エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第20話 害敵必討~防衛と必殺のシナリオ~

 
 木曜日の対策会議終盤。
 空中戦も含め、エトフォルテはシャンガイン達との接近戦に備える話し合いを始めた。
 ジャンヌ、ドラクロー、マティウス、威蔵、ヒデのメモが読み上げられる。

 ・毒撃
 ・エトスで叩きのめす
 ・防御力を高める
 ・分散させて連携を断ち切る
 ・急所を攻める

 前回は銀色の戦士(シャンシルバー)に対し、十二兵団は銃で集中攻撃し足止め。スーツの破けた箇所にジャンヌの兄ジャッキーが捨て身で毒針を撃ちこんで殺したという。
 「やつらの光線銃が強力すぎて近寄れなかった。光線銃の防御策を考えて一対一の状況を作り出せれば、勝機はあるんだけど…」
 悔し気に顔をゆがめるジャンヌ。そこにタイガが手を挙げた。
 「昨日からマティウスと話したんだけど、この船にある物質で光線銃の威力を打ち消すスプレーを作れる。マティウスがレシピを知ってるって。詳しくはこれから作ってみなきゃだけど、制服や盾に吹けば効果があるらしい」
 「本当か。なら、さっそく頼む」
 「あと、制服の下に着る防具も改良するつもりだ。スプレーと併用すれば体へのダメージは軽減できる」
 「結構防御に力を入れるんだな、マティウス」
 ドラクローに指摘されたマティウス。攻撃ももちろん大事だけれど、と前置きしてから言った。
 「対策のための時間は限られてる。こちらの防御力を上げて生存率を高めたほうが、結果として勝率が上がると思うのよ、団長」
 マティウスの助言と同じことを、ヒデは和彦からもらった戦術本で読んだことがある。
 「ドラさん。防御は時として攻撃よりも強力に働くことがあると、地球の戦術本にもあります。防御の基本は現状維持。こちらが満足に動ける状態を維持できれば、必ず逆転できます」
 ヒデの言葉に目を丸くするドラクロー。やがて、うむ、と頷いた。
 「たしかに、相手を攻撃するためにはまずこっちに防御力がないとな。タイガ、マティウス。防具の件は頼んだ」

 そして話は、接近戦に戻る。
 「兄さんが殺した男の死体は分析してある。生身の部分はかなりもろい。スーツを少しでも破いて生身を露出させることができれば、私の毒で仕留められる。いや、毒だけでは済まさない。槍で貫いて確実に殺す」
 蛇族は毒のエキスパートなのだという。ジャンヌの殺気立った言葉に、ドラクローが続く。
 「俺は陸でマスカレイダーを一人殺した。かなり頑丈な奴で銃は効かなかったが、エトスを流した攻撃はスーツの上からでも効いた。一番手っ取り早いのは、やつらの変身アイテムを壊してスーツを剥ぐことなんだが」
 すると、ヒーローと戦った経験のある威蔵がアドバイス。
 「ドラクロー団長。変身アイテムの破壊に固執しない方がいい。ヒーローもそれは想定しているし、固執するとこちらの攻撃が単調になって動きを読まれる。
 マスカレイダー一人とレギオン一人なら、レギオンのほうが攻略難易度は低い。レギオンは複数人で連携をとると圧倒的に強いが、連携をとれないときはそれほどでもない。だから神剣組では、レギオンを仕留めるときは徹底して相手の連携を分断した。俺はこの戦術で3チーム斬った」
 実際には威蔵一人で全員斬ったわけではないだろうが、無駄な力みもなく平然と答えるあたり、神剣組の強さが伺える。
 さらに威蔵は続けた。
 「スーツの上からでも、軍師のメモにあるように中身の急所に向けて攻撃を重ねれば有効だ。人が人である限り急所は急所として存在する。エトスならスーツ越しに衝撃を与えられると見た」
 映画研究部でアクション映画を撮ったとき、演技指導してくれた格闘技道場の先生もヒデに教えてくれた。どんなに体を鍛えその上に頑丈な服や鎧を着ても、急所を無くすことはできない。だから急所へ衝撃を与えれば必ず効く、と。
 「地球人の急所か。ヒデ、俺たちでもわかる資料はあるか?」
 ドラクローの問いかけに、ヒデは自宅から持ち出した本を取り出した。
 タイトルは『プロ格闘家直伝 人体急所のウソホント』。アクション映画を撮るときの参考にと、和彦が譲ってくれたものだ。
 「この本には、地球人の急所の解説が載っています。コピーして、内容をエトフォルテ語に直して配ります」
 本を見た威蔵が口を開く。
 「俺もそれで人体の急所を学んだ。軍師はいい本を持っているな」
 ドラクローは満足げに頷いた。
 「すごいな、ヒデ。やっぱり軍師の才能があるよ。これで急所を突けば、勝てるな」
 才能ではなく友達から本を譲ってもらっただけで、とこの場で言うのは無粋だろう。
 代わりにヒデは、これまで学んだ知識から、もっとも大事なことを説明した。

