当の責任者であるモルルに聞いた。常に冷静沈着な彼女は、苦り切った表情とともに答える。
 「シャンガイオーがエトフォルテを攻撃した映像と、シャンガインが居住区に入ったあとの映像が、このあと流れるようです」
 正直見たくないが、見なければならない。
 果たしてその内容は、最悪という言葉でも生ぬるいほど最悪だった。
 後付けの曲(腹立たしいほど勇ましくアップテンポ)が流れる中、シャンガイオーがエトフォルテを破壊し、シャンガインが居住区に乗り込んで仲間を殺している様子がはっきりと映っていた。
 シャンガイン達は、ところどころでやたらポーズをとりながら戦っている。ヒデや威蔵が話していた、放送のための演出なのだろう。つまりみんなの死は、こいつらにとって放送を盛り上げるための材料でしかないのか。
 ジャンヌをはじめ、現場にいたエトフォルテの仲間たちは、拳をぎゅっと握りこみ、歯を食いしばっている。ドラクローは、仲間たちの怒りと無念、悲しみをはっきりと感じていた。
 しかも、映像には明らかにおかしい点がある。ドラクローのそばで、ヒデがそのおかしさを指摘した。
 「大音量の曲と効果音で、完全にエトフォルテ側の声がかき消されている」
 この時点で、みんな翻訳機を設定し日本語を話していたはず。だが映像では、
 『残忍な獣人たちは猛烈な殺気を放ち、意味不明な言語を繰り返した』
 と解説されている。解説音声は、なぜか可愛らしい女性の声だった。仲間たちがシャンガインに殺されていく様子を、女性はシャンガインの武勇伝として面白おかしく語っている。
 とうとうカーライルとジャンヌが激怒した。
 「これおかしいって!!オレたちちゃんと日本語話してたって!!」
 「絶対に変よ。しかも、おじい様たちを一方的に殺したところが流れない!!おじい様たち、敵意はないって言ったのに…!!」
 ジャンヌは、今にも泣きそうになっていた。
 この場にいる者の大半が、怒りと無念、そして悲しみに満ちた顔をしている。
 エトフォルテの怒りと疑念が渦巻く中、映像は変身前のシャンガインの決意表明を経て、
 『明日の決戦は、全国各地のパブリックビューイングで午前8時から中継されま~す!!汚らわしい獣人たちを全滅させちゃうぞ~!!』
 という女性の可愛らしい声で幕を閉じた。

 「完全にエトフォルテを悪者にする編集を、ヒーロー庁はやりやがった」
 孝洋の声音には、確かな怒りがあった。
 「なんで困っている人たちを悪者にして、襲って、こんな映像を流すんですか」
 時雨が涙を流して呟く。そばにいる翼も、泣きながら顔面蒼白。子供に見せる映像ではなかったとドラクローは後悔したが、もう遅い。
 「これがヒーロー庁の、日本政府のやり方です。自分の正しさを証明するためなら、手段を選ばない。ヒーローのおかしい部分は絶対に流さない。そのせいで、誰かが泣いて傷ついてもかまわない」
 ヒデの言葉に、日本人の仲間たちは痛ましい表情を浮かべている。恥ずべきことだわ、とまきなが呟き、威蔵たちが黙って頷く。
 この場にいる日本人は、国とヒーローの理不尽に振り回されてきたことをドラクローは思い出す。礼仙兄妹もヒーローが悪の組織ゲドーをきっちり倒していれば、薬の横流しなんて悪事に巻き込まれずに済んだはず。
 守るべき人を困らせて悲しませて何がヒーローだ。
 悪の組織を根絶やしにしないで何が国だ。
 湧き上がる殺気を抑えられない声で、ドラクローは指令室に集まったみんなに語りかける。
 「日本政府とシャンガインは、俺たちを敵、化け物扱いして、明日完全にケリをつけるつもりだ。
 エトフォルテは新天地を探して、そこに腰を落ち着けたいだけだった。
 この星を襲う気なんてなかった。光線兵器に攻撃されて落ちただけだ。水を補給して、船を直せればそれだけでよかったんだ。
 長老たちもそれを訴えたのに、シャンガインは無視した挙句みんなを殺した。
 やつらが止めを刺しに来るというなら、俺は戦う。ヒーローだろうと何だろうと、この船に害を与える敵は迎え撃つ。殺されたみんなの仇をとって、仲間を守る!!」
 「みんな同じ気持ちだよ、兄貴」
 タイガに続き、幼い日に一緒に十二兵団に入ることを誓った、ジャンヌとムーコが口を開く。
 「おじい様と兄さんの仇を討つ。そして、みんなで生き残る」
 「ドラくん。一緒に頑張ろう」
 そして、ヒデ、威蔵、まきな、アル、マティウス、孝洋、礼仙兄妹に問いかけた。
 「ヒデ。みんな。俺たちは日本のヒーローと戦う。お前たちと同郷の人間を傷つけるってことだ。
 あえてもう一度聞く。覚悟はいいな?」
 「ドラさん。僕はエトフォルテの軍師です。エトフォルテのために、最後まで頑張ります」
 「ヒーローも悪の組織も、日本を乱す奴は俺が斬る。神剣組の強さを見せてやろう」
 「医者として、研究者として、この船のみんなのために全力を尽くすわ」
 「博士に同じ。博士が信じるものを私は守る。それが私の使命ですから」
 「このマティウス・浜金田。動物人間さんをいじめる輩には、とことん鬼になる覚悟があるわよ」
 「うちの缶詰工場の社訓は『お得意様を大切に』なんだ。缶詰をもらってくれたみんなのために、俺もやるぜ」
 「戦いはできませんが、皆さんの無事を全力で祈ります。応援します!!」
 「お、応援、します!!」
 故郷を離れ、本気でエトフォルテの味方になってくれた日本人たちの決意に、ドラクローは胸が熱くなった。
 エトフォルテは、この星に落ちて何もかも失ったんじゃない。新たに加わった仲間たちがいる。
 「ドラクロー。オレたちがいるのを忘れんじゃねーぞ」
 ハッカイがにやりと笑い、団員たちが声を上げる。
 「団長。日本人にだけいい格好はさせないからね」
 「俺たちにも覚悟があるぞ!!」
 エトフォルテの仲間たちも皆覚悟を決めた。これ以上、誰も死なせない。誰も失わない。
 ドラクローは、拳を突き上げて叫んだ。
 「十二兵団の掟第二条。エトフォルテに害をなす敵は、必ず討たなければならない。この害敵必討(がいてきひっとう)の掟を魂に刻み込め!!みんな、やるぞ!!」

 

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