 「ヒーローに最高の動きをさせず、自分が最高な動きをして、急所を突いて倒してしまうのが一番。おそらくこれは、日本の悪の組織も心掛けていることだと思います」
 「それ戦術の基本じゃん」
 ジャンヌが呆れ気味な声を出す。正直、悪の組織じゃなくても考え付くことだ。
 「ところが、日本で悪の組織がヒーローに勝った試しはない。まあ、勝たれても困りますけど」
 うんうん、と皆が頷く。
 「武器もある。敵の急所もついている。それなりにやる気もある。でもヒーローにここぞというタイミングで逆転される。なぜだと思います?負け方にもいろいろありますが、ある程度の共通点が見出せる」
 どんな共通点だ?と、エトフォルテ人たちがヒデを見つめる。
 ヒデは映画研究部にいたころ、週に3,4本は映画を見て悪役を演じるための指導を受けてきた。時には格闘技の試合も見た。就職してからは蕎麦屋のTVでサスペンス劇場や時代劇の再放送を大将夫婦とほぼ毎日見ていた。大将お勧めのマフィアや暗殺者の劇画も。
 だから、ヒーローと悪の組織の戦いの場における行動と思考は理解している。作り物とは言え、人間が考えた物語・シナリオ。そこには人間の、ひいてはヒーローと悪の組織の思考の縮図がある

 「ほとんどの場合、悪の組織はヒーローの急所を突いて、痛めつけて、それで満足してしまう。止めを刺す前に満足するから、隙を突かれて逆転される」
 「止めを刺す前に満足するなんて、隙だらけにもほどがある」
 ドラクローをはじめ、エトフォルテ人たちは呆れ顔。日本人の仲間もだ。
 「私、ヒーロー庁の映像アーカイブ見たことがある。ヒーローを痛めつけた後調子に乗って、自分の弱点をもらした悪人もいたわ」
 「あるある~。大事な場面で調子に乗りすぎて『それ言わなきゃいいのに』ってこと言っちゃうの。そうやって負けが込んでくると、組織内部で喧嘩が始まって駄目になっちゃう。
 映画やドラマの話かと思うような失敗だけど、現実の真っ当な組織でもその手の失敗はある。事実は小説よりも奇なり、ね」
 まきなとマティウスはヒーロー関連の職場にいたから、ヒーローの活躍を収めた映像アーカイブをたくさん見てきたようだ。
 映画やドラマで悪人が勝ってしまってはバッドエンドだから、悪人が隙を見せたりミスを犯すのは勧善懲悪のためにも仕方がない。この現実世界で悪の組織が負けて滅ぶ分には、隙だらけのほうがむしろありがたい。
 もっとも映画研究部の和彦は
 『俺は止めを刺す前に満足したり、作戦をうっかり漏らしたり、主人公の言葉で揺さぶられるような悪役は絶対に出さない!!ヒデ!!お前は隙を見せずに本気で主人公を殺しに行けよ!!本気の殺意で主人公を揺さぶり、お前自身は揺さぶられるな!!そこから生まれるやりとりこそ、ドラマだ!!』
 といつも息巻いていたが。
 しかしこれから始まる戦いは映画やドラマではない。自分たちエトフォルテに敗北は許されない。だからこそヒデはこの場に集まった者に、そして自分自身に、はっきりと言い聞かせた。
 「敵の急所を知り、そこを攻める。それ以上に大事なのは、確実に止めを刺すまで油断しないこと。危機に陥っても、諦めないこと。全力かつ本気で戦う意志です」
 その意志がなければ、敵の急所を突いても勝てないだろう。
 「エトフォルテの皆さんの力『エトス』は、意志によって強くなると聞きました。ヒーローと悪の組織の戦いでも、意志を具現化したエネルギーが勝敗を分けることがあるようです。皆の知識で練った戦術と、本気の意志があれば、勝てます。必ず。その意志を信じましょう。ヒーローが何をしても言ってきても、冷静に己の意志を貫いて戦うのです」
 「全力かつ本気で戦う意志、か」
 口を開いたのは、ハッカイ。少しだけ、遠い目をした。
 「日本人のくせに、スレイみたいなこと言いやがってこの野郎。まあ、あいつなら意志の代わりに『魂』って言うんだろうが」
 そう言って、ハッカイはドラクローに向き直る。
 「やってやろうぜドラクロー。殺されたみんなの仇を、全力で取りに行こうぜ」
 「ああ!!全力で叩きのめしてやる!!」
 ドラクローは拳を握りこむ。その力強さが、会議室にいる全員に伝わってきた。
 これなら大丈夫だ。誰もがそう思ったであろう直後、モルルがそっと手を挙げた。

 「ひとつだけ、まだ決まっていないことが。シャンガイオーに斬られて出来た甲板の防護対策、どうしましょう?」



 

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